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帰りたい(294回目)  チェイス・ザ・バット


 私達の会議から3日後、日付の変わるころ。

 私が操縦する一台の馬車が、街北の忘れ荒野へ走り出した。


 噂では、その馬車は裏切り者である、バルザム・パースの護送の馬車とされている。


「……………………」



 もちろんそれは、私達の流した嘘。ミリアを捕えるための罠だ。

 バルザム教官はパーフェクト・コマンドにより消え去り、もうこの世にいない。



 替わりに荷台には、先日声をかけた3人が、私と同じようにフードを目深にして乗っている。


 街でミリアに襲われた理由は、彼らには伝えられなかった。

 下手に伝えて、魔眼の記憶消去の対象になった場合、ミリアとの戦いの最中自分がなぜここにいるのかを見失う可能性があるからだ。


 それでも協力してくれた皆には感謝している。



「なのに出てこねぇじゃねぇか。ホントにくんのかよ……?」

「しっ! 声聞こえたら来なくなっちゃう……!」


 バルザム教官の場所が分かれば、彼らノースコルは口止めのために暗殺に動き出すはずだ。

 その役割は彼の事を知り、隠密行動に長けこの近辺にいるミリアが来るはず。例え罠だと分かっていても、だ。


 そう踏んだのだけれど、何だかちょっと不安になってきた────



 さっきから結構走ってるのに、ミリアの気配は全くしない。

 私は汗で滑った対魔眼メガネをかけ直す。


〈きーさん、ミリアは来てませんよね〉

〈においはしないよぉ〉


 向こうもこっちの事探してるのかなぁ。

 月は出てるから、見失うことはないハズだけれど。



「ちょっと別の道に行ってみ────つっ!?」


 その時、高速で飛来する何かを私の耳は捕えた。突っ込んでくる!


「きーさん戻って! みんな退避っ!」

「えっ!?」


 馬車扮するきーさんが猫に戻った次の瞬間、飛来物が接敵する。


「うわぉ」

「来たか!?」


 道の側方で、衝撃音と土埃が上がる。


「リゲル君、そこ!」

「オッケー! 特製ペイント弾!」


 彼が放った球が炸裂し、その周囲に絵の具が飛び散った。

 そしてそこには、私達の眼には見えなかった、何かの影がひとつ────



「ミリア!」

「っ………………!」


 “精霊天衣”で透明になったミリアだ。

 捨て身で突っ込んできた彼女は、フラフラと立ち上がる。


 そしてフードの下から覗かせる眼が、一人一人と合う。


「よぉ、陰気なカッコしてんじゃねぇか、ミリア。

 罠だと知らずにまんまと来るとはご苦労様だなぁ、オイ!」

「周りに他に気配は────ないね。ここに来た刺客は、キミひとりか」

「ヴぅぅ…………」


 こちらを睨みながら、口に入ったインクを吐き出す。

 ミリアは罠だと分かっていても、ここに来ざるを得なかった。

 だからこその、先手攻撃だったはずだ。


 しかしそんな彼女も、まさかこの4人がここへ来るとは思っていなかったらしい。


「っ!!」

「逃げた!!」


 マントを翻し、空中へと逃亡する。


 ここにバルザム教官はいないし、4人相手は分が悪い。

 当然の判断だろう。



「任せて、そらっ!」


 彼女の一番厄介である透明化を初手でインクを浴びせることで防げたのは僥倖だった。

 真っ先に動いたリゲル君が、ミリアのマントを掴む。


 彼の体重に、ミリアは空中でバランスを崩した。


「さぁミリア、捕まえ────うっそ!?」


 しかし彼が握ったマントの端が、濡れた紙のように千切れる。

 あれって自在に千切れるんだ!?


 そして空中で体勢を崩したリゲル君を、ミリアは逃さなかった。


「がはっ!」

「リゲル君!」


 高速のかかと落としにより、地面に叩きつけられる。


 駆け寄ろうとするが、彼はそれを手で制した。


「いや大丈夫。やっぱり容赦ねぇなぁ……!」

「あの野郎、油断しやがって。ミリアぁ! オレはそううまくいかねぇぞ!」


 叫ぶロイドを無視して、ミリアは飛び去ろうとする。


「行かせないよ! “ピックアップ・バイン”!」

「────っ……!」


 いつの間にか先回りをしていたイスカがツタ植物に変えた腕を網代わりに、ミリアを捕らえた。

 ジタバタと動いてそれを逃れようとするが、その前に彼女が手繰り寄せる。


「久しぶりだね、ミリア……! 僕の事、覚えてる……!?」

「………………」

「お店燃えちゃったから現役復帰、したんだよ……! また昔みたいに3人でのわわわあぁぁっ!?」


 イスカが勢いに負けて引きずられ始めた。


 そのまま足が地面を離れ、荒野を飛んでいく。


「上等だイスカ、もう少し気張れ!」

「ロイド! ありがとう!」


 ロイドが追い付きツタを掴んだことで、再び地面へと2人は足を付ける。


「「せーのっ!」」

「っ────!?」


 2人が力任せにツタを引っ張り、ミリアごと地面へ叩きつけた。

 出来たクレーターと舞う土埃────


 食らった方はタダじゃすまないだろう。



「もう何十回か打ち付ければ大人しくなるか?」

「それはもう僕がもたないかな~!」


 手をさすりながら言うイスカ。


 ミリアはそれを睨み付けながら、フラフラと立ち上がる。



「観念してよ、あんまり僕たちも、ミリアとは戦いたくない……」


 逃げようとした道を、イスカとロイドが塞ぐ。


 さらに別の方向には、既にリゲル君が回り込んでいた。



「っ……」

「上も、行かせませんからね」


 “精霊天衣”で空を飛び、上は私が塞ぐ。


 あの素早さをもってしても、この包囲を抜けるのは難しいはずだ。

 そのまま4人で、ジリジリと間を詰める。


「何があったか知らねぇが、罪は償えミリア。お前も軍人なら、軍人として死ね」

「────!?」


 ミリアは驚愕するような眼で、私を見た。

 多分目を合わせても目的を見失わず襲ってくる3人を見て、ようやく自分の“魔眼”が通じていないことに気付いたのだ。


「皆に詳しい話しはしてません。それでも仲間は私を信頼してくれる、と」

「っ…………!」



 その時一瞬見えたミリアの顔。


 怒りも憎しみも悲しみも悔しさも、全てが彼女を貫いて私に訴えている。

 わざわざ昔の仲間を集めて、自分を襲ったことを恨んでいる。


 その顔をさせるためだ────そんな顔させたくなかった!!!



「っ……!」


 瞬間、ミリアが動いたのは私の方向だった。


「こっちに来ますか! なら迎え撃って────」


 迎え撃とうとした瞬間、マントの中から不意に出てきたその手には、ナイフが握られていた。


「くっ!」


 小盾を出してそれを防ぐが、私はもう片方の手が私の顔に迫る。

 ナイフが握られているわけではない、けれどそれは今この場合にとっては、一撃必殺にも代わる攻撃だった。


 メガネを破壊されたら、記憶が消えてしまう!


「だめっ! “ピックアップ・シード”!」


 しかし寸でのところで、イスカが銃弾のように飛ばした種がミリアを掠めた。

 手を引いた彼女は、私を蹴り飛ばす。


「いだっ!」

「っ────!!」


 しかし彼女は空中でバランスを崩した私に追撃を加えることはなく、高速で影のように急降下し、ナイフでイスカに接近する。


「イスカ!」

「やばば、間に合わない! ぐっ……!」


 気づいたときには、その切っ先はイスカの首に深々と刺さっていた。

 イスカの全身の力が抜け、ガックリとその場に倒れ混む────


「なんてねっ!!」

「っ!?」



 ミリアがナイフを抜こうとしたが、その刃を抜くことはできなかった。

 何か堅いものに、ガッチリと固定されている。


「身体の一部を樹木にして、動かないようにさせてもらったのさ。あとは……」

「うおらっ!」

「っ────!!」


 隙をついたロイドの攻撃に、ミリアは慌てて飛び退く。


「よぉ武器も奪われて、埒あかねぇだろ!」

「っ!!!」


 煽ったロイドに向かって、今度はミリアがマントを翻し切りつける。

 そのマントの端が、鋭い剣のようになっているのだ。


「こんな器用な真似が出きるとはな、ようやくやる気になったか??」


 しかし彼はそれを、素手で受け止めていた。

 いや、よく見ると僅かに触れていない。


 “精霊天衣”で発生するエネルギーを使って、自分の周りに壁を作り出しているんだ。



「てめぇとも決着つけてぇと思ってたんだ。

 いい機会だ、やってやるぜ────“精霊天衣”!!」




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