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帰りたい(279回目)  コマンド・クライシス!



 私は軍服の懐から、一枚の紙とペンを取り出した。


 一瞬怪訝な顔をしていたバルザム教官は、それが何を意味するか・・・・・・・に気付き、確かに驚愕した。



「そ、それを何故貴様が持っている!? 答えろ!」

「このペンは、認められた者しか持つことが許されない。

 私がこれを持っている意味を、軍の幹部だった貴方なら分かりますよね」



 黒塗りの本体に、金縁で彩られた、ズシリと重いペン。



 最高司令官だけが持つことの認められた、この国で3本しかないペンのひとつだ。



「敢えて言葉がほしいなら、改めて名乗りましょう。

 私がエクレア軍最高司令官が最後の1人、エリアル・テイラーです」



 その瞬間、バリアの外────街全体の空気が、一瞬にして変わったのを肌で感じた。


 恐らくこの街の全てが、虚勢や法螺の類いだと首をかしげているだろう。



 しかし少なくとも、この言葉を信じた男が、ただひとり。



「貴様っ!」



 冷静さを失ったバルザム教官が、こちらに迫ってくる。


 しかしその動きは、先ほどと比べるとかなり直線的だった。


「“アクセル・エクルベージュ”!」



 私は吹き出した空気で身体を浮かせ、後ろに下がる。

 バルザム教官の手を、私は寸でのところで逃れた。


 彼とて正式に軍の幹部となった者の一人、本来ならどんなに動揺していようとも、私のような小娘を逃すようなことはないはずだ。


 先ほど私がガラにもなく大層な名乗りをしただけのことはあったのか、今の彼はそれ程までに揺さぶられていた。


「もう一度聞くぞ! なぜ貴様がそれを持っているっ!!」

「約3年前、私は貴方が裏切り者だと知った日、同時にこのペンを受けとりました。

 最高司令官のお2人は、いつかこの状況を予見していたんでしょう」


 結果的には魔女ルールの出現で後だしになってしまったが、私は救援が来た時これを出すつもりだった。


 そうすれば街の人々から見ても、ただの落ちこぼれ兵士が喚いているだけではなくなる。

 確かにそこに暗殺者がいると言う信頼性が、磐石のものになっていただろう。



「この瞬間のために得た、私の切り札です」

「────そうか、そうか……」



 彼は片手を顔に当てると、黙りこんだ。

 一瞬出来た、水を打ったような沈黙の瞬間。


 しかし隙が出来たわけではない、ジリジリと沸き出る殺意は先ほどとは比べ物にならないくらい、その鋭さを帯びていた。


「やはり、やはりテメェをここに仕向けたのは、最高司令官共の策略だったか!!

 ヤツらは罪深い! 争いを止められる手段がありながら、平然とその犠牲を増やし続けている!」


 バルザム教官は吠える。


 彼は私の持つこの最高司令官の証が、偽物やブラフではないことを、いち早く見抜いていた。


 だからこそ、冷静ではいられない────



 長年必要とした地位は、今まで歯牙にも欠けなかった小娘に、その席を埋められていた。


 家族が、世間が認めなくても、ただ一時の平和のために国まで敵に回したのに、最後に立ちはだかったのは、何の努力もせず地位だけを手にいれた、世間知らずのガキだった。


 少なくとも私が彼なら、目の前の私が許せない。



「彼らの仕事は、任期中この国を護る事です。

 それで救われた人も多くいたはずです」

「それは個人の役割だ! 本当に人民の平穏を考えたのなら、あんな狂った指揮を下せるわけがない!」


 彼はずっと、この国同士で起きる戦いをそんな風に見ていたのだと思い知らされる。


 怒りを押し殺し、ただ冷たく、紛い物でもこの世界の平和への道を付け狙っていたのだ。


「やはりこの根底から腐った国は、誰かが崩さなければならねぇようだ。

 例えどれだけの犠牲を出そうとも、哀れな元部下を殺そうとも、いま手の届くオレが成さねばならぬらしい……」


 半分嘲笑のように顔に手を当て笑う彼は、もはや狂気だった。


 しかし、悪いものに取りつかれているわけでも、騙されているわけでもないのは、誰でもない私が、よく分かっている。


 出会った当初からこのくすぶった狂気は、私の心にいやというほど聞こえてきていた。




「いや、待て────?」


 しかしそこで、バルザム教官はふと冷静になった。


 おそらくこの現状で、ひとつの違和感を感じたのだ。



「この瞬間のために資格を得ただと?

 ならば貴様の計画が破綻した今、なぜ貴様自身がその名乗りをあげる必要があった……?」


 彼がその疑問に思い至った瞬間、すかさず私は懐から一枚の紙を出した。


「今の私がこの場で必要だったのは、最高司令官の権力なんかじゃありません。

 私は貴方を押さえ込める力が必要だった」



 この紙は、バルザム教官への職務命令状だった。


 そして最高司令官のペンでサインをされたその書面は、他の命令とは大きく違う意味・・を持つ。


 「強制業務執行権パーフェクト・コマンド」────2人以上の最高司令官の決議でのみ決定できるそれは、引退寝返り失踪死亡、あらゆる状況にあろうとも執行できる特権だ。



 過去に軍に所属していたと言う事実さえあれば、軍人の拒否権を全て無効にし、その命令を受け入れ実行しなければならないという規則を強制させる。



「やはりか────度し難い」

「既にハーパー最高司令官がサインしていたこの紙に、私もサインを今、ペンで入れました。

 貴方にはこの命令に従ってもらいます」



 バルザム・パース元幹部一名は、離反行動を中止し速やかに投降せよ。


「これに逆らう意味が、バルザム教官には分かるはずです」

「だから、どうした────」


 身体から軋むような音を立てながら、彼は前へと踏み出す。


「今さらどうなろうと、従う意味がなかろうて。

 己の信ずる道を、二度も違えるバカならば、オレはハナからここに立っちゃいねぇんだよ……」

「でしょうね。この勧告が受け入れられるなんて、到底思ってませんよ」

「ぐっ────」


 さらに動こうとするバルザム教官の腕が止まる。

 ゆっくりと、その身体から黒い帯のようなものが浮き出て、彼の身体を締め上げて行く。


「これが強制業務執行権パーフェクト・コマンドの違反罰則……? 魔力さえ出せやしねぇ……」


 私も初めて見た、本来ならばこんな公の場所で使われることもない、最高司令官の切り札中の切り札。

 自身に離反した隊員を強制的に屈服させるため、エクレア軍の兵士全てに掛けられた、いわば呪い・・のようなものだ。


 任期の長かったアンドル最高司令官でさえ、その執行回数は数える程だと聞いている。



「クソっ、こんな────こんなところでっ……!」


 万力まんりきのような圧力に押し潰され、彼は地面に倒れこんだ。


 指一本でさえ、もはや動かすこともできないはずだ。



「バルザム教官……」


 押し潰されて、気絶している。



 私はそれでも最大限警戒しつつ、地面に伏せる彼に近づいた。


 後は捕らえるだけだ────せめて違反罰則の第2段階・・・・が発動する前に、強制業務執行権パーフェクト・コマンドは取り消したい。



「きーさん、丈夫な縄に」


 私の手でこの人を縛り上げるというのはスゴく気が滅入ったけれど、最初から私がペンを受け取った時点で決まっていたことだったのだ。


 それを今さら、反しようなどとは思えない。



 しかし腕を近づけた時、バルザム教官の軍服の下で何かがモゾモゾと動いているのに私は気付いた。


 その動きは明らかに身体の生理的な動きではなく、人体の断りに反している。



 これは────


「っ!! きーさん盾にっ!」

「遅いぜ」


 瞬間、槍のようなものがバルザム教官から飛んできた。


 左肩に当たったそれは、私を勢いよく後方へ飛ばした。

 そのまま受け身をとることもできず、地面へと転がる。



「ぐっ……!!」


 肩甲骨付近、強烈な痛みと前後から溢れる鮮血。


 間違いなく貫かれた、せめて心臓を直撃しなかったのが救いか。



 でも、一体どうやって?


 バルザム教官は武器なんて持っていなかったし、魔力を使っている様子もなかった。


 相手は軍の幹部だ。力量が大きいからこそ、警戒も最大限していたはずなのに、だ。


「産まれたたてで慣れねぇなぁ? 一発目心臓外しちまったぜ」

「がっ……だ、誰ですか……?」


 警戒しつつ、何とか立ち上がる。


 声がするのはバルザム教官からだ。

 軍服の中に、何かが隠れている。



 いや────


「んだよ、折角産まれたオレ様に挨拶もナシかこのご主人様はよぉ!」


 バルザム教官をよく見ると、服の中に何かいたというには説明がつかないほど、その装備がうねっている。


 一部はまるでクチのように動いて、また他の一部は伸びて、腕のようにバルザム教官の頭をグリグリといじっている。


「んだよ? 何見てんだよ?」

「いや……」



 まさかこれは────軍服が意思を持ってしゃべっているのか!!?


「よーやっと出れたぜ外! にしても下手だぜご主人よオイ! オレならもっと上手くれるぜ?」


 そう叫びながら軍服は、歪な体勢で未だ眼を覚まさないバルザム教官を立ち上がらせた。



 まだ強制業務執行権パーフェクト・コマンドによる拘束は解いていない。


 巻き付いた帯と歪められた体勢のせいで、彼の腕がメキメキと音を立てて折れた。




「まさか────能力鬼アビリティヴァンプ……!」



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