電車に乗って三駅。
雨の中、下車した司と私は駅から自宅のマンションに向かって、一本の傘を差して歩いていた。
傘といっても、小さな折り畳み傘。
高校生二人が並んで入るにはあまりに心もとなく、流石に肩くらいは濡れるだろうと覚悟していたが…………
「つ、司……自分もきちんと傘に入ってください」
「ん?」
「右肩ずぶ濡れじゃないですか」
高校から駅までの道のりも、駅からこうして自宅に帰る道のりも、司は私を濡らさないために、左手で持った小さな折り畳み傘を私の方に寄せていた。
そのお陰で私は肩先一つ濡れていないが、司の右肩は完全に傘から外へ出てしまっており、思い切り雨に打たれている。
「私も多少濡れるくらい平気ですから……」
そう言って私は司が持つ傘をスッと押すが、司は微動だにしなかった。
「俺は平気だ。ってか、コレ結香の傘なんだから結香が濡れる必要ないだろ」
「んむぅ……」
それは確かにそうなんだ。
もとはと言えば司が悪い。
この時期いつ天気が崩れるかわからないから折り畳み傘を持ち歩くように、という私のお願いを無視したせい。
本当なら全身グショグショになって帰らなければいけないところを、私が折り畳み傘を持ってきていたお陰で右肩を濡らすだけにとどまっている。
だから、私は司の右肩が濡れてしまっていることをどうこう心配するのではなく、それ以外の大半の部分が濡れずに済んでいることにむしろ「感謝してくださいね?」と言って良いくらいなのだ。
でも、どうしてだろう。
司が今もなお濡れていると思うと妙に胸が騒めくし、また反対に、ワタシを濡らさないために自分が代わりに濡れてくれているんだと考えると鼓動がやや早足になる。
いつもからかったりイジワルしてくるくせに、なんだかんだ優しくもしてくれる。
司にとって私ってどういう存在なんだろう。
単なる自分の世話係?
昔から見知ってるというだけの幼馴染?
それとも、暇つぶしにからかって遊ぶオモチャか?
少なくとも、私にとって司は大切な存在だ。
単に自分が使えるべき主人と思ったこともないし、この世話係という役目だって嫌々やっているわけではない。
大切……というのが、具体的に友達としてなのか、幼馴染としてなのか、主人としてなのか、それとももっと特別な関係としてなのかはよくわからないが、司は私のことをどんな風に思ってくれているんだろう。
「あの、司――」
ビシャァアアアアアッ!!
司と私の足が止まる。
二人して、一瞬何が起こったかわからず頭が真っ白になって佇んだ。
ただ一つ理解出来るのは、全身ビッチャビチャだということ。
私達の横を通り過ぎて行った車がどんどん小さくなっていくのを呆然と見詰めてから、司と私は互いにゆっくり顔を見合わせた。
そして――――
「……っぷ」
「……はは」
「「あっははははは!!」」
私は濡れ鼠になった司を見て、司はずぶ濡れの私を見て、たまらず噴き出した。
もはや折り畳み傘一本を巡って、肩が濡れるだの濡れないだのなんてことがバカらしくなった。
住宅街のさほど広くない道。
通過する車が盛大に水溜まりを跳ね上げれば、防ぐ手段などありはしない。
もう濡れるだけ濡れてしまった今、こうして傘を差し続ける必要があるのかすらわからない。
「おいおい、俺の気遣い返せよまったく」
「あはは。二人仲良くビショビショですね」
司が毛先から水滴がしたたり落ちる自分の亜麻色の髪をかき上げて、うんざりしたように、それでいてどこか愉快そうに言った。
「どうします? もういっそのこと傘差さなくても大して変わらないような気もしますが」
私がそう尋ねると、司はチラリと私を見たあとすぐに顔を背けて頬を掻いた。
「んあぁ……傘は差しておこう。多少は隠せるだろ……ソレ……」
「隠す? 何を……って、あ……」
私は自分の姿を見下ろした。
女子として、真っ先にそこに思い至るべきだったのに不覚だ。
今、高校は夏服でブレザーは羽織っておらずシャツのまま。
その状態で水を被ればどうなるか……当然白いシャツはよく透け、私の水色のキャミソールが浮き出てしまっていた。
何なら、下着の肩紐の部分すら見えてしまっている。
「~~っ!?」
私は咄嗟にカバンを両手に抱えて胸を隠す。
カァ、と熱くなった顔を司に向け、恥ずかしさと恨めしさを交えた目で睨んだ。
「も、もっと早く言ってください……!」
「いやぁ、指摘して良いものかどうか迷ってな」
「言われないまま誰かに見られる方が死にます! というか、司見ましたよね……!?」
正直聞くまでもないが、聞かずにはいられなかった。
「し、仕方ないだろ!? こればっかりは不可抗力だ!」
「じぃ~」
もうカバンを抱いて隠しているから顔を向けてもらっても構わないのだが、司は未だに目のやり場に困りながら、顔を赤くしている。
まぁ、私だけが恥ずかしい思いをするならともかく、見るからに司も恥ずかしがってくれているようなので良しとしておこう。
というか、私のこんな姿を見ておいていつも通りに飄々とされたら、一女の子としての私が死んでしまいそうで耐えられなかった。
「ほ、ほら。風邪引く前に帰るぞ」
「あ~、司が逃げた~」
「う、うるさい。逃げてないし。二人とも風邪引いて同時に学校休んだりして、他の奴らに怪しまれないようにしないといけないからな」
そう早口で言って、司が歩き出す。
私は珍しく司が言い訳がましい様子を見て笑いながら、もう大した意味を果たしていない折り畳み傘に身体を滑り込ませた――――