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帰りたい(297回目)  アイコンタクト


 ミリア・ノリスには、兄がいる。エクレア軍に所属する兄が。



 名はレオン・ノリス、まだ生きているのであれば28歳。ミリアよりも10歳年上。


 彼は軍に入ってからも、故郷である南方の島エリアルに時折帰ってきては、妹を可愛がっていたらしい・・・


 もちろん私もそこに住んでいて、彼とは顔馴染みだったはずなのだが────



 しかしレオンに関する記憶は私からは消えていて、それを知ったのは彼女の部屋のアルバムからだった。



 ミリアの部屋に最初侵入した際、多分私はそのアルバムを見つけ、ミリアが・・・・騙されていると思ったのだろう。


 彼女が兄がいるという記憶を植え付けられ、架空の兄を人質にされて裏切りを余儀なくされている、と。


 それは違った、大間違いだった。



 一度記憶を消され、再びあの部屋に赴いた時、私は真実を知る。


 本当に記憶をいじられているのは、私たちの方だった。


 ミリアはノースコルに兄を人質にとられた上に「目を合わせた人間から、兄に関する記憶を奪う」という呪いをかけられたまま、2年間諜報活動をさせられていたのだ。




 目を合わせる人全てから、自分の家族の記憶が消えていく生活────


 彼が軍で特殊部隊に所属しており、潜伏活動も多かったため、他の軍人との関わりが薄かったことも、状況の悪化に拍車をかけた。



 ミリア・ノリスは、どんな気持ちでその期間を過ごしてきたんだろう。


 どうして一番近くにいた私が、手遅れになる前に、気付いてあげられなかったんだろう。


 壊れて行くアイツを、一番近くで見てきたハズなのに。



 考えても時は戻らなかった、悩んでもミリアが帰ってくることはなかった。


 全てが不可逆のこの世界で、私一人が彼女の苦しみを知っている。ならば。



 ならば償わせて、全てを終わらせてやるのが、私の唯一出来ることだと。



 そう決めてここに立ったはずだったのに────




   ※   ※   ※   ※   ※




「エリー、起きて……」

「────はっ!?」


 眼を醒ますと、朝焼けの空に照らされた荒野が広がっていた。

 土埃がまだ舞っているその場所に空いているのは、大きなクレーター。


 私の側には、リゲル君が転がっていた。



「リゲル君!!」

「エリー、君は無事────ではないね。みんなは……?」

「無事です!!」



 みんな意識はないけれど、間違いなく生きている。


 息が、気配が、その意思を伝えてくれている。



「ミリア、まさか意識がないのに自爆するなんて……

 何があったか知らないけど、それ程までにアイツの意思は固かったってことか。本人は?」

「声は聞こえません。逃げられたか、死んだか。リゲル君、私また……」



 爆発の瞬間見えたのは、精霊の力で爆発を押さえ込もうとするロイド、セルマが多重に張ったバリア。


 そして私を抱え込んで守ったリゲル君の姿だった。



「別に君が近くにいたから、手が出ちゃっただけさ。猫ちゃんは?」

「何とか無事です。ただ────」


 私が抱え込んだので、きーさんは無事だった。


 ただ、魔眼対策のメガネは吹き飛ばされて、向こうの方で粉々になっている。



「もうみんな闘えない、か。少し休もう」

「いえ…………」


 まだ、諦められない。諦められるわけがない。


 アイツだって相当疲弊しているハズ。

 その上あんな無茶な魔力を使い方をしたなら、まだ遠くには逃げていないだろう。



 バラバラになった死体が転がっていたら────私は考えるのを止める。

 フラフラとおぼつかない足で、立ち上がり数歩進む。



「私だけでももう少し追ってみます。追い付けるか分かりませんけど、まだ諦められ…………えっ?」


 その時に聞こえた、僅かな声。


 その声は、もう去ってしまったハズのミリアの声だった。



 周りに姿は見えない、一体どこから────生きていた、という一瞬の喜びが私の判断を鈍らせた。


「エリー、下だ!」

「がっ!!」



 地面から飛び出してきた影が、私にぶつかってきた。


 勢いで地面を転がる。



「ハァハァ…………地中はやっぱり、声が聞こえにくい?」

「み、ミリア!!」


 あの状況から彼女が立ち上がれるとすれば、それは恐らく“精霊天衣”だ。

 自らは爆破で全ての魔力を使いきったとしても、契約精霊のバッつんに攻撃が届く前に一体化し、魔力を共有する。


 それならば僅かだが身体に力が戻り、まだ動けるのにも一応の納得がつく。

 問題は、彼女が気絶から覚醒の直後にそんな芸当をやってのけたこと────



「執念、ですか……」

「………………」


 追撃のためこちらに来る、と思ったがミリアは、先ほど私が落としたメガネを、入念に踏みつけた。

 とても貴重なものが簡単に、バリバリと壊れる。


「こんなもの、どこで手にいれたか知らないけど、迷惑なんだって言ったよね?」

「聞きましたよ」

「私は家族を守りたいだけなのに、もう一度会いたいだけなのに。

 なーんにも知らない他のみんなならともかく、エリーに邪魔されるなんて思ってもみなかったよ」


 嘲笑するように渇いた声を出すミリアを見て、私はもう、この場で彼女を説き伏せるのは無理だと感じた。


 疲れきって、擦れ切って、自暴自棄になって、心で叫んでいる。

 どうにでもなれ、と────



「エリーが私と同じ立場なら、同じことをするんじゃないの?

 お兄ちゃんやお姉ちゃんを見捨てて、それでも国に忠誠を誓うの?」

「分かりません。でも、ミリアが私と同じ立場なら、こうしますよね……」

「そうしないのが、エリーだと思ってたよ」


 確かに、ミリアが出ていくまでの私だったら、こんな選択はしなかっただろう。


 アイツがいなくなっても最初は、生きてくれてさえいればいいと、そう思っていた。

 けれどそれじゃあ、ダメだった。



 私が最高指令官だからじゃない、国王にせっつかれたからじゃない、この国に大切なものがたくさんあるからってだけでもない。



 ミリアが間違った道に進まざるを得ないなら、例え行く末がお互いの破滅でも、それを全力で止めなければ、もう私は友達を名乗れないって思ったから。



「そのメガネは、僕が作って渡したものだ……」

「っ────リゲル、君。貴方も、まだ立つの?」

「あぁミリア。僕は生憎、君が思ってる以上に丈夫でね。

 それにそんな扱いされてるの見ちゃあ、黙ってられないよ……」


 フラフラと、リゲル君は立ち上がりミリアを睨み付ける。


「それはエリーが君と闘うための切り札だ! 君を償わせるためのものだ! 親友なら、どうしてそれが分からないっ!」

「余計な事を! 余計な、事をっ!」



 ミリアが走りだし、リゲル君を蹴りあげた。


「がっ……」


 もう彼は限界だ、立ち上がるので精一杯。


 それなのにあんな煽りをするなんて────




「その隙を突けって、仲間に言ってるようなもんだよねぇっ!?」

「っ…………!」



 気付かれた!


 接近する私に向かって、一瞬早くミリアが動く。



 私がかけてたきーさんが変身した・・・・・・・・・メガネを振り払う。



「もう、忘れてっ────!」

「っ…………!」


 メガネが地面に落ちるよりも早く、瞬きなどする間もなく。


 瞬間、私たちの視線が、確かに直接交わる。



 そして怯んだのは、ミリアだった。


「えっ…………」

「おおおぉらぁっ!!」



 私の拳が眉間に当たり、ミリアは思ったよりも遠くへ吹き飛んだ。


「ぶぁっ────!」


 決して勢いがついていたからなんかじゃない。

 確かに眼が合ったその直後から、私は攻撃体勢に入れた。



「なっ!? き、記憶は!?」

「まだありますよ、ちゃんとあります」



 鼻血を拭いながらこちらを見るその眼は、心底私を恐れているみたいだった。





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