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帰りたい(272回目)  不屈の解放をせよ!


 会場の空気が沸き立ち、観客の怒号に心臓が震える。


 戦いの時が近付くのが分かる。



 でも、でも大丈夫。私は今なら、きっと闘える────



“朝からの変な緊張、消えてるね”

「えぇ、セルマとクレアと、スピカちゃんのおかげです」


 セルマは朝、魔法で私の吐き気を消してくれた。

 クレアとスピカちゃんには、弱った彼女を任せられた。


 正直みんなには悪いけれど、ここにはいなくて良かったかもしれない。

 もう私は、今までのように彼女達とは会うことは出来ないだろう。それでも。



「よろしくお願いします、きーさんっ」

“応よっ!”


 暗い通路を抜け、アリーナの入り口へと向かう。

 外からの観客の声はちゃんと聞こえているはずなのに、ブーツの足音が不思議と周りに響いていた。


 光差すアリーナ、もう引き返せない────



「こんにちは」

「………………」


 ルーキーバトル・オブ・エクレア本戦、準決勝第2試合。

 対戦相手【不屈のアーロ】は既に舞台に立っていた。


 その目線は私の方を見ているようで、実際はどこか遠くを見つめている。



 やっぱり、こっちを見てはくれないのか────



「だとしても、負けません……」


 そして試合開始のブザーが鳴り響く。



   ※   ※   ※   ※   ※




「“セピア・ショット”っ!!」


 開始直後、私は氷の弾丸をアーロに打ち出した。

 彼は焦った様子もなく、その弾を避ける。


 やはりこの程度じゃ捉えることは出来ないか。


「だけど狙いはそれじゃあないですから」

「…………?」


 ローアは、足元が氷結し始めていることに気付く。



「────っ」


 しかし、足から発火した彼は氷の進行を防いだ。


 そしてそのまま直線的に、こちらに突っ込んでくる。



「速い!? きーさん盾に────だっ!?」


 距離は充分にとっていたはずなのに、一気に詰められた。

 盾の展開はギリギリ間に合ったけれど、体勢を保てず吹き飛ばされる。


「がっ、あっ……」


 地面を転がり、何とか身体を起こすと、既にアーロはこちらへ迫っていた。


「きーさん槍っ! “珊瑚連斬コーラルビート”!」

「……………………」


 風の魔力を纏った渾身の斬撃────しかしそれを難なく手刀・・で防がれる。



 ヒルベルトさんがレースの時に使っていた、人体を使った“魔力纏まりょくてん”だ。

 彼は人間の身体では大した威力にはならないと言って、魔力関知にその力を絞っていたけれど、あれは間違いだと思ってしまった────


 目の前のアーロが発する手刀の鋭さは、刃を交えただけでも何となく分かる。

 同じ“魔力纏まりょくてん”を使っているはずなのに、刃物であるこちらの方が押し負けそうだ。


 案の定槍を大きく弾かれてバランスを崩したところへ、鋭い蹴りを2,3回と喰らう。



「くっ、がっ! がはっ、ぁぁっ……」


 地面を転がり痛みを堪えながらも、私はまだ立ち上がれる。


「“灰氷菓フロスティグレイ”!」

「っ────!」


 氷のつぶてを飛ばし相手の進行を防ぐが、火の魔力を纏う手を炎壁のように展開させ、その全てを防ぐ。

 ダメだ、武器のアドバンテージを感じないくらい、力に差がある。


 そう言えばレース中、洞窟で彼と戦ったときも、8対1と数に差があったにも関わらず、彼には圧倒されっぱなしだったことを思い出す。

 それが、今は私一人。勝てるかもと言う僅かな希望さえも、一緒に踏みにじられている気分だ。



 これじゃあ、埒が明かない。ただでさえ少ない魔力や体力を削られるだけだ。

 ここは誘導に徹して隙をうかがうしかないか。


「“ウィステリアミ────がっ!」


 そして一歩引いて霧を張ろうとした瞬間、ローアから水の魔力の弾がひとつ、こちらへ飛んできた。

 弾丸は私の左肩へ命中し、張ろうとした霧の展開が阻止される。


「うっ、しまっ────がっ!」

「……………………!」


 悶える暇もなく、接近してきた敵からの蹴りが一発。

 腹と、肩と。どちらも庇う暇もなく、胸にもう一発。


「ぐぁっ……」


 意識が飛びそうになる、目の前がグワングワンする。

 相手がまだ実力の1割程も出していないことは、流石の私でも分かった。


 でも、こんなあっさりやられるわけにはいかない。



 敵わないなら、敵わないなりにやれることはあるはずだ。




「来ないでっ、来ないでくださいっ」

「………………」


 地面の砂を取って投げると、彼は一度目を素早く避けたが、それ以降はもう反応さえしなかった。


 ただ粛々と、作業を行うようにこちらへ近づいてくる。



 貴方のそういうところが、私は大っっ嫌いなんだ。


「だから来ないでって、言ってるでしょっ」

「…………!?」


 かかった────!



 まいた砂に当たった瞬間、彼は自分の身体の変かに気付く。

 私が這いつくばって必死に投げた砂の中に、それ以外の物・・・・・・が混じっていることに、ようやく気付く。


「なにっ…………!?」

「“碧鹿エメラルドハインド”!!」


 隙を作った瞬間、私は彼の腹部へ放水砲を押し付けた。



 そのまま吹き飛ばされた【不屈のアーロ】は、地面を転がり大の字に倒れる。

 いや────身体がドロドロと溶け出し、彼の本当の姿が露になる。


 纏わりつくベトベトとした液体を振り払いながら、彼は呟いた。



「────貴様、ひとつ聞かせろ? このオレが、貴様ごときに油断したのか……?」

「さぁ、私には何とも」


 異変に気付いた観客達の中に、騒ぎ始めた人が出始めた。

 さっきまで戦っていたはずの「アーロ」という男から液体が溢れ、代わりに別の人間が中から出てきたのだ。


「そうかい。そりゃ、そうだよな知るわけないよな。

 お前なんかに分かるわけなかろうよ」


 その男は、世間的には・・・・・死んだとされる人間だった。



 かつて「迷いの森」で自らの隊員たちと共に行方不明になり、そのまま捜索打ちきりまで宣言された男。


 軍の幹部の一人まで上り詰め、しかし忽然と姿を消し未だに行方の知れない男。



 私のかつての教官であり、2年以上その動向を見張らされていた顔も見飽きた男────



「お久しぶりですね、バルザム教官」

「お前は随分と、偉そうになったものだな……」


 確かに彼は巧妙に【不屈のアーロ】に擬態していた。

 しかし彼にその能力はないので、恐らく別の誰かに見た目を変化させる魔術でもかけさせたのだろう。


 かつてロイドやイスカに化けて私の部屋に潜伏していたあの人たちのように、その術を持つ誰かに自分を変えさせたのだ。



 でも私の【コネクト・ハート】は、それを許さない。


 例え変装だろうと擬態だろうと、言葉にせずとも息遣いが違えば偽物を聞き分け・・・・られる。


 そうでなくたって歩き方、間の取り方、小さなクセに至るまで、私は彼を把握し尽くしているつもりだ。



 それは全て、絶対にこの時を逃さないために────


「偉そうに、見えますか?」

「酷い有り様だ。大人共に下手な知識を刷り込まれた分、前までの方が幾分かマシだったろうよ」


 一瞬私は、その気迫に押されそうになる。


 私は心の芯からその圧に呑まれる前に、未だ状況を理解できていない観客達に、出来るだけ聞き漏らしがないように声を張り上げた。



「私は今からこの男の告発をします!

 この男バルザム・パースは軍の幹部でありながら国王を狙う、裏切り者です!」



 その瞬間ガチャリと、私の中の重荷から解放される音がした。


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