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帰りたい(303回目)  いい御身分の姫様たち


 私は決して運のいい人間ではない────


 運がいいかどうかは考え方次第、と言う人もいるけれど、私はなかなか自身をツイてる人間だとは信じ込めない。

 今回のことだって助かったからラッキー、命があるだけまだマシ、と思えるほどポジティブに捉えることはできなかった。


「おい、お前さん」

「あ、はい」


 おじさん、ことアデク・ログフィールドさんの声で、私は我に返った。


「どうした?」

「すみません、少し考え事を……」


 つまり隊の中でも、迷子になっていた私だけが目的の【伝説の戦士】の家にたどり着いてしまった、という事か。

 だめだ、ワケが分からない────


「ここには、本当に誰も来てないんですか?」

「まぁ、来てたらそう言ってるわな。さっきも言っただろう、ここには中々人は来ないって。

 客はお前さんで4年ぶりだよ、人間の客は初めてだ」


 確かに、彼の言うとおりこの家に人の気配はなかった。

 やはりまだ誰も、アデクさんの家にたどり着いていないのか────


「アデクさんが昨日出掛けている間に、ここに来たんですかね……?」

「その可能性もあるっちゃあるが、じゃあ今そいつらはどこにいるんだって話だよな」


 確かにそうだ。目的の人物の家にたどり着いたのなら、隊員たちがここを離れる必要性はないわけだし、ましてや置き手紙も合図もないのでは来ていないのと同じだ。

 ここはやはり他の隊員たちは、まだここにたどり着いていないと考えた方が良いのだろうか。


「まぁ、お前さんと同じように連中も迷ってるだけかも知れないが」

「森の外れのメグリ村を私達が出たのは3日前、なんです……」

「3日前? おいおいメグリ村からなら半日もあればここに着くぜ?

 お前どんだけこの森迷ってたんだよ」

「私が迷ったところは、確か森のほんの入口でした」


 この森の中は、歩きにくくて少し苦手だ。

 それがたたって、結果私だけ辿り着くことになってしまったが、やはり一人だけ無事だという事実は、私にとってプラス要素にはならない。


「というか、いくら迷いやすい場所が多い迷いの森と言っても、地図なんかもしっかり作られているからな。

 目的の場所さえ分かってりゃ、集団で遭難するなんてそうそうねぇはずよ」

「そう、ですよね────隊で一番弱い私が助かったんだから、“ウルフェス”くらいが相手なら、みんな大丈夫だとは思うんですけど……」


 考えられるのは、アデクさんが言うようにみんなも同様に迷っているのか、それとも可能性は低いけれど、私を探すためメグリ村に戻ったのか。

 それとも、もしかしたら他の皆は────


 どちらにせよ私がはぐれなければ、ここでこうしてみんなの身を案じている事はなかっただろう。

 危険な目に遭うのはゴメンだが、自分だけ助かってしまった罪悪感と戦うのも中々辛いものがあった。


 しかし、私が嫌な予感に押しつぶされそうになりながら、悪い考えばかりをグルグル巡らせていると、しばらく黙っていたアデクさんが声をかけてきた。


「一緒に探しにいくか?」

「いいんですか?」

「オレはこの森に詳しいからそうそう迷うこともないし、素人が迷いそうな場所の目星も大方つけられる。

 2人だけじゃできることは限られるだろうが、何もしないよりマシだろ」


 それは今の私にとって、とても魅力的な提案だった。

 少なくとも、ここで隊の仲間達の身を案じ続けているよりは、何倍もいい。


「はい、是非お願いします」

「よっしゃ、そうと決まれば準備しなきゃあな。いくぞ、きーさん!」


 そう言うと彼は、さっきまで野菜を切っていたまな板の上の包丁をのぞきこむ。

 すると包丁がひとりでにムニュムニュと形を変え始めた。


「うわっ」

「ハッハッハッ、驚いたろ?」


 その「元包丁」はだんだんと別の形を成していき、ついには背中から翼の生えた猫の姿に、変身を遂げた。


「これは……」

「こいつはオレの相棒、猫と翼の合体精霊。“キメラ・キャット”のきーさんだ」


 精霊だったのか。その姿は、黒い猫、そして背中に白い翼。

 少なくとも珍しい生物であることは間違いない。


 驚いた、包丁が猫になっちゃった────その常識を越えた光景にしばらく唖然としていたが、しかし私はその猫に見覚えがあることに気づく。


「あ、この猫って……」

「ん? ああ、お前さんを助けたときに一緒にいたぞ。

 “キメラ・キャット”という精霊は元来、人の作った物や武器に化けるのが得意でな。

 一度見たものなら、動物や植物や食べ物、特別な力のこもった物以外なら、ほとんど何にでも変身しちまうんだ。

 こいつを剣に変身させてズバズバーっと“ウルフェス”も引き裂いた」

「へぇ~……」


 思い出した、気絶する前に見たのは、この真っ黒な毛並みと真っ白な翼を持った子猫だった。

 「きーさん」と呼ばれたその猫のモノクロは、そこにアンバランスさはなく、むしろその全体像は見ていて惚れ惚れするほど美しかった。


 するときーさんは、私の元にすり寄って来る。なにこの子、すごくかわいい。


「おぉ、なつかれてるみたいだな。オレでも初対面じゃ、めちゃくちゃ引っ搔かれたのに」

「私、動物には好かれるんですよ」

「んー、動物と精霊や魔物は厳密には少し違うんだが────まぁいいや」



 アデクさんはその後必要な荷物をまとめると、きーさんとじゃれていた私を呼んだ。


「よっし! 準備できたぞ。動きやすい服は用意したから、お前さんはこれに着替えな。そしたら出発だ」

「よ、よろしくお願いします」


 果たしてみんなは無事なのか────


 頭に浮かんでしまった最悪の光景を振り払うしか、今の私にできることはなかった。



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