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第17話 ご主人様・傘・世話係

【悲報】ご主人様、傘を忘れる――――


「……マジですか?」

「マジだな」


 唐突に降り始めた雨を前に、司と私は学校の玄関先で立ち尽くした。


 何とも言えない表情のまま二人して沈黙していると、ザァーという雨音が耳を圧迫してくるような感覚になる。


 私は別に問題ない。

 いつ天気が崩れるかわからないこの季節、こういうこともあろうかとカバンの中には常に折り畳み傘が入っている。


 だから、傘を忘れた間抜けな司なんて放っておいて、私は自分の傘を使って帰宅できる――とは、残念ながらならない。


 世話係である私が、主人である司を差し置いて帰るなどということはあり得ないのだ。


「はぁ……私、折り畳み傘は常にカバンに入れておいてくださいってお願いしてましたよね……?」


 ため息混じりにそう言うと、司はバツの悪そうな表情で頬を掻いた。


「だ、だって、カバンの容量にも限界があるワケで、いつ使うかもわからない折り畳み傘にその容量を圧迫されるのは……何かイヤだったんだよ……」

「折り畳み傘一つでそこまで場所取らないでしょうに……」


 司が無駄を嫌う性分であろうことは知っているし、生活に効率を求めるのは私も良いことだと思う。


 しかし、それがもしもの事態への備えを怠る原因になってしまっては元も子もない。


 というか、司の場合ただ面倒臭かっただけ……の可能性もあるな。


 ともあれ、すでに起こってしまったことは仕方がない。

 ああしていれば、こうしていれば――と、今そんな話をしたところで事態は解決しないし、雨の勢いも強まってむしろ悪化するかもしれない。


「まったく、仕方ありませんね……」


 私は自分のカバンから折り畳み傘を取り出して、司に差し出す。


「司はコレを使ってください」

「い、いや、結香はどうすんだよ?」

「私なら問題ありません。夏ですし、雨に濡れて冷えてすぐに風邪を引くなんてこともないでしょう」


 ここからの帰路としては、駅まで大体一キロ歩き、電車に乗って三駅進み、そこからまたしばらく歩く……という具合だが、家に帰って風呂に入って温まれば大丈夫だろう。


 と、そう考えていたのだが、司が「馬鹿言うな」と折り畳み傘を持つ私の手を押し返してきた。


「結香が濡れて帰る選択肢は却下だ」

「取り敢えず、どうして傘を忘れた張本人に選択肢を決める権利があると思っているのかを聞いても?」

「うっせ、正論なんて聞いてねぇよ。お前が濡れて帰るなら、俺も濡れて帰るからな」


 恐らく、私のことを心配してくれているのだろう。

 その気持ちは素直に嬉しい。


 しかし、実際傘が一つしかないこの状況で、どちらかが濡れて帰らないといけないのだとしたら、その役割は私のものだ。


 世話係という役目を担っている以上、それは譲れない。


 だが、どうやら司も意地になっているようだ。

 ならここは二人が納得できる案を提示しよう。


「じゃあ、私が傘を差して近くのコンビニでもう一本傘を買って戻ってきますから、司はそれを使って帰るというのは――」

「――駄目だ」

「はぁ!?」


 思わず大きな声が出てしまった。

 大丈夫……周りに人はいない。


「お金の無駄遣いはすべきじゃない」

「いやいや、数百円ですから……!」

「数百円でもお金はお金。大切に使わないとな」

「……どう考えても二桁万円はするだろうメイド服は買うクセに」


 というか、日本三大財閥に名を連ねる『院瀬見』の御曹司が、傘の一本や二本で何を言っているんだ。


 確かにお金は大切だ。

 それが数百円であろうと、無駄遣いは良くない。


 でも、果たして今この状況で傘を買うことが無駄だろうか?


 私にはそうは思えないが、どうやら司に譲る気はないらしい。


「んあぁあああもうっ! じゃあ、どうするんですか!?」


 もう他に方法なんて考えられない。

 たまらずそう不満を爆発させると、司は最初からそうするつもりであったかのように「こうすりゃいいだろ」と手を伸ばしてきた。


 私の手にあった折り畳み傘を奪うと、躊躇なくそれを広げる。


 なんだ、結局自分が使うんじゃん――と、私が今までの問答は何だったのかとため息を吐こうとしたとき――――


「ぼさっとすんな」

「えっ、ちょっ……!?」


 急に司が私の肩に手を回してきたかと思えば、そのままギュッと引き寄せられた。


 一本の折り畳み傘の中に、司と私。

 これはそう――誰もが知る、相合傘だ。


「つ、司っ……こんなところ誰かに見られたらっ……!」


 私だってこの方法が思い付かなかったわけではない。

 それでも案として提示しなかったのは、やはり司と私の関係性を周囲に知られないようにしなくてはいけないと考えたとき、あまりにもリスクが高かったからだ。


 しかし、司は平然としたまま答える。


「放課後でほとんど人いないし、残ってる奴らは部活なり委員会で忙しいから、俺達のことなんて見てねぇよ」

「そ、それはそうかもしれませんけど……!」


 尻込みする私に構わず、司は雨のカーテンへと一歩足を前に踏み出して聞いてくる。


「帰るのか? 帰らないのか?」


 人が少ないとはいえバレない可能性はゼロではない。

 第一、二人で使うにしては折り畳み傘は小さい。


 他にもツッコミたい問題は沢山ある。


 でも、それでも。

 司が早く決めろと言わんばかりに突き付けてくる二択に、私は――――


「あぁもうっ! どうなっても知りませんからね!」


 司と並ぶべく、一歩踏み出した。

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