「――俺が直々に、お前の勉強見てやるよ」
「えっ!?」
突然何を言い出すかと思えば、司が私のテスト勉強を手伝うってこと!?
司と私はテストの点数を競う、言わば敵。
敵が協力してくれる勝負なんて聞いたことがない。
司が私の勉強の面倒を見るなど、ただ相手に塩を送るだけの行為で、司にとって何のメリットもない。
それどころか、自分の勉強時間を削る愚策とさえ言える。
……あれ?
でも、司の勉強時間が減って、少しでも点数が下げることが出来るなら、それは私にとって好都合なんじゃ……?
私から口にした提案ではない。
司が自ら進んで不利な道を歩いてくれると言うのなら、私に止める理由はないし、罪悪感を覚える必要もないはずだ。
「どうする、結香? 別に俺はどうでも良いんだぞ? またいつも通り自分の力だけで対策して、いつも通り俺に負けても」
そうだ。
これまでの勝負、私は一度も勝てていない。
これまでと同じようなやり方で勝負に望んでも、またいつものように負けてしまう可能性が高い。
それなら、たとえ敵である司に教わることになっても、この話に乗っていつも以上に入念な対策を練った方が良い。
よしっ、この話乗った……!
「じゃあ、お言葉に甘えて勉強教えてもらいましょうかね」
「フッ、よしきた」
私の返答に満足したのか、司がニッと口角を持ち上げる。
ソファーから滑るように降りてくると、私を押し退けてテーブルの真ん中に陣取って
「ちょっ、何で教える人が真ん中に……」
普通勉強する当人が真ん中に座って、教える人はその隣か対面に座るものではないだろうか?
そう思って戸惑っていると、司が挑発するような笑みを向けてきた。
こういう顔をするときは、決まって――――
「ほら、何やってんだ結香。座れよ」
「……っ!?」
ポンポン、と司が私を誘うように手で叩くのは、胡座を組んだ自分の脚の間。
カァ、と自分の顔が熱くなるのを感じる。
「ちょ、そんなところに座れるワケ――」
「何だ、恥ずかしいのか? もしかして意識してる? 主人である俺を、男として?」
「~~っ!?」
不覚にも胸の奥で心臓が跳ねてしまった。
司は『院瀬見』の御曹司。『近衛』の家に生まれた私が仕えるべき主人だ。
たとえ生物学的に異性であろうとも、決して主従以上の関係になることはあり得ず、恋愛対象として意識することすら許されない。
世話係である私は、司の言うこと成すことすべてに順応し、従順に命令を遂行するだけ。
そこに私情を持ち込むなどもっての他だ。
私は顔に溜まった熱の冷めぬまま、咳払いをして何も気にしていない風を取り繕う。
「こ、コホン。意識? あはは、私が司を? そんなことあるわけないじゃないですか~」
私は一歩踏み出して司のすぐ傍に立つ。
そして、からかい返すように意地悪な笑みを作った。
「確かに司は頭も良いし運動も出来て顔も整っていて完璧超人ですけど……自信過剰は良くないですよ?」
「……っ、言ってくれるな」
ピクッ、と司の笑みが強ばった。
「そこまで言うなら問題ないよな? ほら、さっさと座れよ。勉強するんだろ?」
「そうですね」
恥ずかしい。
そりゃ、もちろん恥ずかしいに決まってる。
しかし、ここで尻込みすれば先程の司の言葉が図星であったと証明することになる。
大丈夫……!
ただ司の脚の間に座るだけ!
一思いにスッと行け私…………!
「じゃ、じゃあ……失礼します……」
左足、右足……とまずは司の座る前へ足を踏み入れ、制服のプリーツスカートを押さえながらゆっくり腰を下ろした。
すぽっ、と良い感じに腰が司の脚の間に収まる。
「…………」
「…………」
両者を取り巻く沈黙。
何とも言えない気恥ずかしい空気。
「な、何か言ってくださいよ……」
「い、いやぁ……別に……」
私は悪くない。
私は司の言った通り、脚の間に座っただけだ。
顔から火が吹き出しそうなこの状況は、全部全部司の責任。
いつもより少し熱く感じるのは自分の体温か、それとも背中越しに伝わる司のものか……はたまた、その両方が混ざりあったものか。
鼓動は羞恥のあまり早鐘を打ち、変な汗も滲みそうになるが、妙な安心感を抱いてしまうのがまた不思議。
そんな中、司が早速勉強を教えるべく、テーブルの上に置いてあるシャープペンシルを取ろうと手を動かすが――――
「あっ、すまん……」
「い、いえ……」
司は私を脚の間に座らせている状態。
その格好のまま前にある物を取るには、私の身体の側面を通して腕を伸ばす必要がある。
もちろん多少上体が前傾し、私の身体との密着度合いは高くなる。
同時に腕を伸ばすのだから、自然と後ろから抱き締めるような形になり…………
つまり、死ぬほど恥ずかしいっ!!
今にも身体中から火が吹き出して、その火力で消し炭になってしまいそうだ。
互いに何とか気にしていない風を装ってはいるが、司の心中も私と同じようなものだろう。
その証拠に、あの自信に満ち溢れていつも悠々としている司の身体が、今はガチガチに強ばってしまっている。
「じゃ、じゃあまずここの問題だが……」
「はい……」
このあと、小一時間ほどかけて私の苦手教科である英語を教えてもらったが、司の言葉はどこか歯切れが悪く、私は私でまったく集中出来ず……あまり有意義と呼べるテスト勉強にはならなかったのだった…………