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第10話 保健室ジェラシー

 クラス対抗リレーの練習中、転倒した司。


 三組の男子生徒も同じく地面に転がったが、どうやら司が咄嗟に庇ったらしく、ほんの軽い擦り傷程度で済んだ。


 保健室に行くほどでもなさそうだ。


 ただ、その分負担が掛かった司はしっかりと受け身を取ることが出来なかった様子。


 まぁ、別に頭を打ったとか、骨折したとかではなさそうなので大きな問題はないだろうが、それでも心配なものは心配だ。


 とはいえ、学校で一切の交流を見せていない私が司に付き添うことは出来ない。


 幸いと言うべきか、人気者の司を心配する生徒は多くおり、特に普段から仲良くしているクラスメイトの女子三人が司を保健室に連れて行ったので、今頃手当てを受けているだろう。


 そう、幸いだ。

 普段から司が広く交流をもっていたお陰。


 私がいなくても、身の回りのことなどは友達が、クラスメイトが――女子が、やってくれるだろう。女子が!


 私としてはありがたい。

 だって、世話係である私の仕事が減るのだから。

 負担が減って喜ばない人はいないはずだ。


 あ~、助かった助かった。


 ……けど、何だろう。

 凄く助かっているはずなのに、妙に胸の奥でモヤモヤが渦巻く。


 クラスの女子が――それも、少なからず司に好意を抱いているであろう三人が、保健室で司を看病…………


 って、いやいや!

 看病するのは保健室の先生だ。

 三人は司を連れて行っただけ。

 それ以上でも以下でもない。


 でも、もしたまたま保健室の先生が不在で、あの三人が直接司の面倒を見ることになっていたら……?


 私の頭の中で様々な妄想が浮かぶ。

 決して現実ではない、私の勝手な想像の出来事にもかかわらず、考えるだけでモヤモヤが増えていく。


 何なんだ、この気持ちは。


 と、そんなことを考えていると――――


 キーンコーンカーンコーン――――


 授業終了を告げるチャイムの音。


 体育の授業であまり授業時間を意識してはいなかったが、まだ司と三人の女子が保健室に向かったばかりというタイミングで授業が終わってしまった。


 体育教師の挨拶の下、計四名が欠けた授業終わりの挨拶をし、生徒らは解散となる。


 皆が体操服から制服に着替えるために、更衣室へ向かっていく。


 私もそんな人の流れに沿って足を進めようとしたが、やはり胸の奥のモヤモヤが後ろ髪を引いてくる。


 遠ざかる他の生徒達の足音を聞きながら、別に誰に見られているわけでもなく、誰へ聞かれるわけでもないのに、自分に言い訳を施した。


「……ま、まぁ、一応確認するだけ。そう、確認……」


 そう言って、私の足は更衣室を横目に、保健室へと向かっていた――――



◇◆◇



「あれ……人、いる? 全然声聞こえないけど……」


 保健室の前まで来てはみたが、扉の向こう側からまったく音がしない。話し声一つない。


 司はともかくとして、女子が三人もいれば多少なりとも会話が起こるはずだが、一切ない。


 もしかして保健室のベッドで休んでいる生徒がいて、その人に配慮した小声で話しているのかとも思って、扉に耳を付けてみたが、どうやらそういうワケでもなさそうだ。


 扉は白色でスライド式のもの。

 中の様子を窺えるような小窓は付いていない。


 一体どうしたのだろうかと不思議に思って、私は様子を見るためにそぉっと扉を僅かに開けた。


 スライド式の扉は音を立てることなく、ほんの数センチの隙間を作った。


 傍から見たら不審極まりないが、幸い周りに人気はない。

 私はその隙間から片目で保健室の中の様子を窺い――――


「よっ」

「うわぁっ!?」


 私と反対側――つまりは保健室の中から、私と同じく隙間を覗いていた人物がおり、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


 軽いパニックを起こして尻餅をつき、一瞬頭の中が真っ白になったが、すぐに扉の向こう側にいた人物が司であることを理解する。


 スゥー、と音のしない扉が開けられる。

 案の定、そこには半目を作った司が佇んでいた。


「何してんだ、結香? そんなとこで」

「ちょっ、驚かさないでくださいよっ!」


 私はすぐに立ち上がってスカートを払いながら、司に文句を訴える。


「いや、お前が変なことしてっから、つい……」

「変なことって……いやまぁ、確かに傍から見たら変だったかもしれませんが! 私は――」


 今まさに私が何のためにここまで来たかを説明しようとしたところで、司が何か思い当たったように「あっ!」と声を上げた。


「ははぁ~ん。もしかして結香、俺が心配で様子を見に来たのかぁ?」

「んなっ――!?」


 完璧な図星だった。


 そうですよ!

 そうですけども……!!


「ち、違いますから!」


 思わず首を振ってしまった。


 そりゃそうでしょう。

 いくら本当のことでも、こんなにニヤニヤしながら言われれば誰だって認めたくなくなるはずだ。


 もしここで素直に「そうですよ。心配で見に来ました」なんて言おうものなら、低く見積もっても今年一年はこのネタでからかわれ続けかねない。


 それだけは断固拒否である。


「そ、そんなことより!」


 私は無理矢理にでも話題を変えることにした。


「貴方を連れてきた女子達はどこに行ったんですか?」

「んあぁ、保健室の先生が席を外してるぽくってな。それで探しに行った」


 まさか、保健室の先生が不在で――という私の妄想の一つが当たるとは。


 まぁ、それで女子三人が先生を探しに行ったのなら問題ないか。

 私の妄想ではやや不健全な行為が保健室で繰り広げられ――コホンコホン!


 私がそんなことを考えて一安心していると、司がクッと自身の顎をしゃくるようにして言ってきた。


「まぁ、取り敢えず入ったら? 学校で俺と結香が話してるの見られたら面倒だろ?」

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