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帰りたい(281回目)  迷うな!


「よーやっと出れたぜ外! にしても下手だぜご主人よオイ! オレならもっと上手くれるぜ?」


 そう叫びながら軍服は、歪な体勢で未だ眼を覚まさないバルザム教官を立ち上がらせた。



 まだ強制業務執行権パーフェクト・コマンドによる拘束は解いていない。


 巻き付いた呪いと歪められた体勢のせいで、彼の左腕がメキメキと音を立てて折れた。



「まさか────能力鬼アビリティヴァンプ……!」


 推測だけれど、恐らくあの軍服はバルザム教官の契約精霊では、多分無い。


 精霊なら、契約者の負傷を省みず行動することはまずないのだ。

 それに対して彼は今、マリオネットのように外側から軍服に操られ、身体を勝手に動かされている。



「このガキを殺せばいいんだなオイ!? うわ起きねぇ」


 下品に笑う軍服と、だらんと動かないバルザム教官。


 あまり見ていて、気持ちのいい光景でもない────


「その人は今、最高司令官の権限で押さえつけています。ムリに動かすと、命に関わりますよ……」

「じゃあテメェが何とかしてやれ、よっっ!」


 軍服は袖の一部を槍のように尖らせ、予備動作も殆んど無しにバルザム教官が突っ込んできた。


「喰らえよ!」

「きーさん盾にっ!」


 鋭い突きを、何とか弾く────


 しかし軍服の猛攻はそれに収まらず、2回、3回とたて続けの攻撃は、休まることがなかった。



 能力鬼アビリティヴァンプ、能力によって作られた召喚生物。

 とてもとても珍しい系統の能力で、殆んどの詳細が分かっていない。


 故に現状では対策の立てようがないから、己の身で闘って判別するしかない!



〈エリー、大丈夫?〉

「限界ですっ」


 当然、貫かれた左肩が頸烈に痛む。


 セルマみたいな魔力の扱いに長けた人なら、止血も上手く出来るらしいけれど、私はそれがどうにも下手だった。


〈来たよ! ボーッとちゃダメ!〉

「くっ……」


 肩を庇いながら横に転がり、何とか突きを避ける。

 攻撃が外れた軍服の槍は、勢い余ってそのまま地面へと突き刺さった。


 やはり能力によるものなのか、生半可な武器より強度が高い。


「そっ! ちょこまかうぜぇなぁ!? だったらこうしてやらぁ!」

「えっ────」


 突然地面に刺さった槍の穂の部分が、各方向に枝分かれした。


 そして切っ先のひとつは、確実に私の心臓を目掛けて延びてきている!


「があっ……あぁっ!」


 左腕を盾に、心臓への直撃は免れる。それでも痛いものは痛いが!


「いいねぇ! 外したのは残念だけど、いー声で泣くじゃねぇの!?」

「くっ……きーさん槍! “珊瑚連斬コーラルビート”!!」


 何とか動く右腕で、軍服の肩を切りつける。


 しかし確かに当たったはずの槍なのに、まるで鉄の支柱を虚しく叩いたように、手応えがない。


「えっ……!?」


 槍の切りつけた部分は、軍服の新たなクチが、ガッチリと受け止めていた。

 槍の時といい、この軍服は変幻自在らしい。



 しかも────


「効かねぇなぁ、効かねぇよ? そして不味ぃ!」

「魔力が食べられてる……!?」


 ガッチリと噛まれたクチに、槍に纏った魔力が吸い上げられているのを感じる。


「きーさん戻って! “菖蒲噴流イリス・ジェット”!」

「ぐっ!! ちべでっ!」


 足裏からの放水砲の反動で、力任せにその場を離れる。


 代わりに左腕の刃が抜け、痛みで私はバランスを崩し、再び地面を転がった。



「ぐぁ…………」

「おいおい! どの技この技も不味いったらねぇなぁ!」


 ご丁寧に、私の放った水でさえ、軍服にとっては食事になってしまったらしい。


 恐らく私の出力では、魔力由来の攻撃は全て、あの軍服に食べられてしまうだろう────



「きーさん、無茶してごめんなさい」

“それよりあれマズい! 相当ヤな感じ!”


 何とか立ち上がって、体勢を立て直す。

 左腕はもう、この戦いで使い続けるのは無理だろう。


 そもそもこの出血量のせいで、大分背中が寒くなってきた気がする。



「貴方本当に、バルザム教官の固有能力ですか……?」

「見りゃ分かんだろぉ? 産まれたてのオレ様よりオツムが弱いのか!? 泣けるな!」


 バルザム教官が失踪するまでに、固有能力が使える・発現しているだなんて情報は一切なかった。

 さっきの軍服の言葉からも、恐らく今さっき初めて固有能力が覚醒したんだろう。


 最悪だ、自分の運の弱さを呪いたくなる。



 それに今この状況はバルザム教官にとっても、よろしくないもののハズだ。


「なら尚更、私たちはもう戦う必要がないハズです。

 貴方もバルザム教官の一部なら、今彼を縛っているのがどういうものか、分かってますよね?」


 強制業務執行権パーフェクト・コマンド対象者が従わなかった場合、違反罰則が2段階に別れて行われる。


 第1段階は先のように、違反者の身体への拘束デバフ



「そして第2段階は、その拘束が対象者の命を奪います。

 恐らくもうあまり時間はありません」


 ここでバルザム教官が死ぬ必要はない。


 彼にはまだ、聞き出さなければいけないことがたくさんある。



「だから、せめてその人の命だけは────」

「あぁん? 何をバカ吐いてんだ!?」


 ハナから交渉の余地など無かったとでも言いたげに、軍服はせせ笑う。


「とにかくオレぁは今、血が欲しくてたまらないっ!

 この男だってそうだったんだぜ? 世の中思い通りに行かなねぇよな! だからいつか血に染めてやりてぇってのが、唯一オレとコイツを繋ぐ感情だ!」

「それに従って、今貴方は行動していると」


 確かに平和を願ったバルザム教官の中にも、そういう感情はあったのかもしれない。

 ここにたどり着くまでの葛藤の中には、そういう負の感情・・・・も、少なからず存在したハズだ。


 現に今彼は、私を下した後はここの観客たちも襲おうとしていた。


「それに、そう言うテメェはどうなんだ? あぁん!?

 オレ一人にご主人様の負担を擦り付けようって魂胆だろうがなぁ! この拘束は誰でもないテメェが掛けたものだろうがよ!」


 演技をするように、軍服は両手を顔に当てた。


 ただ、折れた片腕はダランと不格好に垂れ下がっている。


「この人殺しめ!」

「っ────」


 その言葉で一瞬、私は意識強制業務執行権パーフェクト・コマンドの紙に意識を向けてしまった。

 それは私自身の迷い・・に他ならない。


 この紙を私自身が破り捨てれば、確かに制約は解除され、彼の命も危険に晒さずに済む。



 ただ、それは彼の身体が自由になることにも、他ならない────



「やはり出来ませんよ。例え貴方の主人がここで死ぬことになっても、この命令は絶対です」

「んだよつまらねぇ。気持ち良く暴れてやろうと思ったのに、興が削がれることしてくれるなぁ!?」


 それはお互い様、私の気分だって最悪だった。


 散々覚悟していたハズなのに、今さらバルザム教官が私のせいで死ぬことを躊躇ってる。


「まぁいいさ! これだけのことをしでかした主人バカだ!

 どちらにしろ捕まりゃ死刑! 短い命! 産まれたオレもサヨナラって訳だなぁオイ!」


 もう一度、軍服は両腕を槍へと変えた。


 ギチギチとそれを鳴らし、こちらを威嚇する。


「そうですか、残念です」

「試合じゃなくて殺し合いってか!? 派手に死に花咲かせてやるよ!」



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