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帰りたい(270回目)  “モード・アニス”


 【百万戦姫】────金髪なびかせる軍服の女性が、そこにはいた。


「短い間だが、楽しもうか」



 エリーちゃんが言っていた、ロイドさんの“精霊天衣”だ。


 彼の内にいる概念精霊と一体化することで、身体能力を底上げしているんだ。


「言っとくが、エリーのような初心者じゃね────」

「“アニス・ノヴァ”!!」

「っ!?」


 再び目から発射した高火力のビームを、横移動でかわされる。

 やっぱりそう簡単に攻撃を当てさせてはくれないのかな。


「いいな、そうこなくっちゃ。確かに今のは駄弁ってたオレわたしが悪い」

「貴方こそ、戦いの途中で余裕を見せるわね。慢心というんじゃないの、そういうの?」

「はんっ、慢心?」


 ロイドさんは舌打ちをすると、両腕を地面につき前傾姿勢をとる。

 彼との間の一直線、そのまままっすぐ来る気だ────


オレわたしのは特別にな、パフォーマンスつーんだよ!」

「“アニス・ノヴァ”!!」

「しゃらくせぇ!」


 もう一度眼から出した光線を、ロイドさんは素早い横移動でかわす。

 速い────捉えられない!!


「“正面突破だっ”!」

「“ハイ・バリ────あがっ!!!」


 額を思いっきり殴られて、後方へ飛ばされる。

 いくらか勢いは殺されていたものの、そのダメージで脳が吹き飛びそうになる。額が割れて血が吹き出る。


 地面を転がりそれでも顔を上げると、ロイドさんは上空へ飛び上がっていた。


「痛ァっ! くっ……!」

「まだまだ活きがいいなァ! “精霊天衣/アクセル”!」

「“アニス・ノヴァ”!!」


 ロイドさんが空中を蹴って、こちらへ一直線に突撃してくる。

 身体を捻り、攻撃を逸らし、隕石のような早さでこちらへ迫る。


 あのスピードでつっこまれたら危険なのは明らか────!


「ちょちょちょっ!」

「らぁっ!」


 体勢を整える前に飛び込んできたロイドさん、その衝撃で地面が浮き上がり、岩石が浮き上がる。


 正直予想外の威力────普通に当たっていたら下手すると、負けるどころか命まで持っていかれかねなかった。


「なにっ────!?」

「“ネオス・バリア”」


 でもこっちも、そう簡単に殺されたくはない。


 ロイドさんの拳をなんとか、眼前に張ったバリアで止めることができた。


「っ………………」



 彼は今は不利と見たのか、そのまま何歩分か跳んで距離を取った。

 その間に急いでこちらも立ち上がる。


「危ないじゃない! あれで相手が死んだら貴方も反則敗けでしょう!?」

「あの程度で死ぬなら、殺すなら、お互いその程度ってことだ。まぁ、その様子じゃやはり死ぬこたなかったな」


 そう言って彼は目を細める。


「眩しい……」



 何も彼のあの攻撃を、自分もただのバリアで止められるはずはなかった。


 これを使うくらいなら負けた方がいい、自分の力で無いものを自分の物のように公で使いたくない────

 でも死ぬかもしれない状態で出し惜しむのは、出来なかった。




「“モード・アニス”……」


 さっきまで左眼だけだった身体からの発光が、全身に広がったのが分かる。

 自分でも全身が眩しくって、変な感じだ。


 ただの目からビームなら“魔力砲ファル”だと言い訳がつく。


 でも全身がこうも光ってしまっていては、観客の人たちに【アニス・シード】のことを隠して説明するのも、一苦労だろう。


「さっきまで飛ばしていた光線のエネルギーを内に抱え込んで、魔力量の底上げか?

 そういや、術師にとって魔力量は力そのものらしいな」

「えぇ、普通に守っていたら今ごろ負けてたわ……」


 だから魔力を爆発的に底上げできるこの力・・・を使うしかなかった。

 使って確実な死を、自分から逸らすしかなかった────


「んで? そんなビカビカに光りやがって、今さら浅い底を上げて────どうなる!」


 さっきと同じ様に突っ込んできたロイドさん。


 しかも先程よりスピードを上げている!


「そう長く持たねぇだろ、そんな無茶な状態の寿命は!」

「えぇっ! 貴方と同じよ!」

「だったらオレわたしに! ついてこいよっ!」


 目にも止まらぬ速さで迫るロイドさん、しかし杖を構えると彼は半分ほどの距離のところで急に止まる。


「ふんっ!」

「えっ、あっ!?」


 突然地面を強力な力で踏みつけて、軽く大地が揺れる。

 そしてその場に激しい砂ぼこりが舞った。


「ゴホッ……! 目眩まし!?」

「あぁ、そうだなぁ!」

「っ────!? ぬぎゃっ!」


 気付くとすぐ後ろにロイドさんが回り込んでいた。

 反応して魔法を出そうにも、間に合わない!


 そしてそのまま彼は私の足を掴み、引きずり倒した。

 今彼はこんな細く華奢な体つきの女性なのに、どこにそんな力が!?


「ちょ、止めて────」

「そのうちなぁ! っっっっらぁ!!!」


 彼はそのまま回転して、私を物のように振り回す。

 視界がグルグルと乱れて、方向感覚が掴めない!


「そのまま南の島まで、飛んでけええええっ!」

「ぎゃっ!」


 とてつもない豪腕で吹っ飛ばされ、空中を舞う。

 勢いを殺しても、アリーナのドームバリアに背中を打ち付ける。


 意識が飛びそうっ────なのを何とか引き戻して杖で空を飛び、そこからの落下を防ぐ。


「し、死ぬかと思った!」

「油断してんじゃねぇよ!」

「っ────!」


 ロイドさんは空中を蹴り、既に眼前まで迫っていた。


 このままじゃ叩き落とされてしまう。

 けれど普段の自分では出せないほどの出力でバリアを張っているはずなのに、さっきは防ぐので精一杯だった。


 なら今度はそれを利用してやるまで!


「“ネオス・バリア/スパーク”!」

「ぎっ、なにっ!? バリアに雷の魔力が────」


 やっぱり、どんなに強い武人でも、筋肉の痙攣みたいな基本的な人間の動きには逆らえないんだ!


 バリアを殴り付けたロイドさんの両腕が、一瞬ビキビキと痙攣を起こす。

 帯電させたバリアは、触れるだけで高圧の電気が身体を流れる、動きを止めるのにはうってつけだ。


「“魔力砲ファル”!」

「がっ!」


 杖からの一撃で、地面へロイドさんを叩き落とす。


「“フォレスト・ラッシュ/アクア・スパーク”!」


 さらに追撃のため彼を追って地上へ。


 杖を突き立て地面に干渉し、小さな森を作り出す。

 そして木々を操り、ロイドさんを吹き飛ばした。


「がっ────!」

「まだ、止めないわよ!」


 彼が飛んだ先にも木々を展開して、体勢を建て直す隙は与えない。

 例え空中に吹き飛ばしたとしても、何もないところを蹴って脱出される可能性がある。


 なら、このまま決めるしかない!


「ががががっ! クソッ、木にも電気が────がふっ!」


 地面に叩きつけて、そのまま上下から質量で押し潰す。


「“フォレスト・クラッシュ”!」

「ごっ!!」


 幾重にも覆われた樹木の下に埋もれて、ロイドさんが見えなくなる。

 ひとつの森にも迫る木々に覆われ、それが動く気配は今のところ無かった。


 恐る恐る木を退かすと、“精霊天衣”を解いた彼が横たわっている。


「死んで、無いわよね……?」

「誰が────」

「しぶといわねっ! “フォレスト・クラッシュ”!」


 退けた木で再びロイドさんを押し潰す。

 正直非道なのもやりすぎなのも分かっている。


 でもここまでしても、倒しきれない相手だって言うのも、充分によく分かっていた。



 以前ミューズの街で会ったロイドさんは、正直リアレさんと同じくらいの活躍をしていたように思えた。

 それに彼は、次期幹部と噂されるほどの実力だと聞く。


 そんな人に追い付ければ、少しはリアレさんに近づけるんじゃないか、そんな淡い期待を持っていたのだけれど────




「いてぇよ……」


 完全に封じ込めたはずの塊の中から聞こえたのは、それでも動くロイドさんの声だった。


 杖を構えた瞬間、ビキビキと音を立てて彼を取り囲む木々が全て破壊される。


「な、何で……!?」

「確かにこのオレわたしがいくら強化したところで、人間の本質や生体は変わらねぇ。

 そりゃ正しい、教科書通りの回答せんとうだ」


 拘束を解いたロイドさんは、既に“精霊天衣”を使っていた。

 彼は見せしめとばかりに、自分を拘束していた木々を踏みつける。


「その教科書に、オレわたしに見越されてることも書いてあったらよかったなぁ! “精霊亜空”!」 

「きゃっ!」


 ロイドさんが拳で空を切った瞬間、そこから凄まじい暴風が吹き荒れる。


 これはエリーちゃんの使うような風の魔法じゃない。

 それとは全く別の力が、この空間の空気を動かしている────


「“精霊天衣”は発動時に、白魔法を体内に凝縮する。

 それを一時的に解き放つことで、“魔力砲ファル”に近い魔力エネルギーを発することが出来るわけだ」

「それで身体を電気から守ったのね、無茶苦茶な……」


 さっきの暴風や空中でのジャンプも、それで説明がつく。

 ただ、簡単にやっているやって見えるけれど、バリアでもないただの魔力であんなことをするのには、相当な技術とエネルギーがいるはずだ。


「恨むなら、これを教えなかったエリーを恨めよ?

 アイツの“精霊天衣”はまだその域に達していないから、知らねぇのも無理はねぇがな」

「空を飛べるエリーちゃんのせいにはできないわよ、そんな燃費の悪い技……」

「ちっ」


 ロイドさんは軽く舌打ちをすると、こちらに歩み寄ってきた。

 自分も限界が近い、あとどれだけ戦えるか────


「そろそろ終わらせてやるよ、いくぜ【リミット・イーター】!」





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