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第04話 意外なお誘い?

 司と私は同じマンションで隣の部屋に住んでいるが、登下校時に仲良く並んで帰ったりはしない。


 それは別に、司と私の仲が悪いからではない。

 周囲に司と私の特殊な事情を知られないためだ。


 もちろん、どうしたって帰り着く先は同じなので、同じ電車に乗るし、同じ帰路を辿って帰ることになるが、それでも基本言葉を交わすことはせず、他人のフリ。


 これを聞くと、そんな回りくどいことをせず時間をズラして帰れば良いだけなのでは、と思う人もいるかもしれない。


 だが、司の身分を考えれば出来るだけ一人で行動させるわけにはいかないのだ。


 確かに日本は世界に比べて治安が良いかもしれないが、それでも犯罪が起こらないわけではない。


 もしに遭遇したとき、『院瀬見』に仕える『近衛』の私が真っ先に対処できるよう、可能な限り傍を離れず、目を離すことがないという状況が求められる。


 司の安全を確認しながら、周囲に関係者だと悟られないよう注意――今日も私はそんなを遵守しつつ、無事帰宅を果たした。



◇◆◇



「お、勤勉だな~。結香」


 司の家で、研いだお米を炊飯器にタイマーでセットし、夕食の準備を済ませた私。


 少し時間が出来たため、リビングのテーブルで勉強をしていると、ふらりとやって来た司がそう声を掛けてきた。


「はい。もうすぐ中間テストがあるので、それを見据えての勉強です」

「マジか、気ぃ早いな~? だってまだ二、三週間先だぞ?」

「早くないですよ。私はいつもこれくらいから準備してるんです」


 確かに、テスト勉強という目的では時期が早いかもしれない。


 いわゆるテスト週間と呼ばれる、部活動や委員会活動が休みになり勉強に専念出来る期間は、どの学校でも大抵テストの一週間前だ。


 しかし、それだけの期間では足りない。

 なぜなら…………


「ははっ、そんなに俺との勝負に勝ちたいのか?」

「むっ……」


 後ろのソファーに腰を下ろした司が、身を乗り出してその形の良いニヤケっ面を私の顔のすぐ横まで持ってきた。


 そう、司はわかっているのだ。

 私がテストの点数での勝負に勝つため必死になっていることを。


 それを承知のうえで、私に「勤勉だな」とか「テストはまだ先だぞ?」とか言ってきている。


 何ですか、何なんですか?

 自分は余裕で、私との勝負なんて気にしてませんっていうアピールのつもりなんだろうか。


 だが、こんなことで心を乱されていてはいけない。


 私は司の指摘に一瞬表情筋を強ばらせてしまったが、すぐに平静を取り戻す。


 そして、下剋上を成し遂げるべく宣戦布告を突き付けるようなつもりで言った。


「そういう司こそ、良いんですか? そんな余裕ぶっこいてて」

「ん、というと?」

「確かにこれまでの勝負で司に勝ったことはありませんが、それでも油断してると足元をすくわれるかもしれませんよ?」


 この男は私が下手したてに出ると調子に乗る。


 だから、私はちょっぴり強気に、挑発するような笑みを作ってみた。


 基本私は自分から喧嘩を売ったりはしない。

 大抵いつも、司が先にちょっかいを出してくるので、仕方なくその仕返しをするというスタンスだ。


 ゆえに、こうして私の方から挑戦状を渡すような行為は珍しく、その甲斐あってか、司も少し驚いたように目を丸くして瞬かせていた。


 どうだ!?

 これで少しは司も危機感を感じて、私と真剣に勝負する気になっただろうか?


 そう期待して司の反応を待っていると…………


「……ぷっ、」

「へ?」

「クククッ……あっははははは!!」


 突然司が笑い出した。

 吹き出して、何か我慢するように肩が震え始めたかと思えば、出てきたものは笑い。


 腹の底から可笑しく思うような、屈託のない笑いだ。


「な、何ですか……?」


 今度はこちらが瞬きを繰り返す番だった。


 突然笑いだしてどうしたのかと尋ねると、司は目尻に薄く溜まった涙を人差し指で拭ってから答えた。


「いやっ、だって……ククッ。お前が“油断してると足元すくわれる”なんて言うから……!」

「な、何が可笑しいんですか」

「いやいや、可笑しいだろ」


 宣戦布告を一笑してくれたことに不満を感じている私に、司がそう断じてグイッと顔を近付けてきた。


 互いの吐息すら感じられる距離感に、思わず私の心臓が驚きの声を上げる。


 しかし、そんな私の気持ちなんてお構いなしに、司は私の目と鼻の先で自信満々に口角を吊り上げた。


「結香、これは油断じゃない。余裕って言うんだよ」

「……っ!?」


 司のその言葉には迷いがなかった。


 真っ直ぐ私を見詰めるヘーゼルの瞳に揺らぎはなく、薄くて形の良い唇は弧を描いている。


 そして、表情の通り嘘はないのだろう。


 その証拠に、これまでのテスト勝負では負けなしのうえ、小中学校では常に学年トップの成績を維持していた。


 もちろん高校でもそれは変わらないはずだ。


 でも、それがどうした。

 司の頭が良いのは今さらの話。

 それを理解したうえで、私は司に勝ちたいのだ。


 たとえここで私なんて相手にならないと言われたとしても、私は諦めるつもりはない。


 そんな覚悟を私が改めて胸の内で確固たるものにしていると…………


「ま、でも良いんじゃないか?」


 司が肩を竦めてそう言った。


「結香がそうやって必死になって俺に勝とうとしてるの、何か可愛いしな」

「ばっ、バカにしてぇ……!」

「あはは、してないしてない」

「嘘つけ~!」


 不服を主張するため、私は柔らかい握り拳をつくってポンポンと殴り掛かる。


 何度か胸にヒットさせてくれたが、すぐにパシッと私の拳を握り取られてしまった。


 その手から逃れようと拳を引き戻してみるも、しっかりホールドされてしまっていて一向に離してくれる気配はない。


 離してほしいんですけど、という意味を込めた半目で睨んでみるも、司は意に介していない様子。


 それどころか、私の手を握ったまま口を開いた。


「でもまぁ……確かに今までの勝負、結香一回も俺に勝ててないしなぁ~。今回は少し協力してやっても良いぞ?」

「協力?」

「ああ。俺が直々に、お前の勉強見てやるよ」

「えっ!?」


 まさかの提案に、私の思考は一瞬止まってしまった――――

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