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第16話 ご主人様と傘

 六月も中頃になり、教室ではちらほら今月末に控える一学期末定期考査の話題が上がっていた。


 私はそんな話し声を耳にしながら、心の中で密かにグッと拳を握り締める。


 前回の一学期中間テストでは司に負けた。

 ……いやまぁ、今まで勝ったことなんてないんですけど。


 ともかく、またテストがある以上、それは私が司と勝負する絶好のチャンス。


 確かに司は強敵だ。

 正直「次のテストでは勝てる!」と確信を持っているわけではない。


 それでも、司に負けたままで終われるかという気概が、私のモチベーションを保つ原動力となり、昔に比べて学力も上がっていることは間違いない。


 次がダメでもその次、それがダメでもさらにその次……と、私はいつか司にぎゃふんと言わせてやる日を夢見て、抗い続けるのだ。


 そう、こんな風に――――


『なっ、マジか結香……!?』

『ふ、ふふふ……あっははははは!! 私の勝ちですね司っ!』


 私の百点満点の答案用紙の山を見て、目を向く司。

 ありえないとばかりに、ガクッと膝から崩れる。


『俺が、負けた……?』

『見ての通りですよ、司。さぁ……』


 私は抑えきれない優越感と高揚感に従ってムフフと笑い、四つ這いになる司の顔を間近から覗き込んだ。


『これまで散々私にイジワルしてくれた司には、どんな言うことを聞いてもらいましょうかねぇ~?』


 それはもう悔しそうに顔を赤くして唇を噛み締める司に、私は満面の笑みを向けるのだ。


 あはは、あはははは。

 あっ、ははははははは!!


 ………………。

 …………。

 ……。


 ピロン、という電子音に、私は妄想ワールドから現実へ戻ってくることになった。


 スカートのポケットに入れてあったスマホを取り出すと、案の定メッセージの着信。


 交友関係の狭い私のスマホにメッセージを送れる人物は限られている。


 確認すれば、やはり司だった。

 内容は…………


『おい、何ニヤニヤしてんだよ?』


「なっ……!?」


 私は不覚にも驚きの声を小さく漏らしてしまった。

 バッ、と顔を上げて視線を飛ばす先は、教室の教壇の周り。


 いつも通りスクールカースト上位グループとでも言うべき生徒達が集まって談笑している。


 そして、その中に司の姿。

 スマホを片手にしているのは私にメッセージを送ったからだろう。


 友達に不審に思われないよう配慮しつつ、チラリとこちらに怪訝な視線を向けてきていた。


 わ、私ニヤけてた……!?

 た、確かに面白い想像はしてたけど……司に見られた……!!


 カァ、と顔が熱くなる感覚をそのままに、私はすぐにスマホのキーボードを弾いて返信する。


『ニヤニヤしてませんけど!』

『普通にニヤけてた』

『ニヤけてないからっ!』


 文字面だけでは伝わらないと思い、私は教壇近くに立っている司を直接不満顔で睨む。


 すると、丁度司もこちらを見てきており、どこか愉快そうに口角を持ち上げて肩を竦めた。


 再び手元のスマホに視線を落としたので、またメッセージが飛んでくるのだろうと待機していたら――――


『どうぜ、次のテストの勝負で俺に勝つ想像でもしてたんだろ』

「……っ!?」


 エスパーか!? と私は心の中で叫び、驚き顔で司を見た。


 しかし、よくよく考えればこの反応自体が肯定したようなものであり、司が笑みを深めて無言のままに「ほらな?」と訴えてきた。


 どうやら、私のことなんてお見通しらしい。


 このまま言い合いを続けても私が一方的に恥かかされるだけだと判断して、私は次の授業が始まるまで机に突っ伏しておくことにした――――



「――って、聞いてる~? 司っち~?」

「ん……あぁ、ゴメン。ちょっとスマホ見てた。あはは」


 グループの女子の一人が、首を傾げる。


「何か面白いことでもあったん?」

「え、どうして?」

「いや~、何か楽しそうな顔してるからぁ?」


 自覚のなかった司は一瞬目を丸くしてから、フッと笑みを溢す。


「まぁ……ちょっと面白いゲームしてたかな」

「ほ~ん、司っちでもゲームとかするんだ~」

「あはは。そりゃ、ボクだってゲームくらいするよ」


 司はそう王子様の仮面を被りながら、そっと後ろ手でそのが映し出されたスマホを閉じた。



◇◆◇



 放課後。

 それは唐突だった。


 ザザァァァ――――


 やはり六月。

 油断ならない。


 当然の流れのように満場一致の信頼で学級委員に選ばれている司が、担任の先生から用事を頼まれている間に、雨が降り出してきた。


 その様子を、私は校舎の玄関を一歩出た濡れない場所で、呆然と見詰めて立っていた。


 いわゆる一緒に帰る――つまりは並んで談笑しながら帰路を共にする、ということは、司と私の関係性を周囲に隠している以上出来ない。


 それでも、護衛の役割も兼ねている世話係の私は、司から離れないように帰らなければならないので、こうして司の用事が終わるまで待っているのだ。


 朝方は雨の気配がなかったので、大きな傘は持ってきていない。

 それでも、天候が不安定なこの時期は何があるかわからないので、私のカバンの中にはきちんと折り畳み傘が入っている。


 流石、私。

 優秀な世話係なので、抜かりはない。


 ふふん、と一人自己肯定感を高めていると――――


「んあぁ……やべ、傘忘れた」

「……え?」


 もう放課後に入ってしばらく経った。

 委員会や部活動がある生徒以外はほとんど帰宅しており、今この場所に人気はない。


 それをわかっているからこそ、用事を終えたと思われる司は、こうして堂々と私の隣に立ってきたのだろうが…………


「折り畳みは……?」

「ない」

「……マジですか」

「マジだな」


 そ、そっかぁ……マジか…………

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