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第12話 間違い……!?

「先生こっちです! 院瀬見君大丈夫!?」

「ん、院瀬見君は?」

「あれ……?」


 保健室の扉が開くと同時、女子生徒三人のそんな声。

 どうやら無事に保健室の先生を連れてきたらしい。


「その怪我をした生徒は……どこ?」


 この若い大人の女性の声は紛うことなく保健室の先生。


 戸惑っているのが目に見えるようだが、無理もないだろう。


 恐らく大慌てだったであろう生徒に連れられてやって来たら、どこにも怪我をして生徒の姿がないのだから、これでは何か生徒のイタズラに付き合わされたように受け取っても不思議ではない。


 しかし、これが下手なイタズラなどでないことは、女子生徒三人の戸惑いようを見れば明らかだろう。


「えっ、待って待って? ホントに院瀬見君どこ行った!?」

「ここで待っててって言ったんですが……」


 保健室内で女子生徒三人と保健室の先生の合計四人の足音がまばらに聞こえる。


 消失した司を探しているのだろうが……マズい。

 もし司と私が潜って隠れているこのベッドの仕切りのカーテンを開けられでもしたら、一発でバレてしまう。


 とはいえ、バレようがバレまいが今この状況もなかなかに危険だ。


「…………」

「…………」


 ベッドの上。

 被さった布団の中で、私は長身な司の身体に抱き寄せられるような形になって身動きが取れなくなってしまっている。


 本来一人で使用することを想定にしてある保健室のベッド。

 そこに二人で潜り込んでいるわけだから、互いに身体を密着させてはみ出さないようにするのは仕方ないこと。


 そう、仕方のないことなのだ。

 しかし、とはいえ……恥ずかしいものは恥ずかしい。


 身体の前面にありありと司の体温を感じるし、その胸に私の頭が抱え込まれるようになっているためしっかり鼓動も聞こえる。


 私の鼓動だけじゃない。

 司の鼓動も早くなっている。


 間違っても見付からないように息を潜め、無言を貫かなければならない状況なだけに、妙な気まずさ、気恥ずかしさが理性をものすごい勢いで削ってくる。


 見るからに何か間違いが起こっていそうな状況だが、それを本当に間違いにしてはならない。


 お願いだから早く出て行って……!!


 と、私だけでなく司も切実に祈っていることだろう。


 そして、そんな祈りは届いたのか――――


「――あ、これ見て~? ゴミ箱ん中ぁ~」


 女子生徒三人の内一人が何かを見付けたようだ。


「ウチらが来たとき、こんなの入ってなかったよねぇ? ちょっと血のついたコットン……もしかして司っち、自分で手当てして帰っちゃったんじゃない?」

「あ、ホントだ……」

「ですね……」


 そんな三人の会話を布団の中で聞き、司と私は希望を灯した瞳を向き合わせる。


「えぇっと……もしかして、もう解決した感じかな?」

「あっ、すみません先生。わざわざ来てもらったのに……」

「ううん、大丈夫よ。じゃあ、私はまだちょっと用事があるから戻るけど、もしまた何かあったら遠慮なく声掛けてちょうだいね」


 スゥ、と再び保健室の扉が開けられたタイミングで、「あ、それから――」と保健室の先生が足を止めて付け加えた。


「どうやらベッドで休んでる生徒がいるみたいだから、皆静かにね?」


 そう言って、保健室の先生がこの場をあとにする。


 あとに残った三人も「あ、気付かなかった」「一つカーテン閉まってましたね……」「ウチらも早くでよ?」とやや潜めた声で言ってから、すぐに保健室から出て行った。


 そんな様子を耳に入る情報を頼りに探っていた司と私。

 数秒間、万が一再び戻ってくる可能性を考慮して沈黙を保ってから、口を開いた。


「……行った、ようですね……」

「だな……」


 危険は去ったというのに、どうしてか早まった拍動が収まらない。


 このままじゃ危ない。

 何が危ないって、この気恥ずかしさが、ここが学校の保健室であるという背徳感が、私達をへと後押ししそうなのだ。


 駄目だ…………。

 駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ……!


 雰囲気に流されるとはこういうことなのだろう。


 頭の中で何度禁止を連呼しても、身体は意に反した動きを取る。


 覆い被さった布団によって外の世界と隔絶されたこの二人きりの空間で、私の視線が司の瞳に釘付けにされる。


 小刻みに揺れるヘーゼルの瞳には、動揺や僅かな不安、そしてこれから起こるかもしれないことに対する一種の期待のような光が浮かんでいる。


 恐らく、今の私の瞳の色も似たようなものだろう。


 互いが互いの瞳に吸い込まれるかのように、司と私はゆっくり……ことさらゆっくりに身体を寄せ合い、顔を近付け、そして――――


「ぅぅうううん、そいやっ!」

「いって……!?」


 私は間違いが起こる寸前で、残り僅かな理性を振り絞り頭突きをかました。


 コツッ! と少し鈍い音が鳴り、実際それ相応に痛かったが、その痛覚が一瞬にして私達を包んでいたこの妙な雰囲気を取り払ってくれた。


 掛け布団を除けて起き上がると、司が背を丸めて額を押さえているのが見えた。


 私は先程までの空気が冗談であった風に笑いながら、同じく片手で額を押さえて言う。


「あっはは、見事に引っ掛かりましたね司」

「は、はぁ~!?」

「この距離まで近付けば、頭突きも当たるだろうと思いましたが……いやぁ、上手くいきました。私もちょっと痛かったですが」


 司はしばらく寝転がった状態のまま私に不満げな半目を向けてきていたが、少しして起き上がると面倒臭そうに頭を掻き、ため息を吐いた。


「ったく……怪我人に頭突きしやがって……」

「あはは……」


 確かに、それは少し申し訳なかったかもしれない。


 だが、こうでもしていなければ、あのままどうなっていたかわかったものではない。


 ここが学校であるというのを置いておくにしても、司は主人で私は一介の世話係に過ぎない。


 もし仮に、司が一方的に私をなら話は変わるが、主従の関係を逸脱した感情で事態が進めば、それは紛うことなく間違いだ。


 家にバレでもしたら、大騒ぎどころの話ではないだろう。


「さて、早くしないと次の授業に遅れます。私は少し時間をずらしてから出ますので、司は先に行ってください」

「りょーかい」


 司は間の抜けた返事をしてベッドから降りて立ち上がると、目隠しのカーテンを開けた。


「あ、そうだ結香」

「はい?」


 司が立ち止まって、大きな絆創膏が貼ってある左肘を持ち上げて見せながら言ってきた。


「ありがとな、コレ」

「……っ! あ、あぁ、いえ。これくらい全然」


 司はそれだけ言って、保健室を出て行った。


 あとに残った私は、そのほんの些細な司からの感謝の言葉を二、三度胸の内で反芻して、じんわりと心地の良い温かさにしばらく浸っていた――――

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