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帰りたい(282回目)  The best l can do.


 軍服の炸裂する槍は、尚も私を追い込んで行く。


「オラぁ! 楽しいなぁ猫の餓鬼!」


 最悪の気分だった。

 魔力がことごとく吸収されていく様は、私にとって絶望的だ。


 霧を張って逃げようにも、空気中のそれさえ食べられてしまう。


「無駄だってわかんねぇのか!? バカな部下を持った主人が悔やまれるぜ!?」

「っ────!」



 恐らくアデク隊長のような豪腕なら、無理矢理にでも迫る口の防御を突破できるのだろう。


 ララさん程の魔力なら、吸収される魔力なども圧倒して、攻撃を叩き込めるに違いない。


 リアレさんレベルのスピードなら、相手が捉えられない程の速さで、装甲の薄い場所を狙い撃ちできるはずだ。



 でも私には、彼らのような強さは持ち合わせていない。

 私に何かあるとすれば、きーさんが側にいてくれる事くらい────



「……………………」

〈ど、どうしたの……?〉

「前にもこんな事、ありませんでしたっけ?」


 そう、あれは「威霊の峡間径」でのトラウマ。

 精霊でも魔物でもない謎のバケモノ、“ねばねば”に襲われたときの状況に近い。


 たしかあの“ねばねば”も魔力を吸収する生態だったけれど、変身したきーさんの攻撃は充分に効いていた。

 精霊は魔力の塊なのでそう言う敵に触れるのは危険だけれど、きーさんの変身は物質そのものに体も置き換わるのだ。


 事実、先ほどあの軍服は魔力は吸収しても、槍の攻撃自体は歯で防いでいた。


〈だからどうしたのさ! 防がれちゃうんじゃ意味ないだろ!〉

「ごもっとも。でも、それって触れなきゃいいってことになりませんかね?」

〈うーん、考えてることが分かってきたぞ……〉


 一か八かの方法だ、それに私はもちろん、きーさんも危険に晒してしまう。


〈そんなの今さらだろ。やるならとことん、だよ〉

「ありがとう。もう少しだけ、付き合ってください────ねっ!」



 私は槍にしたきーさんと共に、大きく後ろに飛び退いた。


「クソがっ! 逃がすかよ!」


 軍服が切っ先のリーチを伸ばして迫ってくる。


 しかしそれよりも早く、私は足裏から空気を噴射して移動し、その手を逃れた。



「ここまでは追って来れないですね」


 軍服はというと、先ほど出した空気の魔力の残り香を食べていた。


 私はその隙に充分に距離を取ると、きーさんを小さな指輪に変える。



「“ティール・ショット”!」


 氷の弾丸を、バルザム教官に向かって一直線に飛ばす。

 軍服はここぞとばかりにクチをあんぐりと開け、それを吸収しようとしていた。


「きーさん今ですっ、大岩に!」

「にっ!?」


 弾丸と共に飛ばしたきーさんの指輪を、飲み込まれる直前に大岩に変身させる。


 単純な質量が突然飛んできた軍服は一瞬怯んだ。


「くそがっ! 砕いてやる!」


 自分が潰される前にその岩を破壊しようと、軍服は腕を槍へと変えた。


「一瞬だけ“精霊天衣”!」


 きーさん扮する岩が崩される前に、私はきーさんと心を合わせた。

 この程度の距離なら、精霊天衣で一体化する際に、距離を詰めることが出来る。


 長時間は無理でも、きーさんに近づくくらいなら、今の体力ならば何とか可能だった。



「また下らねぇ目眩ましかっ!?」


 しかし突然目の前に現れた私にも、軍服は今度は怯まずに反応してきた。


「ははっ! わざわざここまで刺されに来るとはよほど死にてぇらしいな!」

「“ウィステリアミスト”!」


 “精霊天衣”を解いた私は、身体から普段目眩ましに使う霧を噴出する。


 しかしやはり、その魔力は軍服によって、身体中から出現させたクチから吸収させられてしまう。


「効かねぇつってんだろ! しつけぇ!」

「分かってますよ、狙いはそれじゃあないですから────」



 この軍服は、一見自由に振る舞っているようにえて、いくつか習性がある事を、私は掴んでいた。


 まず、軍服は形や固さは変えられても、服本体より大きい面積には決して変わらない。

 槍のように変質している部分も、実は身体のどこかの布面積を借用しているか、服の延性を利用しているだけだ。


 そしてもうひとつ、軍服は自分の攻撃のために放たれた魔力は、必ず・・食べている。

 主人を護るための防御反応なのか、それは本人自身も逆らえないもののようだった。


「だからこそ、今貴方の正面はガラ空きなハズです」

「しまった!」


 四方から出現した無数のクチは、必死に周りの霞を食べようとする。


 私はそこに低い体勢のまま槍を構えると、そのまま軍服の腹部分に向かって、突き出した。




「────とでも言うと思ったかぁ!? クチなんざ喰らわねぇ分までだしゃいいんだよっ!」

「っ……!」


 槍は難なく、軍服が新たに出現させたクチに、ガッチリと挟まれていた。

 先ほどと変わらない展開だ。


「だと思いましたよ……」


 ただし、先ほどと変わらないところもある。


 それはこの軍服が私だけではなく、霧を食べるために、360°に意識を向けていることだ。



 私は両手に魔力を込め、槍をもう一段強く握った。


「“マロー・スピン”!」

「グギっ────!?」


 ゆっくりと、手元の槍を回転せる。


 全体に意識を向けている軍服は、その分噛む力が弱まっていた。


「貴方が軍服の化身であるならば、その面積を減らします。

 このまま巻き取ったら、貴方も身体の維持はできなくなりますよねっ……!」

「て、テメェ!」


 軍服は槍から、魔力を吸収しようとする。


 しかし今、槍を回転させているのは私の手から流れる魔力だ。

 ドリルのような切っ先には、魔力は一切流れていない。


「ぐえぇっ!?」

「いっけえええっ─────!!」


 なす統べなく叫ぶ軍服に構わず、私は槍を回転させる。



 アデク隊長のように強くなくても、ララさんのように多くなくても、リアレさんのように早くなくても!


 私は私に今出来る事の、最大値を!!




「気は済んだか」

「えっ……?」


 声がした瞬間、高速回転させていたハズの槍は、あっさりと2本の腕に止められていた。

 顔をあげるとバルザム教官が私を見下ろしている。



 まさか、このタイミングで、眼を醒ましたのか────



「最悪だ、悪い夢を見ていたらしいな」

「っ!?」


 マズい、ここでバルザム教官が眼を醒ますのは想定外だ。

 例え彼がどれだけ不利な状態でも、その差は一瞬で埋められてしまうほど、私たちの実力差は離れている。



 反射的に私は急いで後ろへ下がろうとして、そのまま足がもつれて地面へ転がった。


 身体はとっくに限界を大きく越えている、もはや槍を持ち上げることすらままならない。


「ど、どうやって────身体の束縛はまだ続いているはずです……」

「オレがここで動けている意味を、先まで対峙していたた貴様なら分かるはずだが?」


 見ると、先ほどまでそのからだの主導権を得ていた軍服は、クチからダランと舌を出したまま動かなくなっていた。


 しかしまだ服にその特徴が残っているなら、能力鬼アビリティヴァンプ自体は消えていないのだろう。



「まさか……」


 軍服が千切れる直前、目を醒ましたバルザム教官は、瞬時に状況を把握し、あの軍服を支配下に置いたのだ。


 そして軍服の外骨格によって無理矢理身体を動かし、私の攻撃を止めた。




 だとすれば、絶望に拍車がかかる。


 ただでさえ勝てる見込みの無いバルザム教官の実力に、あの厄介な軍服の能力が加わったのだ。



「まさかこのオレが、能力に目覚めるとは。思ったより気分は良くないな」

「でしょうね。多分、全身の骨が折れてますよ……」



 先の軍服との戦いで、その本体であるバルザム教官の身体は、動く度にダメージを受けていた。


 それでも尚眼を醒まし動くなら、彼は今、間違いなく命を懸けている。


 そして同じように満身創痍である私は、彼の決意をバカバカしいと一笑に伏すことも出来なかった。



「オレも命を賭す覚悟はあるが、自殺志望ではない。

 今すぐ拘束を解け、見逃してやる」

「出来ません」


 きーさんには申し訳ないけれど、私は即座にそれを否定する。


 それでは釣り合わない。少なくとも、私も含め誰も納得しない。


「やはり、オレの考えが気に食わんか? だからここで、食い止めようと?」

「バルザム教官の考えは、立派だと思います。

 多分、方法はどうあれこの先、戦争で苦しむ人は少なくなるでしょう……」


 バルザム教官の手によって、観客たちが殺されてしまったとして。


 それが引き金となって戦争が終わって、何世代も過ぎて。

 みんなが憎しみも忘れるほど人々が遠くに来れば、それは必要な犠牲だったと言われるかもしれない。



 人は誰だって、多かれ少なかれ犠牲の上に成り立っているんだ。

 私の産まれた国は戦争のない国だったけれど、それでも過去には沢山の血が流れたと聞いていた。



 だから、今、どれだけ血が流れようとも。


 未来に遠くにいる彼らが、子供たちが笑顔でいられる国になっているのなら。



 それを、平和・・と言うのだと────



 今の私は、それを真っ向から否定する武器ことばを持ち合わせてはいない。


「ならばなぜ邪魔をする!? 理解して尚命をとして阻む理由が、貴様にある訳か!」

理由・・、ですか……」


 私は立ち上がる。


 もう、いつ失ってもおかしくない気を張り、バルザム教官を睨み付ける。




「そんな事のいわれが必要なら、後でゆっくり考えますよ……」



 ここで私が戦う理由、それを答えるのは今の私じゃない。

 一度止めると決めたのだ。動機も迷いも後悔も、今の私にはもう必要ない。


 立って、目の前の人を止めて、その後に考えればいいことだ────



「くだらん。なにひとつ矜持の無い貴様が、未来さきを語るなど」

「がっ……」


 起き上がった私は、バルザム教官に足を掬われた。


 無様に地面に伏せた私は、そのまま顔面を蹴られて横たわる。


「うぅ……ぶっ……」


 鼻の奥から血が、泡になって流れていった。

 しかしそれも地面に垂れる間も許さず、腹に、顔に、胸に蹴りが何発も入れられる。


「ぶぁっ……ぐばっ…………」


 もうバルザム教官の顔さえ良く見えない、口の中も嫌な味しかしない。

 こんな時耳だけは何故か、彼の息づかいまで鮮明に拾う。


 胸の奥から酸っぱい血が溢れて、2本の歯と一緒に吐き出した。



「最期になるな。まさかオレの手で殺すとは嫌な因果だ。哀れなヤツめ」


 その瞬間見えた彼は、やはり私の眼など見てはいなかった。



 彼の変装を見破って、大会の本戦まで残って、最高司令官の資格まで引っ提げて、少しはバルザム教官も私の話を聞いてくれるのではないかと、たかをくくっていたのだけれど。


 しかし彼は私の交渉に応じるどころか、敵として私を認めた瞬間さえなかった。


 よくよく思い出せば彼から出る怒りの言葉も、私以外の最高司令官に向けられたものだった。




「終わりだ」


 鋭いものが心臓を貫く感覚はあるのに、最早痛みも感じない。


 薄れそうな意識の中で、地面に私の血溜まりが広がるのが見える。


 うすら寒いような風が背中を吹き抜け、私のまぶたの裏に見たことのない景色が映っていく。

 もしかしてこれは、走馬灯というヤツだろうか。





 こんな所が私の行き止まりだなんて、そんな────



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