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帰りたい(302回目)  ご飯まだですの


 その日の仕事が終わった私は、ようやく家に帰って────いや、私の家ではないか。


「エリーさんお帰り……!」

「お疲れエリー、ゆっくり休みな」


 お城に入ってゆくと、スピカちゃんとリゲル君がお出迎えしてくれた。


「あ、ありがとうございます……」



 いや、こう言ったら本当に2人に失礼なんだけれど、他人の家で本当に家族の一員みたいに向かえてくれてくれるというのは、私にとってはとても心が疲れる事だった。

 こちらは気を遣うし、常に気を張らなければいけない。


 早く新しい家を見つけないと、仕事場でも借宿でも居場所がなくて、私の心がそのうち擦りきれてしまいそうだ────


「エリーさんどうしたの……? 具合悪い?」

「ぷぷぶ……」


 と、言う私の性格を分かってやっているのがリゲル君。

 完全に善意でやってくれているのがスピカちゃんだ。


「いやぁ、いつまでもここに住むわけにはいきませんし、早く新しいお家見つけないとと思って」

「なんで……?」

「ほら、何でも借りっぱなしって良くないじゃないですか」


 スピカちゃんは納得したようなしてないような、微妙な様子で斜め上を見ていた。

 そしてその隙を見て、リゲル君が耳打ちしてくる。


「エリー、実は父さんは君がいてくれて嬉しいみたいだぜ」

「えっ、何でですかっ?」


 てっきり他人の私が城の中をウロウロしているのなんか目障りで仕方ないだろうと思っていたのに。


「ほら、君がいる間はスピカが城に戻ってきてるからさ。

 独り立ちした末っ子が帰ってきて、いつも眼の届く範囲にいて可愛がれるってのは、結構父さんにとっても嬉しいことなのさ」

「はぁ、なる程。それならまぁ、何となく分かりますけど……」


 以前国王と言い争いになって、城下の屋敷にリゲル君と住むことになったスピカちゃんだけれど、私が城に住んでいる間は同じく城で寝泊まりしてくれていた。

 私に気を使ってかどうかは分からないけれど、いないと他人だらけで余計息苦しいここの城で、それはとてもありがたかった。


 それが国王にとっても嬉しい事だと言うなら、私も邪険には扱われていないのだろう。


「逆に君が出ていくなら、国王はあらゆる手段を使って止めるかも……」

「止めてくださいよ。ここにはずっといれませんて」

「ぷぷぶぷ……」


 ちなみに本人は何も言わなかったけれど、私がいることでリゲル君が城にいることも、国王にとっては嬉しいのかもしれない。

 嫁ぎ先から私に会いに来たらしい長女・エレナト様ももう少しだけここにいるみたいだし、何だか余計早めに出ていくと言いづらい雰囲気になっていく。



「そう言えばスピカちゃん、ミリアとはどうですか? その、何て言ったらいいのかな────」


 正直、ミリアとスピカちゃんを同じ小隊に集めるのは下策だったのではないかと、私は今更ながら後悔していた。


 スピカちゃんの父は王であり、ミリアはその王を暗殺しようとした反逆者だ。

 例え改心しようが、襲う理由がなくなろうが、その過去がなくなるわけではない。


 スピカちゃんには彼女の監視は止めてもらったけれど、イヤでも同じ隊にいればその事実を想起する時間は増えるだろう。

 他に行くアテがなかったとは言え、それが最近一番の心配のタネだった。



 そんなことを頭の中でグルグルさせていると、スピカちゃんが顔を覗き込んできた。


「ミリアさん、いい人だよ? 優しくしてくれるし」

「そ、そうですか……」

「スピカのぱぱが国王だって言っても、信じてくれなかったけど……」


 それを聞いた瞬間、私とリゲル君はズッコケそうになる。


「えぇ!? ミリアにその話しちゃったんですか!?」

「一度会ってるから、覚えてるかと思って、話しちゃった。え、まずかった……?」

「いや、いいんですけど────いや本当にいいのか?」


 そう言う話って、普通なるべく避けるだろ、とか。

 相手が自分の顔忘れてるなら、様子伺うだろ、とか。

 その立場なら背後から刺してもおかしくないだろ、とか。


 どうもそう言う考えの私と違って、スピカちゃんにとってミリアは既に、隊の新しい仲間とかお兄さんの友だちとか、そう言う立ち位置らしい。


「え、恨んでたりはしないんですか?」

「もうぱぱ襲う理由は無い、でしょ……? 本人達がいいなら、そう言うのは別に……」


 そっとリゲル君に目配せをしたら、彼も「ビックリだよねー」みたいな目配せをしてきた。


 けれどよく考えたら彼だってミリアのお見舞いに行ったり快気祝いにクレアと3人で食事行ったりと、人の事言える程の距離感は保ってなかった。


 なんだ、じゃあこの人たちは、そう言う家系なのか。


「なんか君、ちょっと失礼なこと考えてない? 今日父さんも帰ってくるから、その事についてじっくり話してもいいんだよ?」

「止めてください────と言うか、国王様が帰ってくるんですか?」


 そうか、なら例の件について聞いてみるのは、タイミング的に好機かもしれない。


「ミリアの事考えてる?」

「あ、よくお分かりで」

「その事を君から聞くのは、止めておいた方がいいんじゃないかなぁ。

 多分僕らが父とその話をしても、ロクなことにならない気がするよ」


 大抵その眼をしている時のリゲル君は、本気の時だ。


「何か根拠が?」

「ただの状況的勘、息子として20年来のね」


 なぜ国王がミリアを無罪として、軍に戻る事を許可したのか。

 国王の暗殺と言う重罪を犯しても、それを許すとしたのか。


 なぜミリアは、犯罪者としてこの街から逃げなければいけなかったのか。


 その納得できる理由は、確かに知りたいけれど。



「まぁ、リゲル君がそこまで言うなら……」



 この心の感情に封をすることを、私は選んだ────



   ※   ※   ※   ※   ※



「ミリア・ノリスを無罪にしたことについて、気になっているのか?」

「ぅっ────────!!」


 その日の夕食前食卓に着いた頃、私は国王に声をかけられて吹き出しそうになった。

 テーブルマナーのなっていない私が、さらに酷い失態を晒してしまうところだった。


 横目でリゲル君を睨むと、彼は必至にこちらから眼を反らしている。

 裏切られた気分だけれど、こう言う時の彼が裏切るのは分かっていた、ので。


「気にならないと言えば嘘になります、陛下。しかしリゲル王子にその件については触れるなと釘を刺されたので、心に留めておりました」

「ほぅ……?」


 こっちに小声で裏切り者と抗議する声を無視して、私は国王と目を合わせた。

 彼は食卓に目線を動かし、まだ部屋に来ているのが私とリゲル君だけだと言うことを確認した。


「リゲルよ、家族達はいつ席に着く?」

「どうだろう、そろそろ来るんじゃないかな……」

「2人に言っておかねばならないことがある。食事が冷めないうちに済ませよう。リゲル、扉を締めろ」


 彼は見たこともない程素早く立ち上がると、部屋にある(恐らく)唯一の出入り口の施錠をした。

 そして目線で座れと促され、彼も渋々席に着く。


「エリー君も、まぁそうかしこまるな。我々は友人だったハズだ」

「はぁ……」


 そうだったのかと、リゲル君の訝しげな目線。

 そう言えば以前、そんなことも言われたのだったか。


「ミリア・ノリスの件については、必ず私の口から全てを説明しよう。

 そうだな────レオン・ノリスが帰還した時だ、いいな」

「わ、分かりました……」

「少々込み入った事情になるが、彼女は2人の友人だ。無下にはしない」


 リゲル君の方を横目で見ると、とても意外そうな顔をしていた。

 あとで理由は聞きたいけれど、大方国王から説明があるなど、予想だにしてなかったのか。


「この国を救ってくれた今、私も君の願いならばなるべく聞き入れたいと思っている。

 だが今は時ではないのだ、好奇心は堪えるんだ。約束してくれるか?」

「誓います」


 そこまで言われて、同意しないわけにはいかない。

 私が言うと国王は頷き、それからリゲル君を睨んだ。


「ち、誓う誓う! 約束ですよ父上?」

「その呼び方は止めろ。あとこの件は他言無用、特にアダラ・・・には────」


 リゲル君と私が顔を見合わせた瞬間、扉がドンドンと鳴った。


「お父様あぁぁ! まだですのおおっ! ご飯まだですのおおっ!?」

「アダラ、今話し中だから静かに……」


 扉の向こうで、カペラ様とアダラ様の声が聞こえた。



「び、ビックリしましたっ」

「はぁ、はぁ……心臓飛び出るかと思ったよ、本人が来るんだもん……」


 一瞬心臓を掴まれた気分になったのは私だけではなかったようで、リゲル君も横で息を荒くしている。



「はぁ全く、じゃじゃ馬め────」


 ため息をつきながら、国王は部屋の施錠を外した。





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