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帰りたい(269回目)  煌々と灯せ


 私とクレアの勝負があった次の日────今日はついに、セミファイナルが行われる。


 とうとうここまで残ったか、と言うような感覚と共に、緊張と吐き気が襲ってきた。

 朝起きて何とかアリーナ前まで来たところで、私はたまらずしゃがみこむ。


“オエッ、大丈夫?”

「あぁ……えぇ、何とか……」

“強がり。勘弁してよ”


 私の不調が伝わってしまったのか、きーさんが爪先をぺちぺちと叩く。

 確かにこの状態のまま試合をするのは、かなり危険だろう。


 昨日の第3試合ではやはり、【不屈のアーロ】を名乗る人物は勝ち残ってきた。

 レースで戦った時には8対1でも、手も足もでなかった。


 スピカちゃんも、ヒルベルトさんも、レベッカさんもいたのに、だ。

 それを、私がたった1人で今日は戦わなければいけないのかと思うと、昨日の清々しさは完全に途切れてしまった────



「そやっ!」

「ふおぉっ──あれ、セルマ……」

「おはよ、エリーちゃん」


 突然後ろから脇腹をつついてきたのは、セルマだった。

 何だか見慣れた顔を見て少し安心したけれど、気持ち悪いのにそれは少しイタズラが過ぎるんじゃないだろうか。



「って、あれ? 気持ち悪くない……」


 込み上げてくると思った吐き気が、いつの間にかかなり和らいでいた。

 見るとセルマは持ち前の杖の先で私をつついていた。


 これって────


「吐き気止めの魔法……?」

「そうよ。よく馬車酔いのクレアちゃんに使ってるやつ。どう?」

「よく効きました、大分楽です……」


 まだ多少残ってもいるけれど、これなら後は薬でも飲めばなんとかなりそうだ。

 とりあえず動けるようになっただけでもかなり楽だった。


「おいおい、試合は午後だろ? そんな調子でやれんのかよ」

「エリーさん、大丈夫?」

「あ、2人ともおはようございます」


 スピカちゃんとクレアも、先に合流していたらしい。


「クレア身体は大丈夫なんですか?」

「アタシは頑丈だよ。それより今日試合のアンタだろ」

「身体の方は何とか。医務室で癒師に治療もしてもらったので」


 昨日の今日だけれど、精神面はともかく身体面はほぼ万全だった。

 クレアと共に大きい怪我や深い傷がないのが幸いしたのだろう。



「セルマ、ありがとうございました。試合前に変なことに魔力使わしてしまってごめんなさい……」

「へ? あー、いいのよ、当然じゃない。今日はお互い頑張りましょ」


 そう言うセルマの相手はロイドだ。


 昨日の第3試合は、相手がスピカちゃんを破ったあのヘレナさんだったが、アイツは苦戦の末何とか勝利していた。

 あれだけ啖呵をきっておいて苦戦を強いられていただなんて、ロイドにしては面白い冗談だとは思ったけれど、間違いなくヘレナさんの実力は高い。


 アイツが強敵であるのは、セルマも分かっているはずだ。


「あの、セルマ────」

「えい」

「ひぃうっ?」


 突然後ろからセルマにお尻を叩かれた。

 痛くはないけれど、急なことで私の心臓は急に跳ね上がる。


「な、何するんですか……」

「気合い入れ直してあげよと思って。

 お互いきっと、大丈夫よ。頑張りましょ」




   ※   ※   ※   ※   ※



 アリーナの闘技場へ出ると、向こうからはロイドさんが入場してきた。

 冷たい目線が、こちらを貫くのが分かる。


 昨日の事といい、何だかこちらを値踏みされているようであまりいい気分がしない。



「よろしく、お願い致します」

「早くやろうぜ」

「………………」


 彼と初めて会ったのはそう、エリーちゃんが男の人と歩いているのを追いかけていた日だったっけ。

 そこで一緒にいたのが彼、ロイド・ギャレットさんだ。


 最初は軍でもすごい人だと聞いていたし、エリーちゃんがわざわざ休日に会うくらいの仲みたいだったから、最初はワクワクして彼の事を見ていた。


 別にその時の彼の態度も優しいものだったから気づかなかったけれど────何度か彼と会ううちに分かった。


 彼は強者と戦うという目的の元この軍にいる、根っからの戦闘狂だ。

 どうしてエリーちゃんと一緒にいられるのか分からないくらい、2人の性格も興味も間逆なものだ。



「いいわ、始めましょう」


 あんなことをエリーちゃんにいってしまったけれど、正直敵うはずもない強敵を前に、震えている自分がいた。

 こんなんじゃダメだね、いつかリアレさんと並び立てる戦士になるという約束のためにも、試合が怖いなんて言ってられない。


 深く息を吸って、相手をまっすぐに見据えて────同時にブザーが鳴り、試合開始が告げられる。


「始まったなぁ! おらっ!」

「”ハイ・バリア/ケイト“!! くっ!!」


 開始と同時に、彼は正面から拳を叩き込んできた。

 即座に展開した4枚のバリアが全て破られ、自分の方にまで衝撃が伝わってきた。


 何とか杖でガードするも、耐えきれず背後に吹き飛ばされる。


「痛い……けど、まだまだ!」


 立ち上がりロイドさんを睨み返す。

 彼はまだ、接近してこない────その場を急いで下がって体勢を建て直す。


「ふんっ、手の内探る余裕があるとは舐められたもんだな」

「そんなことないわよ、これで本気! “魔力砲ファル”! “魔力砲ファル”!」

「しゃらくせぇな!」


 こちらの発射した“魔力砲ファル”を難なく掻い潜り、接近してくる。

 本気で当てるつもりだった────けれど、そんなに甘くないことも分かってる!


「そこに立ったわね!」

「はっ?」

眼下がんか宿やどりし炎光えんこうよ、さけびに呼応こおうし、はじべ! トラップバーニング! イグニッション!」


 呪文に反応し、ロイドさんの下から巨大な火柱が上がる。

 不意の炎に焼かれ、彼がうめく声が聞こえた。


「これ──は……!」

「こっちは”罠師“でもあるのよ! 迂闊に近づいたのが運の尽きね」


 さっき下がった時、地面に魔方陣を潜ませておいたことが功を奏した。

 彼があそこを踏まない可能性もあったけれど、“魔力砲ファル”でうまく誘導できたようだった。


「怪我にはならない程度に炎は調節してあるわ。ここからもっと苦しい思いをしたくないなら、降参して頂戴」

「────るいな……」

「え?」


 完全に捉えたと思った。

 でも灼熱の向こうの彼は、それを歯牙にもかけていなかった。


「ぬるいな。最初から殺す気でこの倍は暖めてりゃ、ちったぁマシになったかもしれねぇのに。だから舐められたもんだなと!!」

「っ────全方位鎖封じオールディレクションチェイン!!!」


 慌てて拘束のための鎖を飛ばす。


 しかしそれも、彼にとっては意味のないものだった。



「しゃらくせぇ! 全部! 全部! 効かねぇし意味ねぇよ!」


 叫ぶと共に鎖は弾かれ、炎柱も振り払われる。


 小手先の攻撃など、彼の前では全くの無に等しかった。


「うそ……」

「失望だ」


 その瞬間に跳躍したロイドさんの拳が、目の前に迫る。

 その彼の純粋な速さと、攻撃を破られ呆然とした頭で、一瞬反応が遅れる。


 これは、絶対に避けられない────なら仕方がない・・・・・


「“アニス・ライン”!」

「にっ────“精霊天衣・アクセル”!」


 攻撃を瞬間的に止め、あろうことか空中を蹴って回避したロイドさん。

 彼のさっきまでいた軌道上に、自分の目から出た高圧の熱線が通過する。


「嘘でしょう……空中ジャンプ何て、勘弁してほしいわ……」

「出し惜しみとはいただけねぇ趣味だな。

 ようやく、出してきやがったか。その力……!」



 本当は使うつもりなかったのに────


 それでも目の前のこの人を倒すためには、これしかなさそうだった。



「1回戦でロギット、そしてレースでうちのリーダー相手にも使ったな」

「えぇ……」


 不思議だ────自分の左眼が煌々と明かりを灯しているのが分かる。

 これもこの力・・・によるものなのか。


 リーエルさんから自分へと宿った【アニス・シード】、国をも崩壊させかねない忌みの力。



 ただそれを目の前にしてロイドさんは、尚更楽しそうにする。


「だがこっちも温まってきた、勝負決めさせてもらうぜ。“精霊天衣”!」

「っ────!!」


 風が、魔力が爆発的に増加した事による覇気にも似た風が吹き荒れる。

 白く光るロイドさんは、昨日のエリーちゃんと同じ光りに包まれていた。


 背が縮み身体が細くなり、彼のシルエットが2回り以上も小さくなる。

 それでも分かる。先ほどとは比べ物にならない程、目の前のロイドさんは、強い。


「短い間だが、楽しもうか」



 【百万戦姫】────金髪なびかせる軍服の女性が、そこにはいた。

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