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第11話 ドキドキは怪我の功名?

 不用意に廊下に突っ立っていて、司と私が話している姿を誰かに見られたら厄介なことになる。


 私は司の提案に乗って、取り敢えず保健室の中に入ることにした。


 ただ、それにしても…………


「なかなかに痛々しいですね」

「だろうな。実際痛いし……」


 こうして近くで司の怪我を見ていると、何だかこっちまでその痛みを感じてきそうになる。


 やはり目立つのは左膝と左肘の擦り傷。

 大きく皮膚が削れていて、傷自体も割と深く血も垂れてくる程度には出ている。


 他にも脛や腕などにもちらほら擦って赤くなっている箇所が見受けられるが、それらは軽い消毒だけしておけば大丈夫だろう。


「はぁ……保健室の先生をいつ連れてきてくれるかわかりませんし、もう私がやりますよ」


 何か副作用などが危ぶまれる薬剤を出すというならまだしも、擦り傷切り傷の手当てをするために、消毒液やコットン、絆創膏を勝手に使うくらい咎められることではないだろう。


「ほら、司。そこ座ってください」

「い、いや、いいって別に。先生来るまで待つって」

「このくらい先生の手を煩わせるまでもありませんよ。というか、あまり長くその状態で放っておくのは良くないでしょ?」


 見た感じ傷口は既に流水で洗浄されており、砂粒などはついていない。


 とはいえ、それ以上の処置をせずに傷口を外気に晒しているということは、そこから雑菌などが付着する可能性があるということ。


 早く手当てするに越したことはない。


 私はあまり気乗りしてなさそうな司を半ば無理矢理に丸椅子に座らせて、棚から消毒液を取り出す。


 また、普段保健室の先生が作業をしているであろう机の上にコットンと絆創膏を見付けたので、それを使うことにする。


「わ、わかったって。じゃあ自分でするから……」

「はいは~い。怪我人はジッとしていてくださいね~」


 私は司の世話係。

 こういう処置も今回が初めてというワケではない。


 不満げな表情の司に構わず、私は床に膝立ちになる。


「肘からやりましょうか。はい、出してください」

「はいはい……」


 司が嫌々突き出してきた左肘。

 私はその傷口の下にコットンを添えて、遠慮なく消毒液を垂らす。


「ういっ……た! おまっ、消毒する前に一声掛けろよ!?」

「はぁ、大袈裟ですね。子供じゃないんですからこのくらい我慢してください」

「我慢はするが染みるものは染みるんだよ!」

「はいはい。染みましたよ~」

「俺が求めてるのは事前報告っ!」


 そんなやり取りをしている間にも、肘の消毒を終えて少し大きめの絆創膏を貼り付ける。


「じゃあ、次は膝ですね」


 こちらは肘より更に傷口が大きい。


 新しくコットンを取り出して添え、今度は言われた通り「ちょっと染みますよ~」と、さも優しい保健室の先生っぽく一言言ってから消毒液を垂らした。


 消毒液の染みる痛みは先程と同じか、むしろ少し痛いくらいなのに司が無反応なのを考えると、やはり事前報告があれば我慢出来るらしい。


 うんうん。

 きちんと我慢出来て偉い偉い!

 よく頑張りましたねぇ~。


 と、口に出して言えば「舐めてんのかっ!」と怒られそうなので、あくまで心の中だけでからかっておく。


 消毒が終わったので、膝用の大きな正方形型の絆創膏をペタリと貼って処置完了。


「さっ、出来ましたよ――」


 別に何か見返りを求めてやったわけではないが、それでも多少の感謝の言葉くらいはあるだろうと期待して膝立ちのまま司の顔を見上げる。


 すると――――


「「……っ!?」」


 至近距離で、向かい合った。


 状況の理解より先に驚き、顔が熱くなり、頭の中が真っ白になる。


 まるで時間が止まったような感覚。


 しかし、本当に時間が止まってしまったのではないことを、保健室の時計の秒針が刻む音が――いや、私の胸の奥で心臓が鼓動する音が証明している。


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ…………


 保健室の窓から差し込む日の光が照らす司の横顔。

 見開かれ、キラキラと輝く榛色のその瞳が、真っ直ぐ私を見詰めてくる。


 何か言おう、何か言おうと言葉を探すものの、なかなか口から声が出ない。


 そして、それはどうやら司の方も同じらしく、半開きにした唇を細かく振るわせている。


 もし、このまま…………。

 もしこのまま、私が目蓋を閉じたら……司は、どうするんだろう…………?


 不意にそんなことが気になった。

 妙にフワフワして何も考えられない頭のまま、私は深い意味もなくゆっくりと目蓋を閉じていこうとし――――


「――やく早く! 先生早く~!」

「わかったから引っ張らないでぇ~!」


 そんな声が廊下側から聞こえてきた。


「「――ッ!?」」


 ハッ、と我に返る司と私。

 頭の中が回転を再開し、物事を考えられるようになった。


 声はまだ少し遠い。

 しかし、パタパタと聞こえてくる足音が徐々に大きくなっているので、勝開け足でこちらに向かってきているらしい。


 間違いなく、クラスの女子三人が保健室の先生を見付けて連れてきたのだ。


 しかし、どうしたものか。

 司と私が一緒に居るこの状況を見られるのはマズイ。


 まして、しっかりと絆創膏を貼った司を見れば、その目の前にいる私が手当てしたのは疑う余地もない。


「ど、どどどどうしましょう司……!?」

「ばかっ、隠れるしかないだろ……!」

「隠れるってどこに!?」

「んえぇ~っとぉ……こっちだ!」

「あ、ちょ――!?」


 司が私の手を引き、連れ込んだ先は――――


 ボフッ……!


「ば、馬鹿ですか!? こっちの方が見られたらアウトですよ!」


 ベッドだった。

 保健室のベッド。


 シャッ! と囲いのカーテンを閉めて、ベッドの上に放り投げられたかと思えば、二人して布団を被って隠れる羽目に。


「しょ、しょうがないだろ!? 他に隠れるとこなんて――」

「――だとしてもですよ! どうするんですかこの状況!? 傍から見たらどう考えても保健室のベッドで致し……イチャついてるカップルですよ!?」


 司は頭は良いが、どうやら馬鹿だったらしい。

 馬鹿と天才は表裏一体とよく言うが、こういうことだったのだろうか。


「今からでも場所を……!」

「しっ! もう遅い!」


 スゥ――と保健室の音のしないスライド式の扉が開けられる気配と共に、


「先生こっちです! 院瀬見君大丈夫!?」

「ん、司っちは?」

「あれ……?」


 んああぁあああああもうっ!

 どうするんだよこの状況ぉおおおおおおおおおおお!!

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