作戦会議当日、私は会議館に来ていた。
最高司令官として初めて、私は公衆の面前に立つ。
こんな機会でもなければ絶対にやりたくないことだし、正直緊張で吐きそうだった。
「アルフレッドさん、先日はありがとうございました。
それに加えて、こんな無理なお願いまでしてしまいすみません」
「えぁ? なんだよ嬢ちゃん水くせー。無理させっぱなしはこっちだろ」
王国最強と唄われる戦士、アルフレッド・クレイグさん。
先日アリーナで助けていただいたときから引き続き、私は彼に王都へ来てもらっていた。
「本当はアデク隊長に頼めれば良かったんですが────」
「アイツは人望ないから無理じゃないかね。それを言ったらオレもこの街に長くいないから変わらんかもしれねぇけど。
まぁ、少なくとも身の丈に合った頑張りはさせてもらうさ」
少なくともその一言で、私は覚悟が決まった。
最高司令官の慣れない軍服に袖を通し、私は舞台上に上がった。
※ ※ ※ ※ ※
私が壇上に上がると、会場にいた全ての目が私に向いた。
ここに集まったているのは、エクレア軍に所属し本日集まれた、全ての隊長。
少なくとも百人は下らない精鋭揃い────
「初めまして皆さん、エリアル・テイラーと言います。最高司令官です」
クスクス笑いや嘲る声があれば、まだ良かったかもしれない。
しかしその場の誰も、声を上げることはなかった。沈黙が痛いというのは、まさにこれだ。
多分その目線のほとんどが、私を見定めているのだと確信する。
先日のアリーナの一件で私は新聞やプロマ等で、英雄のような扱いを受けている。
未だに住んでいたアパートメントの近くには記者だかストーカーだか良く分からない人がうろついているらしいし、私がお城暮らしを余儀なくされているのもそれが理由の大半だ。
しかしそれは、世間がそう見ていると言うだけのこと。
ラルフさん然り、いままで秘匿とされていた最高司令官の枠に、突然落ちこぼれだと聞いていた軍人が割り込んできたのならば、そいつの存在を警戒するのは当たり前の事だ。
皆が最高司令官の召集と聞いて、ハーパーさんが来るのを期待していたのだろう。
それもあって、私への第一印象は決して良くはないはずだ。
「今日は皆さんに、お願いがあって来ました。任務についてのお願いです。
先日の一件で行方不明になったライル・スレイドa-2級の行方が分かりました。彼は今、敵に捕らわれています。その救出の手伝いをしてほしいんです」
ライル・スレイド、【怪傑の三銃士】のリーダーだ。
先日アリーナで私に加勢するため転移魔法で登場する予定だった【怪傑の三銃士】は、しかし敵による転移魔法のジャックにより、姿を現すことはなかった。
その消息が、先日判明したのだ。
「私の力だけでは、彼を助けられません。どうかご協力をよろしくお願いします」
それに対して隊長達はほぼ無反応────しかし今度は明らかに、下らないという目線をいくつか感じた。
後ろの方の席では、立ち去ろうとする者までいる。
ライルさん自身に人望がないのはそうだけれど、捕虜の救出は自分達の仕事ではないと考え、そもそも話を聞く気がないのだろう。
人命がかかっているとはいえ、たったそれだけのためにこの人数の時間を消費させるのかと思われるのは、仕方がない。
やはり掴みは失敗だ、当然。だからこそのアルフレッドさん。
「今回の任務をより確実なものにするために、今回は協力者に来てもらっています」
「オレだ────アルフレッド・クレイグa-1級」
袖から出てきた彼に、静かだった場が一気にざわつく。
普段は国境近くの街を守っている彼の事を、直接目にするのは、初めてである軍人も多いだろう。
しかし先日のアリーナでの登場と、王国最強の戦士であるという噂から、隊長であれば知らない人はいないと断言できる。
「今回のライル・スレイドa-2級救出作戦は、彼の力が必要であると考え、私たち最高司令官は、彼をこの街に呼びました。
そしてそれに足るだけの
ハーパーさんの存在もほのめすことで彼らの興味が、少しだけこちらに向くのを感じた。
少しは協力の余地のある話だと、考えてもらえただろうか。
「まず皆さんご存じの通り、先日のアリーナでの戦いに参戦する予定だった彼は、敵の策略により誘拐されました。
しかし元々その可能性も考えていたのか、彼は軍本部から探知できるような、発信器を持っていました」
元々あの場面でおじさん達がちゃんと助けに来てくれてれば、そもそもこんなことにはなって無かったんですけどね────
しかしそこは、敵の方が一枚上手だったと言うことだろう。
「そして、救助要請があったその場所が『迷いの森』。かつて私も所属していた、バルザム隊が失踪した場所です」
その場所は、古くから噂されていた神隠しの地だ。
それほど大きくはない森のはずなのに、なぜか足を踏み入れた者たちが、ひっそりと姿を消すことのある曰く付きの場所。
その名前を聞いた隊長たちはざわつき、一人の軍人が手を上げた。
「どうぞ」
「ラルフ・ロスa-2級です。その状況下では、受信が罠である可能性もあると考えられますが」
「もちろんそれも考え、ハーパーさん指揮の下リーエル隊、アデク隊が現地調査に向かいました。
締結により一部の王国騎士には、先にこの任務についての連絡が行ってしまっていたことはお許しください」
アデク隊からの参加は、実はセルマだけなのだけれど、そこはギリギリ嘘にならない範囲の誇張と言うことで。
次々に出る大物達の名前に、私の独断での集会ではないことには気付いてもらえただろうか。
「結果、迷いの森内部にエクレア軍の把握していない、地下施設があることが判明しました。
内構造の把握には至りませんでしたが、施設の特徴から私たちはそれを、敵の軍基地及び実験施設であるとの結論を出しました」
「敵の基地……?」
「調査隊によると罠である可能性は低いとの事でしたが、敵の構成員も人数不明ながら潜伏しているようです」
その言葉を受けてもう一人、巨漢の隊長が手を上げた。
「デルスa-2級だ。施設があったことには納得した。
しかしかつて迷いの森は、まさにライル隊自身も調査したはずだが。一体どこにそんなものがあったのか教えていただきたい」
「迷いの森内には切り立った崖があり、そこには内部が迷路構造となった洞窟があります。
その地下に、彼らは施設を作っていたようです」
私がボスウルフェスを倒すため、きーさん扮する地図を使い登った場所だ。
あんなところを人が出入りしているだなんて、私もアデク隊長も、あの時は予想しようが無かった。
「彼らの捜索は遭難を前提とした人員の配置と作戦であったため、そのような見落としに繋がりました。
そこに敵施設があることは予想できなかった事、それらが巧妙に隠蔽されていたこと、バルザム元幹部のその場での失踪の可能性を公にできなかった事が重なりました」
「分かった、すまない。別に責任の追求をしたいわけではない」
そう言って、デルスさんは着席した。
「それで────迷いの森の敵施設についてですが、ライル・スレイドa-2級の他にも、バルザム隊や民間人を含めた、多数の人間が捕虜となっている可能性があります。
そして先日の【紅玉の魔女】ルールの介入から、彼女を含めた魔女や魔人が潜伏している可能性もあると踏みました」
大規模な戦いになる事を、誰もが予想している。
名目上はライルさん救出でも、当然この人数呼び出すに足るだけの作戦足り得ている。
「つまり今回の目的は捕虜の奪還、敵基地の制圧、魔女及び魔人が潜んでいた場合は彼らの捕獲もしくは討伐も対象となります」
敵施設が国内にあったこともそうだけれど、多分隊長達の警戒は魔女/魔人という言葉に向いていた。
彼ら彼女らが絡む戦いということは、戦争を意味する────
「ちょっと待って、ひとつ聞きたいんだけど」
「あ、はい」
幹部の一人が手を上げる。私は彼に目線を写した。
「リアレ・エルメスa-1級です。エリアル司令、貴女は確か、以前バルザム隊に所属────潜入というべきかな? をしていたと言ったよね」
「はい」
「しかし結果的に彼らは全員が敵に捕らえられている。当時指揮権がなかったとは言っても、それは司令官としてまずいと思うんだ。
さすがにそこの説明はしてくれるんだよね」
そうだ────リアレさんの言う通り、それは私がこの場で全体に陳謝しなければいけないことだ。
ここで隊長達の信用を勝ち取るためには、この話は避けては通れない。
作戦の指揮にも関わることだ。
「その通りです。一年前まで彼の監視をしていた私はバルザム・パースの暴走を止められず、結果としてバルザム隊の面々を失うことになりました」
ついに呼吸さえも聞こえなくなった会場は、しんと静まり返った。
これだけの人が集まってここまでの静寂を体験するのは、多分あとにも先にもこれっきりだろう。
「それはバルザム・パースが情報を流すことで、バランサーになっていたことが、彼の即逮捕に踏み出しきれなかった遠因です」
「バランサー?」
「つまり────バルザム・パースの敵国への情報漏洩により、ノースコルとの全面戦争が回避されていたと言うことです」
その場の空気がもう一段階、ぴんっと張りつめるのを肌で感じた。
当然ここにいる隊長達は、もっとも近くで戦線を見据えてきたプロフェッショナルだ。
私の言った全面戦争が起こるかもしれなかったと言う予兆自体は、彼らも感じていたのだ。
「バルザム・バースの目的は、最小限の犠牲で戦争を終結させることだったね。
にわかには信じがたいけれど、矛盾が生じる話ではない、か────」
リアレさんも、その話に納得した様子を出す。
「どうにか民間人の犠牲を最小限にしようとした結果、バルザム隊との天秤にかけざるを得なかった。彼らにとっては全てこちらの勝手な都合です」
もちろん全面戦争になれば、それより多くの兵士や数えきれないほどの民間人が犠牲になっていたのは間違いないだろう。
それはバルザム教官の目的とは反する。
確かに彼が実行した方法が、より犠牲少なく戦争を終わらせる道筋だったのは、間違いなかったのだ────
「私は結局、彼らの犠牲を容認したんです。それは私が最後に否定した、バルザム・パースのしようとしたことと、変わりません」
私なら、思う。
原因が最高司令官側にあるのに、協力するのは自分達かと、心の底で思うに違いない。
主義主張がこないだと変わっている小娘の言うことに、命なんてかけられないと、冷たく心のなかであしらうに決まっている。
「その結果があるにも関わらず、こうしてご協力を頼んでいるのは、図々しいと思う方もいらっしゃるかもしれません。
でも────それでも私は囚われた仲間を助けたいんです。彼らがもう一度故郷に、家族の元に帰って、笑って過ごして欲しいんです。その気持ちに偽りはありません」
汗が一粒、ステージに落ちるのを感じた。
自分が自分でも驚くほど、熱をいれて叫んでいることに気付く。
「私はみんなを取り戻したい! 帰ってきた彼らと、もう一度話したい!
けれど、彼らを取り戻すのに私一人の力では、全く足りません。だから、どうか────」
黙る隊長達の真意、今度は彼らがどういう気持ちなのか分からない。
「どうか皆さん、勝手なお願いかとは思いますが、一度だけ仲間を取り戻すチャンスをください。
ここに彼らが一人でも多く帰って、暖かい食事を食べれるように。柔らかい布団で寝れるように。お手伝いをお願いします……」
3年前アンドル最高司令の言葉────
「今この国は、非常に薄い
まさかその件について私が謝罪させられるとは思わなかったけれど、その言葉の意味はようやく分かった。
その後会議は、静かに終わった。
エクレア軍の進軍が、もうすぐ始まる。