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帰りたい(298回目)  クリンチ&フリーズ


 ミリアと眼が合っても、私の記憶は消えていない。

 あの日私が彼女の部屋でアルバムを見つけてからの、レオン・ノリスに関する記憶は、まだ全て覚えているハズだ。


 大丈夫、少なくとも記憶に整合性はとれている。


〈きーさん、大丈夫ですよね? そっちから思い出して異常とかありませんか?〉

〈だいじょーぶだよ────多分、だと思う、分かんないけど〉

〈不安になる表現……〉



 まぁ、今は立って戦えるだけでいい。

 一番避けたかったのは、眼を合わせて「戦う動機」まで忘れてしまうこと。


 ミリアが兄のために裏切ったことを知った今、対策もなく眼を合わせていれば、この場で何をすれば良いかまで忘れて、私は戦えなくなっていたかもしれない。



「殴ってちょっとスッキリしました」

「勝手なことを……ぐぶっ」


 鼻血が止まるのを諦めたミリアは、そのままグラグラと立ち上がる。



「どうして記憶が────いや、分かるよ原因は。その眼のせいだ!!」

「そう、です」



 リゲル君が作った“魔眼封じメガネ”。

 それは聖なる力に、超高純度の光の魔力、世界樹の葉の3つから出来たものだった。


 貴重なものばかりなので、そもそも材料がなくて量産は出来ないという話だったけれど、私もリゲル君に託されてようやく思い至った。




 私の連れてきた仲間達なら、それらを生成できるんだ────



 世界樹の葉はイスカの能力で、超高純度の光の魔力はロイドの“聖霊天衣”で賄える。


 そして最後の聖なる力というのはよく分からないけれど、多分リゲル君自身が使えると言っていた、王族に伝わるとか言う、不浄の牙を抜く力がそれに当たるのだろう。



 リゲル君はこうなることも予見して、それらを集めていたんだ。それもこの戦いの中で。



 そして集められた3種の力をリゲル君は体内で混ぜ込み────私の眼のレンズ・・・・・に再現したのだ。




「もう、私と眼を合わせても記憶は消えませんよ」

「だったら、殺すっ! 殺してやる!」

「えっ」


 正直その行動は予想してなかった。

 いや、まぁそうか。そうなるか。ショックだなー。


 彼女はこちらへ走り出すと叫ぶ。



「“聖霊天衣”っ────あれっ?」

「ん??」


 しかし何も起きず、その魔力での飛行をアテにしていたミリアは、地面に思いっきり顔からすっ転んだ。


「ぶべっ!」

「うわぁ痛そう。そりゃあ、あんな自爆した後にそんな魔力残ってませんてば」

「こんのぉ!!」


 正直失敗してくれて助かった。


「ならこっちの番ですよ! “聖霊天衣”っ────あれっ?」

「は??」


 しかし私も何も起きず、妙に涼しい風が過ぎ去る。


「アンタもかよ! だったら好機だっ!」


 ミリアが体重を乗せて、私に馬乗りになってきた。


「うわっ! ぐっ、やめっ!」

「このっ、このっ!」


 がすがすと殴るその拳には、力が全然入っていない。


 私は彼女を押し退け、突き飛ばす。


「がっ!」

「止めて、くださいよ……痛いっつーの……」

「なにをっ!」


 それでもフラフラと向かってくる彼女に砂を撒いたら、一瞬怯んだ。

 私はそこにタックルをし、逆に馬乗りになる。


「どけ! どけぇ!」

「や、暴れないでください!」


 その後も髪の毛を引っ張ったり、噛みついたり。


 限界だった私たちの、子供の喧嘩のような戦いが続いた。




「ふーっ、ふーっ!」

「はぁはぁ……おぇっ、ぎもぢわるぃ……」


 お互いまともに立つこともままならない。

 日もかなり高いところまで昇ってきた。


 このままどちらかが倒れるまで殴り合うつもりは、ない────!



「うっ、このぉ! いい加減倒れろおっ!」

「ぶぐっ……!」


 殴りかかってきたミリアの拳が、腹に当たる。

 胃液が込み上げ、吐きそうになる。


 けれど私はそのままミリアを抱き締めると、一緒にその場へ倒れ混んだ。


「つ、捕まえた……!」

「げっ」


 もがいて逃げ出そうとするが、私はその手を離さなかった。

 というか、もう離せない。


「わ、なに、ヘンタイ────ってか身体冷たっ!?」

「私だってスキでやってるわけじゃないんですよ。なるべく早く済ませたいんで、動かないでくださいね」

「っ!?」


 その瞬間、彼女は気付いた。

 抜けられないのは、単に私が力ずくでクリンチしているからじゃない。


 いま私は、氷を使って自分の腕をミリアごと縛り付けていた────


「さぁ、少しずつ体温を下げていきますよ……

 どのぐらい冷やせば、寒さで失神しますかね……?」

「ひっ……!」


 ガタガタとミリアが震え始めるのが分かった。

 元々温暖な島出身のミリアには、この氷責めはよく応えそうだ。


「そんなの────さ、さっきまでギリギリだったアンタの魔力が、持つハズが…………!」

「ご心配なく、その辺もリカバリーしてるので……」

「まさかっ……!」



 何とか動く首で彼女が見た方向には、確かに答えがあった。


 起き上がったセルマから、きーさんが魔力を受け取っている姿が。


「ま、魔力共有で補給を……!? そんなのって……!」



 さっき少し嘘をついてしまったけれど、元々“聖霊天衣”する魔力自体は足りていた。


 けれど、それじゃあ多分彼女は捕えられないと踏んだ私は、殴り合っている裏できーさんに合図を送り、さらに追加の魔力を受け取っていた。



 もう今度こそ、絶対に、ミリアを逃がさないために。



「うぅぅぅぅああぁっ!!」

「こら、暴れないっ……!」


 尚も抜け出そうと暴れていたミリアだったけれど、段々と力が入らなくなって行く。


 元々体力なんて残っていない、それだけに体温が奪われるのも早かった。


「もう少しだけ我慢してくださいね」

「うっ、うっ、うぅぅ………………」


 手がダランと垂れ下がり、ついにミリアは完全に沈黙した。


 僅かに漏れる息からも、意思は感じられない。



 勝った、のか────



   ※   ※   ※   ※   ※



「おいエリアル、しっかりしろ! お前まで寝るな!」

「エリーさんっ……!」


 いつの間にか起き上がったクレアとスピカちゃんの声で、飛びかけていた私の意識が僅かに戻ってきた。

 どうやらセルマのおかげでみんな、順調に意識を戻してるみたいだった。



「わ、私は自分の魔力で凍りませんから、ミリアを……低体温症で死んじゃう…………」

「いまロイドさんとリゲルさんが、通信機でララさん達救急隊の手配をしてくれてるわ。

 自分もその間の応急処置は尽くすから!」

「イスカ、ありがとう……」


 ミリアが助かる確率が低いのは、何となく分かる。

 そしてどうなっても、私はこの選択をいつか後悔するだろう。



「エリー、お疲れさま」


 随分と眠くなってきた。この声は多分イスカだ。


「ごめんなさい、私────」

「謝らないで。エリーも僕らも、友達のために、やれることをやり尽くしたんだから」

「はい……」


 うっすら眼を開けると、まだミリアの顔が見えた。


 こんな時にこんな事、言うのは変かもしれないけれど。

 その時、私は一言だけ、口に出してしまった。


「お帰りなさい…………」



 ここから待ち受ける彼女の運命が、どうか少しでも良いものであるようにと。


 私は願いながら、眼を閉じた。



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