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帰りたい(275回目)  実の妹のように


 バルザム教官はこちらを睨んだ。

 彼の眼は鋭く射抜くようで、その実覚悟に染まっている。



「そこを退け、これでも貴様には情がある」

「出来ませんよ……」


 私がきーさんの槍を構えると、彼は小さく舌打ちをした。


「拒むのならば精々抵抗しろ! ここに立ってるってこたぁ、それが貴様の正義なんだろ!?」

「っ────きーさん大盾にっ」


 接近してきたバルザム教官が水平に手刀を降る。

 攻撃自体は盾で防げても、その勢いは鉄の塊すらも難なく弾いた。


 たまらず衝撃で、私は大きく仰け反る。


「くぅっ……」

「やはり貴様は、劣弱だっ!」


 がら空きになった下を足で払われて、私はその場に転倒する。


「痛っっつぅ……」

「悪運だけでここまで勝ち残ったのだろうが、それがこの大会の撞着だ!」


 盾の隙間から鋭い蹴りが3回、私に当たる。


 そしてそのまま彼は大盾をひっくり返し、こちらに腕を延ばした。



「“フュリボン・ニードル”!」

「ふんっ」


 私の含み針も難なく弾き、筋骨粒々のその腕が私の首を掴む。

 彼はそのまま片腕で私の身体を持ち上げると、その力を強めた。


「あ”うっ……!」

「オレだって、元教え子をこの手に掛けるなんてしたくねぇんだ。

 これでも2年間、ダメな貴様を実の妹のように、可愛がってきたつもりなんだがな……!」


 ウソつけと、私は心の中で毒づいた。

 バルザム教官。貴方は今まで一度たりとも、眼さえ合わせてくれなかったじゃないか。



「だが残念だ、貴様はやはり芽のでない種だった。死ね」

「っ……!!」


 苦しむ私には興味もなさげに、彼は逆の手に魔力を貯める。

 そのまま私の首を切り裂くつもりか────



「ぐ…………“深紅振動クリムゾン・シェイク”!」

「っ!!」


 一瞬彼の腕が緩んだ隙に、私はその場から脱出する。

 彼はそれ以上私を深追いすることはなく、むしろこちらから距離を取った。


 以前イスカに使った、特殊な魔力波を飛ばして相手の頭を掻き回す技だ。

 この技がイスカ程劇的に通じるとは思えないけれど、流石に相手も急な痛みに、慎重にならざるを得なかったんだろう。


「“ウィステリアミスト”!」



 その隙に急いで霧を張り、自分の姿を隠す。

 やっぱり真正面からの戦いで、軍幹部も務めた彼を相手にするのはこの上なく厳しかった。



 そう言えば【怪傑の三銃士】リーダーのライルさんにも、幹部相手では私の今の実力じゃ相手にならないと言われていた。

 まだバルザム教官が私のことを侮っているのが、唯一の救いだろう。


 それでもこの時間のない中、いつ彼が本気でこちらを始末しにかかってきてもおかしくない。



「多少痛いが、実に些末。そしてお前らしい、卑劣な技だ」

「………………」


 身を隠しても彼相手に、そう長く逃げ切れるとは思えない。


 実力差など端から、天と地よりも離れているのだ。



「ぅっ……」

〈エリー、大丈夫?〉

「ごめんなさい、キツいです……」


 バルザム教官の目的は、明日の決勝戦後の国王からの表彰式。

 それは彼扮する【不屈のアーロ】がこの大会のエントリー会場に現れたときから、分かっていたことだ。


 でもこの会場にいる敵が彼一人でなかった場合、観客をこうして人質に取られる可能性もあった。


 だから、本来なら【怪傑の三銃士】のおっさん達が私の告発の後、この場に移動魔術で駆けつける手筈だった────のに。



「その目障りな霧で、オレから隠れたつもりか!?」

「別にそう言うことじゃ、ないですよ……」


 油断していた訳ではないけれど、大人が協力してくれると言うことで、心のどこかで安心していた。

 幹部相手でも、少しの間食い止めればいいんだとタカを括っていた。


 ただ、これだけ時間が経っても誰もここに来ないと言うことは何かあったと考えるべきだろう。



「っ────」

「え、なぁに?」


 ルールと呼ばれた少女は、霧の中から睨み付ける私にも気付いたようだった。

 観客席に座り爪をいじっている、きっとこちらの動向なんてどうでもいいんだろう。


「ここに来るとき、突然貴女は現れましたね。一体どうやって?」

「えぇ、丁度ここに来ようとしていた移動魔術があったから、代わりに乗せて貰ったの」



 やはりというかなんと言うか、それを聞いても私はさして驚かなかった。


 【怪傑の三銃士】は軍の幹部にも引けをとらない能力がある筈だ。


 そんな彼らの魔術を横からかっさらうなんて芸当、本当に可能かどうかはともかく。

 今確かなのはここに誰かが助けが来る手段がなくなったと言うことだ。


「そう、ですか……」



 国最強のバリアシステムに阻まれて、外からの助けはもう望めない。


 一か八か内側からその魔術を破壊しようにも、その壊す手段を私は知らない。


 だったらここで私が観客の人たちを、この国を守るために今やれることは、そう多くないはずだ。


「それで? 貴様は魔女に目を向けて、よそ見上等か!?」

「っ────!」


 霧の中なのに、正確にバルザム教官の手刀は首元を狙ってきた。


 私はそのまま後ろに跳んで、体勢を整える。


 かつてヒルベルトさんが身体に魔力を纏わせ、その空気を感じることで相手の位置を読んだように、バルザム教官もまた私の位置を把握してきている。

 彼に姿を隠す霧など、陽動にもならなかった。



「きーさん、いいですか?」

“いつでも準備オーケーだよ”


 彼と戦うことになってしまった今、もう出し惜しみなどしていられない!


 私は魔力を貯めて、光になったきーさんを身体に取り込む。



「“精霊天衣”────!」


 私から翼が生え、爪が固くなり、精神がきーさんとひとつになる。


 クレアとの試合以来の“精霊天衣”の姿で、私はバルザム教官を見据えた。


天翔てんかけころもまといて精霊せいれいひとつになる、精霊契約の到達点────“精霊天衣”……」


 彼は目を細め、此方を値踏みするように見ていた。

 先の試合で恐らく、私がこの力を使えることを、確認しているはずだ。


 にも関わらずバルザム教官は、私を爪先から耳の先まで目を滑らせると、憎々しげに呟いた。


「────っ、やはり! 不快だ!」

「不快……?」

「そうだ。貴様がその力を使う事を、オレは認めない!」


 別にバルザム教官がどう思おうと、私が“精霊天衣”を使えるのは事実なのだけれど。

 しかし、彼は吐き捨てるように続ける。


「その力は本来、才能のある者だけが到達することの許された極地・・のはずだ。

 精霊との契約期間も短い貴様のような凡人以下の落ちこぼれが使えるのには、理由が必ずある」

「……………………そう、ですね」


 本来精霊人がながい期間信頼を育み、心を繋げようやく行える“精霊天衣”は、私程度じゃ出きるはずもなかった。

 バルザム教官の言う通り、【コネクト・ハート】の後押しできーさんとの共鳴が行い易くなっているだけで、多分本来の力は引き出せていないだろう。


「どんな手を使ったか知らんが、仮にも“精霊天衣”の出力がその程度とは笑わせる」

「分かってますよ、私のこの力が本来には至らない、紛い物だと言うことくらい」


 だとしても、彼をここで下すにはこれを使うしか考えられなかった。



「夢を見たか? 希望を託したか? 結果は変わらん。

 お前がオレをどうこうしようなんざ、土台無理な話なんだよ!」

「っ────」



 それでも、私は槍を展開し構える。



「勝てなくても、やるしかないでしょうっ」




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