目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
歪む世界の(chapter-3)  遺された意思


 私が最高司令官になり、2年と半年が経ったある日の事。



 アンドル最高司令官の危篤が伝えられた────



「あっ……」

「こんばんは」


 アデク隊長、カレンさん、リーエルさんとお見舞いに行った数日後も、私はまた病院に訪れていた。


 いよいよ彼が危ないと聞いたので、顔を出したのだ。



 そしてたまたま帰るところだったハーパー最高司令官に廊下で遭遇した。

 私がいたことに彼女は心底驚いたらしく、歴戦の戦士のハズなのに三歩程後ろに下がった。


「また、来てくれたのですね……」

「お世話にはなりましたから」


 あの日以来私は、バルザム教官が行方不明になるまでの2年間、彼の監視に勤めた。


 常に命の危険がある中で気配を消す術は彼から、氷の魔法はハーパー最高司令官から教わったものだ。


「貴女には今まで色々と負担をかけてきてしまいました。

 本来なら優秀な貴女なら軍人として飛躍できたハズなのに、この様なところで燻らせてしまったのは、こちらの責任です」

「大義のため────でしたよね、仕方のないことです」


 少しイヤミっぽい言い方になってしまっただろうか。


 私はこの2年間バルザム教官を近くで監視するために、自身の昇給を秘密裏に棄却し続けてきた。

 最高司令官の立場からならば、それができた。



 結局、最高司令官たちの言っていた駒と言うのは、私を同じ立場に立たせることで実権の掌握をしたかったのだと、いまなら分かる。


 通常時最高司令官が3人必要な理由は、一人に権力が集中しないようにするためだ。

 強制業務執行権パーフェクト・コマンドがある以上、国の思想に反する人間が最高司令官になった場合、王国へのクーデターは容易になってしまう。


 それを防ぐため3人いる最高司令官だが、それは軍の決定が遅れ、咄嗟の侵略に即座に対応ができないということでもある。


 非常に薄い硝子ガラス一枚を隔てた上にある、とアンドル最高司令官は言ったか。

 そんな国の状態でそれは、致命的な綻びに繋がる。



 だからこそひとり、私のようなどうでもいい・・・・・・人間を上に置く必要があった。


 強いて言うなら、この国の出身ではない私は、経歴に足がつきにくかった、と言ったところか。



 仕方のないことなのだ、これで多くの命が救われたハズなんだから────



「では……」


 私はそれだけ言うと、病室を開けひとり入室した。



   ※   ※   ※   ※   ※



 部屋の空気が、重く淀んでいた。

 換気が悪いとか病院だからとか、そう言うことではなく。


 多分これはアンドル最高指令官のが、沈んでいるからだ。

 【コネクト・ハート】は意識がない彼の心の機微も、敏感に受け取ってしまっていた。



 普段は感じない、心の声────これは多分、私の能力が強くなったとか、そう言うことではなく。

 きっと彼の心残りの強さが、そうさせているんだろう。



「うぅ……」


 アンドル最高司令官が、唸りながら眼を開けた。


 しかし消えうる意識、吹き消されそうな蝋燭────視界はぼやけ、暗い部屋を月明かりがおぼろげに写す。


 嗅覚の閾値は上昇し、耳も殆ど聞こえない、どこまでが自分の身体なのかも定かではない。



「はぁ……」


 私は仕方なく、彼の手を握った。


 あまり気乗りはしなかったけれど、このまま暗い気持ちであの世に送るのも気が引ける。



「っ────」


 もはや最期の覚醒、といったところか。

 それでも老人は感じた。


 この部屋に誰かがいる、そして自分の手を握っている。

 老人には、その手の温もりで、人物の正体に見当がついたようだった。



 ならば、ここにいるのなら、伝えなければ、最後の一言を。

 あの夢の、その先を、叶えてくれる彼女・・を。




「頼んだ……ぞ────」


 肺も心臓も弱り果てた老人のその声は、ともすれば誰にも聞き取ることが出来なかっただろう。


 しかしそこにいた私は、確かにその声を聞き取った。


 音を、声を、確かにその「ハート」で。



「はい────」




 数日後、アンドル・モーガン最高司令官が死去される。


 そうして残ったのは、身に余る資格を与えられ、遺された少女がひとり。




 こうして私は、歪んだ世界に取り残されてしまったのだった。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?