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帰りたい(278回目)  戦争が憎い


 バルザム・パース、軍幹部のひとりだった男。



 軍人家系の三男に産まれた彼は、幼い頃から両親や年の離れた兄たちが戦地に行くのを見送っていた。


 そして上の兄が戦死した頃から、彼は親からも兄姉達からも、命の危険が伴う軍人になることは望まれなくなったそうだ。


 全ては彼自身が、家族に愛されていたから────



 しかし彼の中の黒く光る憎しみは、そんなことでは消えなかった。


 人知れず闇を抱えた彼は17歳になった頃、家族の反対を振り切り軍に所属、飛躍的な活躍と人望で幹部となる。

 その間にも消えるどころか増幅していく憎しみはやがて、バルザムをもう後戻りできない程まで歪ませていったのだと。



 彼を幼い頃から知るアンドル最高司令官は、そう言っていた。




「ハッ、やはり貴様の思想は愚蒙だ。この期に及んで、尊敬の念を語るとは。

 それともヴェルドに恨みでもあったのか?」

「いいえ。恨みなんてありませんし、彼を殺した貴方を私は絶対に許しません」 


 ただ、戦争を終わらせたいと言うバルザム教官の確かな意思だけは、間違いなく本人の平和を思う気持ちから来ているはずだ。



 監視を始めた当初は、バルザム教官の事が怖くて仕方がなかった。

 ヴェルド教官を殺したと言う実力も事実も、生き死にの世界に足を踏み入れたことのない私にとっては、恐怖でしかなかった。



「それでも貴方の監視は続けてきたので、分かります。

 市民に優しくしている表情、真面目に働く姿、部下を気遣う心は、平和を思う戦士のそれに違いなかった」

「その程度の事でオレの本質が測れたと、貴様は本気で思っているのか?」

「いいえ……」


 私は全くバルザム教官の真意など、汲み取れてはいなかった。

 あれだけ戦争を嫌う人が国を裏切らなければいけない理由が、私にはずっと分からなかったのだ。


 けれどここにきてようやく、私はバルザム教官の目的が何なのかが、理解出来たような気がした。



「バルザム教官、貴方は戦争を終わらせるために、この国を裏切ったんですね」

「────そうだ」


 私がそれを言い当てるとは夢にも思っていなかったのか、彼は少し意外そうに肯定した。



「やっぱりそんなに、戦争が憎くて仕方ないんですね」

「憎くて仕方ない、だと? 分かったようなクチを聞くじゃねぇか……」


 バルザム教官は、吐き捨てるように言った。


「そうさ、有り体に言えば憎くてたまらない・・・・・・・・

 それもこれも全ては戦いがあるせいだ。オレの兄やアイツらが、この国の糧とならなきゃいけねぇ理由も無かったはずだ!」

「……………………そうかも知れませんね」


 バルザム教官は、私なんかよりも多くの人の死を見てきたのだろう。

 彼のいうアイツら────恐らく殉職した仲間の事だ。


 犠牲者の正確な数字など出せないほど、この国は長く戦争を続けすぎた。

 緩急の差はあれど、それはここ数百年と変わらない、2つの国の歴史そのものだった。



 過酷なこの国での生活は、バルザム教官が戦争への恨みを成熟させるには、充分な土壌だったんだろう。



「このままこの国は、同じことを何十年も、何百年も続けるのか!?

 隣国と共に、この大陸とも呼べねぇような小さな島を死体で埋め尽くすまで、莫迦みてぇに殺し合う気か!?」


 それは、この国に住む者なら誰でも一度は思っているはずだ。


 産まれてから死ぬまで、先の見えない溺れるような日々が、いつまでも続いている。


「くだらねぇ泥沼の戦いを終わらせるには、最早どちらかが敗戦するしかねぇ。

 だからこそ、オレは祖国を裏切ってでも戦争を終わらせる」


 やはり彼は国王を暗殺することで、国を崩壊に導き無理矢理戦争を終わらせようとしていた。


 確かに戦争が終われば、結果的に今後戦いでは・・・・、死に行く人はいなくなるだろう。

 いつか昔に戦争があったと言う記憶も薄れ、人々は平和を手に入れるのかもしれない。


「今生きている人々が犠牲になっても、貴方はそれを容認するんですか……?」

「正当化しようという気はねぇよ。

 だが今後も永遠に続く戦争より、今の臭い空気を長く吸いすぎた人間の死から得る平和の方が、幾分かマシだ」


 そう言うバルザム教官の眼は、暗く濁り疲れきっていた。

 もはや虚空を見つめ、誰に叫んでいるのかも確かではない。


 アイツは優しすぎると言ったアデク教官の言葉が、今になってこれ以上無くマトを得ていたことを痛感する。



 戦争を憎み、人々の平和を願い、誰も死なないようにと個人として出来ることは全てやり尽くして尚、彼はその憧憬を叶えられなかった。


 バルザム教官自身が天才と称したアデク隊長さえも、それを成し遂げることはなかった。

 もがけばもがく程沈むような、長く辛い戦いの中で、彼の優しさは、いつの頃からか歪んでしまったのだろう。



「それがバルザム教官、貴方がこの国を裏切らなければいけなかった理由、なんですね……」

「ちっ────」


 分かったような口をきく私を、彼は睨み付ける。


 しかし私自身それを聞いて、その考えや行動を否定する事が出来なかった。

 彼が平和のために本気で戦っていたのは事実だ。


 本当は彼のやり方こそが正義で、多くの人々を救う平和への道なのかもしれない。



「喋りすぎた、最後の忠告だそこを退け。

 人一倍愛国心がある訳でも無し、まだ立ちはだかる理由等、無いはずだ」

「出来ませんよ……」


 それでも私は、彼にここを通らせるわけにはいかない。


 刺すような眼光に囚われてもなお、私はこの場から引き下がることはしなかった。



「なら何故、オレの目的を知ろうとした。説得できるとでも思ったのなら、オレは貴様を呪うぜ?」

「今まで沢山の人が、貴方にそうしてきたはずです。

 この期に及んで私がどうこうは言いません」


 バルザム教官は、それを聞いて不快そうな顔をする。



「繰り返す。ならば、何故?」

「貴方を止める必要があるからです……」

「だから? 貴様の持つ虚弱な力など、この期に及んで何の結果を得る」


 結果は確かに、変わらないかもしれない。


 ただ私は確かに、知る必要があったのだと思う。



 目の前のバルザムと言う男が、優しさを歪めてここまで至ってしまったこと。


 何を思って、今まで生きてきたのかは、私が・・無視していい事では、無いはずだ。



「ただひとつ。貴方の目的を阻むけじめとして、その動機を、私は知る必要があると、私はアンドル最高司令官から学んだからです。

 もう終わりにしましょうバルザム教官、これで終わりです」

「何故あのジジイの名前が出る? 貴様、一体何を────」




 私は軍服の懐から、一枚の紙とペンを取り出した。


 一瞬怪訝な顔をしていたバルザム教官は、それが何を意味するか・・・・・・・に気付き、確かに驚愕した。



「そ、それを何故貴様が持っている!? 答えろ!」


「このペンは、認められた者しか持つことが許されない。

 私がこれを持っている意味を、軍の幹部だった貴方なら分かりますよね」



 黒塗りの本体に、金縁で彩られた、ズシリと重いペン。



 最高司令官だけが持つことの認められた、この国で3本しかないペンのひとつだ。



「敢えて言葉がほしいなら、改めて名乗りましょう。

 私がエクレア軍最高司令官が最後の1人、エリアル・テイラーです」




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