「クレア、馬車酔いはもう大丈夫?」
「ん、問題ないぜ」
前にララさんに教えてもらったツボが効いて、馬車移動の後なのに今日の気分は比較的マシだった。
そしてようやく着いた第2拠点、道なき道的なあれかと思ったけど驚くほどアッサリ到着。
着くまでに半日と言う話だったけど、今から2時間ほど休憩してもまだ日没までに余裕がある。
「ここまでほぼ一本道だったな……」
「ね~、どうやったら途中で迷えるんだろ」
当時エリーの失踪を知って、かなり心配していたはずのミリアでさえこの反応だ。
エリー本人には悪いけど、こんなところで遭難というのが、あまり考えられない。
あのまま見つからなかったら、よく夜中にやってるミステリー番組で取り上げられてたとかあり得そうだ。
まぁなんにせよ、全員ここまで無事にたどり着けたんだからいいんだけど。
「それにしても、よくこんな所に暮らせてたよな」
「隠れ家って感じだよね。私はこういうとこ好きだけど」
森の開けた部分にテントがいくつか張ってあって、その真ん中に木組みの小屋がポツンとあった。
なんでもアデク隊長がエクレアに戻る前までは、ここに住んでたらしい。
こんな辺境に何年も住み続けるなんて、それはそれで夜中にやってるミステリー番組で山男として取り上げられそうだ。
何はともあれキャンプの入り口の方で挨拶をすると、男性の軍人が出てきて敬礼をする。
「お待ちしておりました!」
「久しぶり、みんな問題なかった?」
「異常ありません隊長!」
リアレさんとこの隊員だったみたいだ。街ではほとんど見かけないから、存在してると思わなかった。
「えっと、アルフレッドさん。うちの隊の連中が是非あいさつしたいみたいで、少しだけお時間よろしいでしょうか?」
「待って、ホントにすまん。その前に座らして。おっさん膝痛くって……」
「椅子!」
リアレさんが言い終わらないうちに隊員の一人がすっ飛んできて、椅子を差し出した。
アルフレッドさんはそこに、ゆっくりゆっくり腰かける。
「ホントごめん、マジごめん」
「ごあいさつは止めておきましょう」
その言葉にアルフレッドさんは手を振る。
「いや、みんな連れてきてくれ。優秀な人材がいたら、片っ端からヘッドハンティングしてやるよ」
「本人たちがよければ、僕からは止めませんが」
「眼が怖えぇよ。冗談だつーの……」
とりあえず隊の人たちが集まって来る前に、リアレさんがアタシたちに指示を出す。
「2人は、セルマを迎えに行って来てくれるかな? あっちのテントに籠ってるらしいから」
「分かりました」
案内された奥のテント、なんだか少しだけ他のより大きい気がした。
「じゃあ早速」
「あ、おい!」
「セールマ! あーそびーに来ったよ~!」
着くなりミリアが声もかけずにテントをぶちあける。
遠慮と言うものがないのか。
「もぐ! もぐぐもぐ!」
「あごめん」
どうやら食事中だったらしい。必死に口に入れてる所はなんだかリスみたいだ。
「言わんこっちゃない」
「っ────と、ごめんなさい。ミリアちゃんお待たせ」
「久しぶりセルマ! 会いたかった!」
言うが早いか、ミリアがセルマに抱きつく。うわ何しとんじゃコイツ。
「み、ミリアさん……!?」
「一人で頑張ってくれてたんだね、ありがとう! 元気してた? 心細くなかった? 私たちで初めての任務だよね、これから一緒に頑張ろう!」
「きゅん…………!」
た、たらしめがっ────!
お前、セルマがこの任務で街を出てからも、アタシの家で食っちゃ寝してたくせに!
セルマもセルマで、そんな簡単な言葉で引っかかるなよ。
「み、ミリアさんありがとう。こっちは────」
「あーセルマ、もう仲間なんだから呼び捨てにしてってば。私もけじめ付けなきゃエリーに怒られちゃうし」
「あっごめんなさい! ミリアちゃん! なんだか不思議な感じね……」
去年まで憧れてたa級の上官が自分のとこまで墜ちてきたら、そりゃ不思議な感じだろうよ。
とまぁ、色々つっこみたいところはあるけれど、セルマとミリアの関係は良好みたいだったから無闇に場をかき乱すのは止めておくことにした。
とりあえず隊の雰囲気が良好そうなので、ひと安心だ。
「よぉセルマ久しぶり」
「あ、クレアちゃんも。久しぶりね」
「アタシはついでかよ────てか、夕食には少し早いんじゃないのか? 外にリアレさん来てるけど良かったのか?」
「ギクッ……」
そう言った瞬間、ミリアに肘でどつかれた。言っちゃマズかったか?
「あのねクレア、戦場へ先乗りした術師は、魔力を貯めるためにとにかく沢山食べなきゃいけないんだ。
魔法使うのは精神力も体力もいるから、打ち合わせ以外は、昼夜を問わず食べさせられるんだよ……」
「そうだったのか! ごめん!」
「ううん、いいのいいの!」
それでもセルマは、少しモジモジしていた。
あーなるほどな、見えてきたぞ。
「セルマどうしたの?」
「言ったろ、ミリア。リアレさんとコイツ、2人つきあったんだって。今からいらん心配してんだろ」
ミリアにアタシは耳打ちする。
セルマは街から出るときより少しぷよぷよしてるみたいだし、きっとそれで顔を合わせにくいんだ。
おんなごころ~つーのはよく分からんけど、どーせそんなとこだろう。
「なーんだ、気にしなくてもセルマちゃん充分チャーミングだし、だーいじょうぶだよ。私がお嫁さんにしたいくらい」
「えっ!? えぇっ!!?」
あまりに調子が良すぎたので軽く肘でこづくと、テヘッと舌を出した。
顔がいいから絵になってるけど、これが私らじゃなくエリーの前だったら、多分ぶん殴られていただろう。
「あ、ありがと────でもそうじゃなくて! 目標の量が食べきれなかったの!」
「は? え、そっち?」
確かに部屋には、セルマの名前が書かれた食糧が数箱積んであった。
「ちゃんと太らないとと思って、出されたカロリーの高いものたくさん食べてたんだけど、どうしても食べきれなくて……それが申し訳なくて、皆にも……」
あー、それを言いにくかったって訳か。
「そっかそっか、でも大丈夫だよ。君はよく頑張ったねぇ」
「ママぁ…………!」
「よしよし」
なんだこの茶番。
「おい早く行くぞ、幹部お2人さん待たせてんだよ」
「あ、うん。でも先に食糧余らせちゃった事伝えないと」
セルマがのそのそとテントから顔を出すと、ちょうど若い男性軍人が通りかかる。
「ララ隊の衛生兵の人よ、ここにいる間お世話になったの」
アタシとミリアも、とりあえず頭を下げる。
「あぁ、アデク隊の方々ですね? お疲れ様です。セルマさんどうかされましたか?
「ごめんなさい、実は食糧食べきれなくて……」
「え、そうだったんですか。そんな量はなかったんですが────」
テントの奥に積まれている木箱を覗いてから、手元の紙をペラペラとめくって確認した彼は「あっ」と小さな声をあげた。
「すみませんセルマさん、手違いで注文より多く食糧が届いていたみたいで……」
セルマが白目を剥いて3歩のけぞった。