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第06話 テスト結果と命令権!

 私は必死に勉強した。

 すべては中間テストで司よりも良い点を取り、勝負に勝つため。


 ひいては、勝者に与えられる命令権を使って、これまで私に散々意地悪をしてきた司に、もっと私を大切に扱うよう言うためだ。


 しかし、五月中旬――――


「んあぁあああ、もうっ! なんでぇ~!?」

「あっははははははは!!」


 結論から言おう。

 私は負けた……惨敗だ。


 放課後、司の家に頭を抱える私の嘆きと司の高笑いが響いている。


 リビングテーブルの上には、採点され返却された二人の答案。


 私も消して悪い点数ではない。

 一般的にはむしろ良くやったと褒められてもおかしくない結果。


 どの教科も八十点以上を取っており、数Ⅰに関しては九十八点。


 一問凡ミスで落としてしまったのは悔しかったが、それ以上にこれだけの点数が取れれば司にも勝てるのではないかという希望を持たせるものだった。


 しかし、そんな希望は呆気なく打ち砕かれた。


 司は今回、ほぼすべてのテストで百点満点。


 唯一国語総合の筆記問題で満点回答を得られず、部分点に止まり、結果九十七点となり百点を逃した。


 とはいえ、その他の教科は満点。

 全教科で八十点以上を取れたと安心している私など、勝負にすらならない結果だった。


「さて、結香……」

「……っ」


 司が勝ち誇った笑みを浮かべて立ち上がる。


 咄嗟に私も立ち上がって身構えるが、司が無遠慮に距離を積めてくるので、後退りするとソファーに追い込まれて重心を崩し座り込まされてしまった。


 そんな私を逃がすまいと、司が前屈みになって私のすぐ後ろのソファーの背もたれに片腕をついた。


「今回のテスト勝負も俺の勝ちだな? ということは、俺にはお前に命令出来る権利が与えられるワケだが……」


 司のヘーゼルの瞳が嗜虐的にスッと細められた。

 同時に、私はギュッと身体の芯を掴まれたような感覚に陥る。


「俺はお前にある程度のことならいつでも命令できる立場にあるし、正直この権利、あんま意味ないんだよなぁ~」


 そんな言葉を聞いて、私は一瞬ホッとした。


 司は主で、私はその世話係。

 この主従関係の性質上、司にとって命令権というのは特別なものではない。


 だから、私はてっきり今回の命令権は使わないでおいてくれるのかと期待したのだが…………


「けどまぁ、折角の権利だ。普段なら頼めないような、ちょっと特別なことを命令してみようかな? 何でも命令出来るんだしな。


 安堵したのもつかの間、私の身体はビクッと強張った。


 司は私に一体何を命令するつもりなのだろうか。

 やけに『何でも命令出来る』ということを強調してくるあたり、やはり普段は出来ない主従の関係を逸脱したようなことを命じようとしているのかもしれない。


 そんな想像を膨らませるに従って、既に尋常ならざる速さで脈打っていた心臓は、今にも爆発してしまいそうなほどに強く大きく鼓動を響かせる。


 私は動揺を隠す余裕のないままながらに、勝負に負けても気持ちで敗北してはならないと強気な姿勢で念を押すよう言った。


「な、何でもと言っても、本当に何でも命令できるワケじゃないですからね……!?」


 そう。

 私達は主従関係であると同時に高校生なのだ。


 いくら勝負の結果勝ち得た命令権だとしても、学生という身分に相応しくないことを強要するのはよろしくない。


「ほう? 例えば何がダメなんだよ?」

「だ、だから……学生としての立場を弁えていないことです……」

「つまり、具体的に何だよ?」

「ぐ、具体的にって……!」


 それを言わせる!?

 普通言わなくてもわかるでしょ……!?


 カァッ、と自分の顔が瞬く間に熱くなる。


 ――いや、違う。

 司はわかっていて、あえて聞いてきたのだ。

 私の口から恥ずかしいことを言わせるために……!


 いつものことながら、何て意地の悪い御曹司様だっ……!!


 しかし、ここできちんと明言しておかねば、本当に何を命令されるかわかったものではない。


 私は恥かくことを覚悟するようにギュッと目を瞑った。

 そして、強張り、熱を帯びて震える唇を必死に動かす。


「だからっ……そ、その……例えばっ……!」

「例えば?」

「……えっ……えっちなコト、とかっ…………」

「…………」


 言った!

 言ってやったぞ!


 覚悟を決め、勇気を振り絞り、恥を忍んで私は言った。


 だというのに、妙に司が無反応だったのでどうしたのかと思って、固く閉ざしていた目蓋をゆっくり持ち上げると…………


「……ぷっ、ククク……!!」

「なぁっ……!?」


 司が肩を震わせながら、必死に笑いを堪えようとしている姿があった。


「な、何が可笑しいんですかっ……!?」


 許せない!

 最低だ!

 私がこんなにも恥ずかしい思いをして言ったのに、それを笑うだなんて!


 私は怒りを示すべくキッと視線を鋭く司を正面から睨んだ。


 だが、そんな威嚇も虚しく、司は私が怒る様をも楽しむように口許で弧を描いて、目元に浮かんだ笑い涙を指で拭う。


「いや、ククッ……結香、そんなこと想像してたのかよ」

「そ、そんなことって……! 司が先に――」

「――俺はただ、何でも命令出来るって言っただけだぞ? それ以上のことは何も言ってないが?」

「だ、だって! 何でも命令って、つまりはそういうことじゃん!?」

「えぇ~? 俺そんなつもりはなかったんだけどぉ? 結香の頭ん中がピンク色なだけだろ」


 し、白々しいぃ……!!


 明らかに司が思わせぶりに言って来てたじゃん!

 私悪くないよねっ!?

 別に私の想像力が豊かなんじゃなくて、司に想像させられたんだよ!


 私は心の中で不満を爆発させるが、現実では口をパクパクさせるだけ。


 どうせ必死に弁解しようとしても、司はすっとぼけるに違いない。

 そうに決まっている。


 変に逆らったら逆らったで、司の思う壺だ。


 私に出来ることと言えば、反論を諦め、腕を組んで頬を膨らませ、そっぽを向き、不満と怒りを無言で訴えることのみ。


 もう好きにすればいい。

 ここで私を滅茶苦茶にしたければすればいい。

 その代わり、司の家と学校に、司の性癖を暴露してやる。


 そう心に決めて大人しくしていると、「ふぅ~」と笑いを納めた司が私を至近距離から見詰めて口を開いた。


「さて、じゃあ俺の些細なお願いを聞いてもらおうかなぁ~」

「ふん……」


 一体どんなことを命令するつもりなのか。


 覚悟は決めたものの身構えずにはいられない私に、司がニヤリと笑みを湛えて言った。


「命令は――――」

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