クレア達が出発した後、本部で次の日のための色々な会議を終えて、私はようやく解放された。
辺りはすっかり真っ暗。
「ぶえええぇ…………」
“おつかれ”
さっきまで姿を消していたきーさんが、いつの間にか戻ってきていた。薄情者。
一方私はと言うと、大見栄を切って作戦開始を宣言してしまったものの、諸問題やらなんやらでやることは多く、作戦立案隊にも詰められるわ詰められるわ。
ちなみにクレア達は第2拠点に全員無事に着いたそう。今日うまく行っていないのは、私だけか。
なんだかみんなを心配して送り出した割に不甲斐ない結果で、恥ずかしい。
「ん?」
宿までの道をフラフラ歩いていると、とある公園が目に留まった。
「きーさん、そこ私たちが契約した公園です」
“へぇ”
「まぁ、興味ないですよね」
きーさんと出会って1年、こうして初めて会った森に戻ってきたのは、何の巡り合わせだろうか。
そしてこのメグリ村は、バルザム隊が行方不明になる直前まで滞在していた村でもある。
私はここからアデク隊長の家に向かう途中迷子になったのだけれど、今回はその心配はないだろう。
“よくあんな森で迷えるよね”
「あの森は、なんだか変なんです。森自身が人を迷わせようと言う意思を持っているみたい」
実際それほど広大な場所でもないのに、古くからあの森での行方不明の事例は後を絶えない。
バルザム隊の集団失踪はともかく、その全てが敵の基地があったからとは言えないだろうと言うのは、作戦本部でも共通認識だった。
とは言っても、森の意思が分かるのは木の声でも聞き取ってしまう、私くらいのものだろうけど。
「まぁ、今回はひとりで森へ行くことはないし、きーさんもいるんで大丈夫ですよ」
“ねぇ、あれなんだろ?”
「聞いてますか?」
最近私への扱いが雑な気がするきーさん、彼が見つめていたのは、例の公園の奥の方だった。
「あ────」
雲が晴れて月明かりが差し込む。
そこには公園にひとり、アダラさんが立っていた。
相棒の聖霊・パサパサを指に留めながら、はらはらと泣いている。
「……………………」
泣き声ひとつあげていないから、誰だか全く分からなかったけれど、あれは間違いなくアダラさんだ。
お城では何度が泣き声を聞いたことがあるけれど、実際見るのは初めてだった。
そして見なかったことにしようと思った。
多分すごくプライベートなことだし、本人だって見られたくはないだろう。
「…………………………」
「あ」
そんなことをごちゃごちゃと色々考えていたら、アダラさんがこちらを見ていた。
明らかに目が合っている、こちらに気づいている。
そして彼女はこちらにスタスタと歩いてくると、半分ほどのところで立ち止まった。
「貴女、見ました……?」
「見てないです」
とっさに私は、明らかな嘘をついてしまう。
自分でもどうかと思うけれど、ここでごまかさないとなんかとてもまずい気がした。
「見ましたわよね???」
「いや見てないです、ホントに」
さらに問い詰めてくる彼女から、私は必死に目を逸らす。
「そうですのね、見てないですのね────でも見ましたわよね?」
「見てないです勘弁してください」
「みーまーしーたーわーよーねーっ!」
突然四つん這いになったアダラさんが、もう半分の距離をテケテケと詰めてきた。
「ひいいっ?」
あれに捕まったらヤバイ!
なんかよく分からないけど、絶対に捕まっちゃダメな気がする!
そしてその姿は、何か昔に本で読んだことのある妖怪にそっくりだった。
「ごめんなさいっ、見た見ました! 見たと言うか────視界に入っただけなので見てはないです、はい!」
「それを見たと言うんですのっ! きえええぇっ!」
こちらに追い付き、奇声をあげて飛びかかってきたアダラさん。
身体を伏せた状態でそのジャンプ力は、もはや人間の能力を超越していた。
「ひいいいっ!」
しりもちをついて動けない私。
そしてあわや喰われんと言ったところで、横槍が入った。
「そいっ」
「ぐべらばぁっ!」
公園の地面を大袈裟に転がって行くお姫様。
「エリーさん、大丈夫……?」
そして私を助けてくれたのは、スピカちゃんだった。
正直この子のあんな鋭い蹴りは初めて見た。身内には容赦ないんだなぁ。
「な、なんとか。ありがとうございます。どうしてここに?」
「たまたま帰るとこ……」
「ねぇ、アダラさんどうしちゃったんですか?」
また性懲りもなくのそのそと起き上がるアダラさんに、私はドン引きだった。
きっと敵に操られたとかそう言うので、あんな暴挙に出たに違いない。
「アダラ姉、興奮したからって人にあんな格好で迫っちゃダメだよ……」
「ほーん、分かりましたわ」
わりといつも通りだった。
※ ※ ※ ※ ※
「見たなら見たで、仕方ありませんの。警護対象である貴女を待っていたので、近づいただけですわ」
「その警護対象を四つん這いで追いかけないでくださいよ」
正直今月に入って一番ビックリしたし、捕まったら絶対殺されると思った。
と言うか四つん這いでの機動力がとんでもない上に、息が全く切れてない。
公園中を逃げ回って私はヘトヘトなのに、この人はなんと言うフィジカル化け物だろう。
「アダラ姉、ちゃんとエリーさんに謝って……」
「ごめんなさいですわ」
何が悪かったのか分かってないような軽さで謝られた。
まぁ色々といいたいことはあるけれど、ここで言い合ってもこの後の作戦に影響出るだけだしなぁ。
「いいえ、こちらこそ覗き見するようなことになってしまい、申し訳ありませんでした」
“日和った”
どうせ私以外には聞こえないからと、足元の方でなんか言っているきーさんを私は無視した。
そうは言うけど、エクレアに帰ってからも一応この人とは同じ屋根の下で暮らさなければいけないことを、忘れてはいけない。
「っと、無事に送り届けられましたわね! ではわたくしはこれで!」
「あ、ちょっとアダラさん────」
話も聞かずに、彼女は宿へと入っていってしまった。
私もアダラさんも、泊まるのは少し向こうの宿なんだけどなぁ。
「エリーさん、もう大丈夫……?」
「えぇ、ごめんなさいこんなとこまで」
「謝るべきは、アダラ姉だから……」
まぁ、それもそうか。
この村に全ての隊員を受け入れられる程の宿のキャパはもちろんないので、スピカちゃん達一般隊員は村から少し離れた場所にキャンプをしている。
彼女にしては珍しく、相当気を遣ってここまで遠回りしてくれたんだろう。
「ところであの、聞きにくいことなんですけど、アダラ様って、たまに夜泣いてますよね。言える範囲でいいんですけど、何でか聞いていいですか?」
正直聞いていいのか迷ったけれど、流石に無視してこのまま任務を続けるには懸念事項過ぎる。
「んー、本人も、よく分かってないみたい。なんか寂しくなるって……」
「そう、ですか────」
確かに私も彼女を泣いているのを見たとき、同じようなことを感じた。
その光景を見た瞬間感じてしまった、彼女は「孤独」で泣いているのだと。
本人も理解できない心の穴に蝕まれて泣いている。
【コネクト・ハート】はそう言う時に制御が効かない。
人の秘めたい思いや真実まで、乱暴に暴いて私に伝えてしまう。
「孤独、ですか……」
いやでも、家族にも上司にも恵まれて、一見満たされているような彼女が、なぜ?
自分でも制御できない程の、理由の分からない「孤独」を抱えている理由は?
それってもしかして────
「あ」
「どしたの……?」
これってもしや、王様に詮索するなと言われた、例のミリアの放免と、関係することなんじゃ────
思いがけなかったとはいえ、しまった。これ以上深入りするのは止めておこう。
「んー、何でもないです。それより明日は頑張りましょう」
「うん。それはもちろん、なん、だけど────」
スピカちゃんが宿の方を見やる。
つられて同じ方向を私も見ると、暗い顔をしたアダラさんがいた。
「あ、あのぉ、私たちの宿あっち、ですけど……」
こちらを睨まれて、イヤな予感がした。
「どうして教えてくれなかったんですの! きえええぇっ!」
「ひいいっ!」
再び四つん這いになって飛びかかってきたアダラさん。
「そいっ」
「ぐべらばぁっ!」
スピカちゃんに蹴られ、夜の村をアダラさんは勢いよく転がっていった。