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帰りたい(291回目)  認められたい


 月が一段と綺麗な夜だ。


 いつの間にか部屋に帰ってきていたきーさんを叩き起こして、私は“聖霊天衣”で飛び立った。



 いつの間にかお城の綺麗なメイドさんたちに、いっぱい高級な夕飯をもらって、ぐっすりだったところを起こしたので機嫌が悪い。

 でもめちゃくちゃ頭を下げたら、渋々協力してくれた。



 目指すはフェリシアさんが入院している、エクレア中央病院。

 そしてスピカちゃんも、プロペラで私に付いてきてくれていた。


「表からは病院、入れないからね……」

「ごめんなさい私のせいで」

「ううん、いいの……」


 例え夜でも病院の表から入ってしまえば、誰かに見つかってしまう危険がある。

 それで騒ぎになったらお城に避難した意味がないので、こうして空からこっそり侵入する次第だ。



 そう言えば街の空を飛ぶのは初めてだけれど、夜だと街は思いの外暗かった。

 地上での灯りと言えば街灯かお城、そして今から向かう病院くらいのものだ。


「……………………」

「どうしたの、エリーさん……?」

「いや、ホントに私が行っていいのかなって」


 さっきは勢いで行くとか言ってしまったけれど、よくよく考えたらフェリシアさんと私って、全然接点がないのだ。

 スピカちゃんなら元教え子だから分かるけれど、私がこんな夜中に押し掛けるのは、常識外れにも程がある気がしてきた。


 聞いたところによると産まれたのは私が闘っていた日みたいだし、きっと数日経ってマタニティブルーズとか子育てのプレッシャーとかで辛いハズだ。

 そんな中騒ぎの元である私が来て、嬉しいハズがないのだ。


「やっぱり私、行くの止めます……」

「はぁ!?」

「じゃあ先帰ってますんで」


 飛び去ろうとすると、スピカちゃんに腕を捕まれた。

 今までこんなに強くされたこと無いくらい痛い。


「エリーさん今更なに言ってるの……!」

「だって今夜中ですし、私が行っても何も出来ないですし……」

「ララさんがフェリシアさんに、行ってもいいかの確認はしてくれてるから……!」

「その状況で普通断れませんて」


 何だか逆に気を遣わせてしまって申し訳ない。


 そもそもお祝い金も贈り物も挨拶の言葉も無いのに、今行くのがはばかられる。

 そうそう、今日は止めておいてほとぼりが覚めた頃、後日にでも行けたらお互い幸せだろう。


「もーーーーーっ!」

「えっなに、ヤダ……」


 スルスルと桃色の髪が伸びてきて、私を羽交い締めにする。

 頑張って抜け出そうとしたけれど、絡み付いて全然動けない。


「このまま連行する……!」

「ヒッ」


 結局帰宅は叶わず、私はそのまま病院送りにされた。



   ※   ※   ※   ※   ※



「意気地無し……」

「ヴぅぅぅぅーー!」


 無理矢理病院のベランダに連れてこられて、私はしかめっ面だった。

 カーテンは閉めてあるけれど、この窓の向こうにフェリシアさんが泊まっている。


 でもこんな状態でフェリシアさんに会えるハズもないし。帰ろ帰ろ。


「エリーさんが、フェリシアさんに会いたくないとか、嫌いとかなら無理強いしないけど……」

「そ、そんなことはないですっ」

「だよね、知ってた。じゃあいいじゃん……」


 いいのかなぁ、ホントにいいのかなぁ────


 私はここに来て尚、ウジウジとベランダでうずくまっていた。


「エリーさん、もしかして怖いの?」

「いやまぁ、フェリシアさんは普通に怖いですけど」


 ああいうタイプ、グイグイ来るから苦手なんだよなぁ。

 私みたいな人間は性格上一番苦手とするところだ。



「あ、いやごめん、そーじゃなくて。拒絶されるのが、怖いの……?」

「────あっ」


 その言葉がしっくり来て、私はなにも言えずに黙るしかなかった。

 そうだ、私はフェリシアさんに拒絶されるのが怖いのだ。



 正直彼女と私の間に、ほとんど接点はない。

 隊も違ったし、共に任務に出たのも試験の時一度きりだ。


 ずっと気にかけてくれたことは知っているけれど、それは教官を務めていて几帳面なフェリシアさんにとっては、誰にでも同じようにしていたことだろう。



 けれど3年前のあの日、事情聴取された時。

 フェリシアさんが気を利かせてくれたこと、いつでも頼っていいと言ってくれたこと、そしてあの言葉。


 身に余る重荷を背負わされて辛い時、それでも我慢できたのは、あの人がいたからだ。

 最高司令官の言葉に頷かず心だけは止まれたのは、あの人の言葉があったからだ。



 私の中でフェリシアさんと言う存在が、大きくなりすぎている。


 私は結局、あの人の言いつけを守れなかった。

 だから今日会って、認められないのが、とても怖い。



「怖い、です。恩人なんです、フェリシアさんは。だからっ……」

「くだらな……」


 スピカちゃんは呆れたようにそう言って、ガラス窓をノックした。

 突然の行動に止める間もなく、気付いたときには遅かった。


「ちょ、今の話聞いてま、し────」


 カーテンをわずかに開けて、フェリシアさんが外を覗いていた。

 とても冷ややかな目でこっちを見ている。



「あ、う…………」


 一番怖かったことが起きていた。

 このまま逃げようと一瞬思ったけれど、身体が強ばって動かない。


 そのまま彼女は、表情を変えず窓を開ける。


「うるさい、夜中だぞ。産婦人科のベランダで大声で騒ぐな」

「ご、ごめんなさい……」

「スピカ、よく来たな」


 フェリシアさんはスピカちゃんの頭を軽く撫でると、そのまま私の目の前に歩いてきた。


「あ、あのえっと……来てごめんなさい……」

「私がお前を拒絶するわけ無いだろ」


 そう言って、私はフェリシアさんに抱きしめられた。


 その温もりを感じて、私の身体がさらに動かなくなる。

 でもこれは、この強ばりは、そういうのじゃなくて────



「よくやったエリアル・テイラー。それと、来てくれてありがとう。

 私からこんな言い方は変だけれど、私はお前を誇りに思うよ」


 その瞬間、私が内に貯めていた感情が、一気に溢れ出るのが分かった。



   ※   ※   ※   ※   ※



「うるさくして、ごめんなさいフェリシアさん」

「ごめんなさい……」


 部屋に入れてもらって私が泣き止んでから、フェリシアさんにうるさくしたことを2人で謝った。

 そりゃあ、あんな大声でギャーギャー外で叫んでいたら、白い目のひとつも向けたくなる。


「いや、分かってくれればいいんだ。隣部屋には多少迷惑だったかもしれないが、娘は今預かってもらっているから」

「あ、ご出産おめでとうございます」

「ありがとう」


 そうだった、それ言いに来たんだった。

 自分の事しか考えてなかった自分が恥ずかしい。


「娘さんは元気ですか?」

「あー、今は元気だ。産まれてすぐは大変だったけどな」

「フェリシアさん、何かあったの……?」


 今は元気、という言葉に、スピカちゃんもやはり引っ掛かったようだ。


「解魔病、だったんだ」

「えっ、それって……」


 確か赤ちゃんがかかる、死にも繋がる病気だ。


「あ、だーいじょうぶ大丈夫! 両親の魔力があれば重篤になることはないからな!

 今は完治して健やかな新生児だよ」

「よかったー……」


 一瞬ヒヤッとしたけれど、問題はないみたいだ。


 私、その辺は全然詳しくないのだけど、今度一応調べておこう。


「でもこうして出鼻をくじかれてしまったからな。正直子育てが不安で仕方なかったから、こうしてお前たちの顔を見れて安心したぞ!」

「そう、ですか……」


 確かにスピカちゃんの言う通り、私が来てもよかったのかもしれない。

 隣に座る彼女も、ふふんと少し得意気だった。


 だけれどフェリシアさんに会ってしまった以上、私は、謝らなければいけないことがあった。


「フェリシアさん。その、さっきベランダでも話してたことなんですけど……」

「ん?」

「3年前の約束、私守れませんでした────」



 きっとこれは、私が一生後悔することだ。





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