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帰りたい(300回目)  ミリア・ノリスと【白練】の裁定(第3部最終章完)


 その日私は、最高司令官室にて作業をしていた。


 国全体に正体を明かしてしまった以上、何も仕事をしないわけにはいかないのだけれど、この部屋の豪勢な雰囲気は息が詰まるようだった。

 私に出来ることは限られているとは言え、とにかく多い仕事量も問題。



 ダメだ、目眩がする。早くこの立場を、誰かに押し付けないと────


“エリー、来客”

「ん?」


 私を差し置いてのんびりしていたきーさんが、いち早く気付いた。

 と、私が顔を上げると同時に、ノックの音。


「どうぞ」

「失礼します。ラルフ隊隊長、a-2級ラルフ・ロスです」

「お呼びだてしてすみません。ちょうど作業が一段落したところなので、今からお話しよろしくお願いします」


 本当は全然キリなんてよくなかったけど、このまま作業を続けるのはとてもしんどかったので、ちょうどいい。

 そういう意味では、彼はとてもいいタイミングで来てくれた。


「ハーパー最高司令官かと思ったが、エリアル・テイラー最高司令官とは…………」


 ラルフさんは緊張した面持ちで、私の勧めた椅子に座る。


「さ、最高司令官は止めていただけると……」

「では何とお呼びすれば?」

「お任せします。とりあえずそれ以外で」


 正直警戒をされているのを肌で感じた。

 成人男性からのビリビリとした空気に、私は怖じ気付く。


「そんな畏まらないでいただけますか?

 結果的には立場上この地位になっただけで、私は軍の経験も浅く、とても最高司令官を名乗れる実績もありません。

 すぐに後任を決めるつもりですし────」

「善処しましょう。して、話とは……?」



 ダメだ、やはりこの短い時間では警戒を解くのは難しいか。

 そりゃあ相手からすれば、混乱する軍に突然現れ、最高司令官を名乗り始めた小娘だ。


 私が逆の立場でも、そんな人間信用できない。



「クレア、連れてきてください」

〈了解〉


 仕方なく私は通信機で仲間に連絡をした。

 そして暫くしてクレアと共に部屋に入ってきた彼女を見て、ラルフさんは思わず立ち上がる。


「失礼します……」

「み、ミリア・ノリス!! お前生きていたのか!?」



 ラルフさんは、元々ミリアが行方不明になるまでの間、彼女の隊長を務めていた人だ。


 遠方組と呼ばれる彼は街には常駐していなかったが、ミリアとの関係もかなり深い。

 当然ミリアは、彼に様々な事を教え込まれた。


 技術だけではない、軍人として生きる精神性や矜持等。

 私がバルザム教官やアデク隊長から教わったことが糧となっているように、ミリアも彼から受け継いだものは多いだろう。


「い、今までどこにいたんだ、心配したぞ! 良かった、無事なのか? 体調は?」

「ごめんなさい、その……」


 どうやらハーパーさんが情報統制をしていたらしく、軍全体でもミリアがいなくなった理由を知る人間は、かなり少なかった。


 ラルフさんは、ミリアが行方不明だったと聞いている────



「全て、私から話します。ラルフさん、落ち着いて聞いてください」




   ※   ※   ※   ※   ※



 先日ミリアの“魔眼”を反転させた後、ハーパーさんは一枚の手紙を私に置いていった。

 その手紙の形式には見覚えがあったので、私はすぐにピンときた。


 それは国王からの手紙だった。



 恐々その場で開封すると、高級な紙に短い一文が。



「ミリア・ノリスの一連の離反行為及び情報の漏洩を不問とし、軍への帰参を許可する────」


 彼女に関する全ての真実を聞き、例の手紙を読み上げたラルフさんは、その眼を細める。


 その一文を読んだときは、私も信じられなかった。

 しかし手元にあるそれは間違いなく本物で、目の前のリゲル君もそれを肯定してくれた。



 ミリアはどういうわけか、国王からの許しを得たのだ。



「この借りはいつか大きくして返そう」


 ミリアを捕らえると決めた日、国王が私に直接言った言葉だ。

 彼は約束を守ってくれた────のだけれど、私はどうも、彼の思惑がそれだけでないような気がしている。


 そしてもちろんミリアが自由になったことは嬉しいのだけれど、私自身が最高司令官の立場として彼女に何の罰も下さず、軍に戻すわけにはいかなかったのだ。




「そうか────」


 ラルフさんは、ひとことだけそう呟く。


 流石はベテランの兵士、冷静に努めている。

 努めているんだろうけれど、そうもいかないか。


「ミリアには、席を外させますか? この場にいてもらいますか?」

「白練女史と2人で話したい……」


 えっ、まさかその呼び方を、定着させるつもりですか?

 私はその喉まででかかった質問を飲み込んで、ミリアとクレアを追い出した。



 そして彼女が部屋を出ていっても、彼はしばらく黙ったままだった。


「白練女史も、人が悪い……」


 そしてようやくラルフさんが、その重い口を開く。


 彼なりの葛藤は、沈黙の間に一応決着がついたらしい。


「人が悪いと言うのは、ラルフさんにこの件を相談したことですか?」

「そうです。一瞬ですが、自分はヤツを殺そうか迷った……」


 正直な人だ、と思った。

 ただそれは決して、言わなくても良いことではない。


 彼女はそれ程の事をしでかしたのだと、暗に私に突き付けている────


「ラルフさんがそうするならば、それでも良いと私は考えていました」

「自分に犯罪者になれと?」

「内々に処理できる準備は整えていました。貴方が彼女を殺しても、軍で証拠隠滅の手伝いはします。

 もし公になったとしても、私ができる限りの責任を取ります」


 ミリアは教えと信頼を破り、のうのうと軍に戻ろうとしているのだ。

 例え国王による不問の書状があったとして、ミリアは殺されても仕方のないことをしたのは間違いない。


 彼女の上司であったラルフさんならば、その資格がある────


「そうか、白練女史はそこまで……

 しかし安心してください。自分は、ヤツを殺せない」

「そうですか」


 本人がそう言うならば、それを信じるしかない。


「ちなみに、理由を聞いてもいいでしょうか」

「ひとえに部下であった者を殺すと言うのに、躊躇いがあると言うのもあります。

 しかしミリアに今まであったことを聞いて、思い出したのです」


 その感覚は、私にも覚えがあった。しかもごく最近。


 ミリアと眼を合わせることで、呪いが解けたのだ────


「レオンさんの事を、ですか?」

「えぇ、自分はかつて、彼の兄レオン・ノリスに命を救われた。立場も省みず、我々を救ってくれたのが彼だった。

 しかし不義理なことに、それを長い間忘れてしまっていたようだ」

「そうだったんですね」


 忘れていたこと自体は責められない。


 どんなに彼が身近であっても、呪いをかけられていたミリアと目を合わせてしまえば、その記憶は消えてなくなる。

 ましてや彼女の教官を務めていたラルフさんなら、とっくになくなっていて当然だろう。


「自分の忘れていた恩人の命が救われたのが、行方不明だった部下の謀反の末だとは笑える話だが。

 同じ立場にもし自分が立った時、自分は国を選ぶ。しかし心は、永遠に戻ってこないでしょう。

 そのせいか────私は彼女を心の底から、軽蔑できんのですよ……」


 それは誰しも、だろう。


 ラルフさんのように家族が人質に取られて、それでも国を迷わず優先できる人が稀だ。

 そしてその人だって、その傷は永遠に背負って生きていくことになる。


 かといってミリアの今回の件だって一生モノの傷だろうし、最悪の2択を迫られてしまった彼女は不幸と言う他ない。



「何にせよ自分に彼女を害する資格はないと思った次第です」

「そうですか。それなら、良かったです」


 安堵で崩れ落ちそうになった身体を、何とか堪える。


 ラルフさんへ報告するのは、ミリア本人と相談して決めたことだ。

 いくら国王からの許しが出たとは言え、許されないことをしたけじめは付けるべきだというのが、私と彼女の共通認識だった。


 そうか。そうか、彼女は助かるのか────



「白練女史?」

「ごめんなさい。それで、本題なのですが」

「えぇ、もう自分も軍に思い残すことはない。どんな処分でも受けましょう」

「あ、違います」


 深刻そうに言う彼を、私は遮った。



「は?」

「ラルフさんに責任は取らせません。離反自体はアイツが勝手にやったことですし」

「えっ? えぇっ? てっきりその為にここに呼ばれたものかと……??」


 まぁ勘違いしてるだろうな、と思ったけど言い出す暇がなかった。

 そこはラルフさんを無駄にドキドキさせて、とても申し訳なく思う。



「そうではなく、彼女の今後の進退についてです。これは私からの命令でも、圧力でもありません。貴方やその部下の待遇、家族及び知り合いへの影響力があるものでありません。

 純粋に隊長の立場として、彼女がラルフ隊に戻ることは出来ますか?」

「出来ない、ダメだ」


 彼女の復帰を、ラルフさんはぴしゃりと切り捨てた。


「もうミリアを仲間として見ることは出来ない、申し訳ないですが。

 命令とあらば致し方ないが、一度離反した者を我が隊が引き受けるのは不可能だ」

「ですよね……」

「自分の考えがどうあれ、仲間に示しがつかない」


 それは当然の決断だ、良く言ってくれたとさえ思う。


「分かりました。ミリアは別の隊に移籍させましょう」

「すみません。本当に申し訳ない……」

「いいえ、当然です。ミリアの減給と降格は必須として、罰がそれで足りるとは私も思わないですから」


 けれど困ってしまった。

 私も顔が広い方ではないし、ミリアをどこに追いやればいいのか考え付かない。


「こんなことをお聞きするのは何ですが、ミリアを異動させる候補とかってあります?」

「えっ」


 ラルフさんは自分にそんなこと聞かれるのは青天の霹靂だったらしい。

 それはそう、聞く相手がお門違いと言うは重々承知だ。


「えぇ────聞かれたので答えますが。まず前提として、ミリアの監視は続けていくということで良いのでしょうか?」

「そのつもりです」


 周りに知られていないとは言え、いくらなんでも一度離反した者を野放しにしておくのは、体裁が悪すぎる。

 今後も誰かしら監視の眼が必要なのは、私も検討していたことだ。


「聞く限り、国王としてもこの件は広めたくないらしい。となると彼女の状況を知りつつ、より警戒しやすい人員がいる隊になるでしょうな」

「なるほど……?」

「そうなると候補は、大分絞られるのではないですかな?」



 その後暫くラルフさんと話し合ったあと、私は一ヶ所確認の連絡をして、ようやくミリアの異動先が決まった。



   ※   ※   ※   ※   ※




「ラルフさんありがとうございました。ミリアを呼びます。勧告は私からしますが、同席されますか?」

「いや、帰らせてもらう。業務が残っている」

「そうですか、お忙しいところありがとうございました」


 これは完全にミリアは嫌われたなぁ。まぁ仕方のないことか。

 私は連絡をして、再びミリアを呼び出した。



 そして帰りがけにラルフさんとミリアがすれ違う。


「頑張れよ」

「はい────」


 ラルフさんはそれだけ言い残すと去っていった。

 そのひとことは意外にも優しく、やはり少し悲しげでもあった。


 けれどそれで、彼との別れを、ミリア自身は多分悟っただろう。



「ミリア・ノリスさん。貴女の今後の処遇が決まりました。監視員と共に部屋へどうぞ」

「はい」


 私の言葉を受けて、ミリアは入室する。


 ちなみに退院しても彼女を野放しには出来ないので、暫定的に監視をしているのが一緒に付いてきたクレアだ。


 私は2人が所定の位置に立つのを待って、先ほど作ったばかりの、正式な書状を広げた。

 私にとっては仲の良いメンバーしかいない部屋なのに、空気がとても重く感じる────



「先ず、ラルフ・ロスa-2級からは、脱隊を申請されたことを報告します。ラルフ隊には戻れません」

「はい」


 ミリアの返答はやはり穏やかだった。

 それはもちろん覚悟の上だった、と言うことだろう。


「加えて、ミリア・ノリスには10段階の級の降格と、36ヶ月の給与10%へ減給。

 ラルフ隊とは別隊にて、他隊員の監視下という条件付きでの帰参を命じます」

「はい……」



 そこまで黙っていたクレアが、そっとミリアに耳打ちする。


「なぁミリア、お前元々級はいくつだったんだ……?」

「a-3級」

「げっ、d-3まで降格かよ! アタシらと変わらねぇじゃん!」


 静かにしてほしいなぁ、監視員なんだから。



 そして最後に私は、今日の勧告で一番重要であろうことを述べる。


「そしてミリア・ノリスd-3級は今後、所属先はアデク隊第1番小隊です。

 メンバー監視の元、国の貢献に勤しむこと。以上です」

「はっ!?」


 そればかりは予想してなかったのか、ミリアのかしこまった語彙が一瞬にして戻った。


「お、おいエリアル、それってまさか────」

「えぇ、クレア。これから私たちは同じ隊です。皆さんには負担かけますが、それが最適と判断しました」



 ミリアは信じられなかったのか暫く黙っていたが、最後に頭を下げた。


「よ、よろしくお願いします!」


 こうして私たちは5人目のメンバーを加えて、新しい道を歩き始める。


 ただそんな門出に限って、私は慣れない業務で相当疲れてしまった。



 どんなに偉い仕事をしても、やはり早く家に帰りたいのは、変わらないのだった────








       ~ 第3部最終章完 ~








NEXT──第4部第1章:迷宮森林のデンジャラスソーサリー

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