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第14話 熱狂の陰にささやかな幸せ

 体育祭午前の部が終了し、ここで一旦昼休憩が挟まれることになった。


 昼食の取り方は人それぞれ。

 観戦に来た家族と共に食べる生徒や、弁当を持参して友達と食べる生徒、PTAが販売している体育祭用の弁当を購入しに行く生徒もいる。


 司の方へ視線を向ければ、案の定いつも教室で集まって話している男女複数人のクラスメイトで構成されたグループと共に昼食を共にする流れが出来ていた。


 どうやら皆、各自で弁当を持ってきていたらしい。


 ……ま、そりゃ一緒には食べれないよね。

 いつものことだけど。


 別に寂しくはない。

 いつも朝食と夕食は一緒に食べているのだから、昼食の時間くらい他の人に譲ってやるくらいわけないのだ。


 と、妙な対抗心が胸の奥の方で燻ぶってしまったが、一旦そんな気持ちに蓋をして、私は私で昼食を取る場所を探さなくてはならない。


 別にこのまま一年一組の客席で食べても良いのだが、流石に賑わっている中ぼっち飯をしている生徒がいれば周囲も気まずくなってしまうかもしれないし、私としても居たたまれない。


 ただ、この場で食べられない一番の理由は他にある。


 司の弁当は当然のように私が準備したものなのだ。

 そして、もちろん私の弁当も私のお手製。


 ゆえに、その中身はまったく一緒であり、もしそのことに気付かれでもしたら追及は必至だろう。


 人の弁当の中身くらいで大袈裟なと思われるかもしれないが、女子は――特に少なからず司に好意を抱いている女子は、そういう些細なことに目敏かったりするものだ。


 リスクヘッジは大切である。

 私は万が一の事態を危惧して、そっと一人この場をあとにした。



◇◆◇



「ん~、そろそろ保冷剤増やした方が良いかなぁ……?」


 体育祭の会場であるグラウンドから離れて、学校の中庭。

 その一角にあるベンチに座って手作りの弁当を食べていた私は、おかずの冷え具合を見て一人呟く。


 これから本格的に夏に突入する。

 気温は今よりずっと高くなるだろうし、そうなればお弁当の中身が傷みやすくなってしまう。


 朝用意した弁当が昼には傷みかかっているなんてのは割とよくある話なので、決して油断はできない。


 まして、私は司の世話係。

 院瀬見家の跡取りである司に、傷んだ食事を口に運ばせるなんてことはあってはならない。


「となると、更にコイツは外せませんなぁ~」


 私は弁当の一角に収まったに視線を落として、ニヤリと笑う。


 一見カップに収まった一口ゼリーのようなそれは、冷凍もずくである。


 三杯酢が効いていて旨酸っぱいだけでなく、私としてはこの“冷凍”というところにポイントがある。


 朝入れたときはカチンコチンに固まっているため、保冷剤と同じような役割を果たし、弁当の具材を冷やしてくれる。


 そして、昼頃には役目を負えて丁度良く解凍されて、かつ冷たさを残したもずくが食べられるというワケだ。


 こんなにも弁当に適した食材があるだろうか。

 まさに、美味しい保冷剤。


 私は昼食のシメに、カップを開いて口にもずくを流し込む。


「んむぅ~、美味しいぃ……!」


 三杯酢最高。

 もずく最高。

 つまり、最高に美味しい。


 と、私が非の打ちどころのないもずくの素晴らしさに感動していると――――


 ピトッ。


「きゃっ、冷たっ……!?」


 突然頬に何か冷たいものが当てられた。

 振り返ると、私が座るベンチのすぐ後ろに司が立っていた。


 両手に結露した五百ミリリットルのミネラルウォーターのペットボトルを持っているので、私の頬を突然冷たさで襲ったものの正体はそれだろう。


「もずくごときで大袈裟だなぁ、お前」

「なっ……いくら司でももずくを馬鹿にすることは許しません……!」

「ははっ、お前はもずくの何なんだよ」


 もずく様に無礼を働く司が、愉快に笑いながら私の隣に腰掛けた。


「そんなこと言う司には、もうもずく入れてあげませんから」

「いや、別に良いけど。そこまでもずく好きじゃないし」

「はぁ~!?」


 そんな話をしながら、司がほいっとミネラルウォーターを差し出してくるので、私はしばらくそれをジィッと睨んでから少し乱暴に掴んで受け取った。


 パキッ、と未開封のキャップを開き、ゴクゴクと二、三回喉を鳴らす。


 冷たい水が全身に行き渡るような感覚。

 少々熱くなっていた身体が冷まされた。


 同時に頭も冷やされたのか、私はそこで「あっ」と重要なことに気付いて声を漏らした。


「というか司、こんなところ他の人に見られたらマズいですよ! それに、一緒に食べてた人達は……!?」


 もしここで司と私が一緒に居るところを見られて関係性を疑われでもしたら、今まで徹底して学校での接触を避けてきた苦労が水の泡になる。


 しかし、司は何てことなさそうな表情で肩を竦めた。


「問題ない。アイツらにはトイレ行ってくるって言ってきたし、体育祭で基本みんなグラウンドにいるからこんなとこまで来ない。まぁ、とはいえ絶対ではないから長居は出来ないけどな」


 そう説明してからペットボトルを口許で傾ける司の横顔を見て思った。


 もしかして、私が一人で寂しがってると思って来てくれたのかな……?


 そう長くはいられないとしても、せめて食後に少し水を飲む程度の時間くらい、こうして一緒にいてくれようと……?


 もしかしたらそれは私の勘違いかもしれない。

 都合の良い勝手な解釈かもしれない。


 でも、そう考えると無性に胸の奥が心地よく温かくなった。


 気付けば、私の口が弧を描いていた。


「ふふっ、もずくの件はチャラにしときます」

「お前のそのもずくに対する妙なこだわりは何なんだよ……」

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