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帰りたい(268回目)  貴女と同じ空で



 天翔てんかけころもまといて精霊せいれいひとつになる、精霊契約の到達点。


 これが私の────




「“精霊天衣”! これがきーさんと一緒になった私の姿です!」



 クレアの本気に答えられるのは、やっぱりこれしか考えられなかった。



「ありがとな────でも一度戦士が受けた勝負、手加減する意気など一切なしっ!! 覚悟しろエリアル・テイラーとその相棒!」

「来なさいな、避けも逃げもしませんよっ」

「そうこなくっちゃなぁ!」


 クレアは先ほどと同じ様にボードごと急降下をしてきた。

 先端の鋭い刃を突き立て、先ほどよりもそのスピードを増して迫ってくる。


「“ドラッヘ・アクスト”!」



 一瞬身体が避けようと反応してしまうが、正面から受けると約束した事を思い出す。


 腹を括るしかないか────!


「“レグホーン・ペック”!」

「おぉっ!?」


 私が突き出した2本の・・・槍が、クレアのボードとぶつかり火花を上げる。


 “精霊天衣”をする前には盾で受け流すのがやっとだった攻撃を、私は今受け止めていた。


「おおおおおっ!」

「あああっつつつっ─────のぉわっ!」

「っ……!」


 跳ね上がる衝撃が、お互いを同時に吹き飛ばす。


 私は槍を地面に突き立て、その勢いを止めた。


 向こうではクレアも空中で身体を捩り、体勢を建て直すところだった。



「ハァ、ハァ……槍が、増えたな!」

「っ────えぇ、見ての通り……」


 本来“キメラ・キャット”の特性は自身の魔力を武器に変換する、と言うものだ。

 精霊はいわば魔力の塊なので、普段きーさんは自身を変身させることで、武器になっている。


 そして今きーさんと“精霊天衣”で一体になることで、魔力を放出し物体を複数作ることが可能になっている。


「ふんっ、流石“精霊天衣”つーとこか。

 でもこっちが生身だからって、油断してると痛い目見るぜ!」


 ボードをターンさせるとクレアは再び上空へと舞い上がる。


「もう一度ぶちこんでやるっ!」

「いいえ、次は私の番ですよ」



 私は翼をめいっぱいにはためかせ、自分の身体を空中へ浮かせる。


 地面から足が離れ、少しずつその身体がクレアと同じ高さまで近づく。


「へぇ、やっぱ飛べたか!」

「ま、この翼も飾りじゃないんで」


 ちらりと観客席を見ると、セルマとスピカちゃんも、私たちの様子を固唾を飲んで見守っていた。


 今まで見上げるだけだった3人と、ようやく同じ場所で戦えるようになったのだ。



「いつまでもやられっぱなしもね」


 槍を1本取りだし、狙いを構える。

 そして手の中でそれに風の魔法で高速の回転を加えた。


「“コバルト・ライナー”!」

「っ────うおおっ!?」


 高速の回転を加えた槍を、クレアの元へ飛ばす。


 彼女はボードを旋回させると、その底面を盾に攻撃を防ぐ。



「ぐぎぎっ────だっ!」


 ボンッと特別大きな爆発音と共に、ボードの後ろから炎が上がる。


 その勢いを力に代え、私の投擲した槍を弾き返した。


「っぶねーな、おい!」

「もう一丁、行きますよっ────あ、やっぱ止め」

「おおぃ!」


 構えを解いたら、気を張っていたクレアが前へつんのめった。

 このまま遠くからチクチクと攻撃を続けても、結局はクレアは満足しないだろう。



「それじゃあ私も、ここへ来た意味がない、ですっ、もんっ、ねっ!」

「かもなぁ!」


 今度はお互いが示し合わせたように接近し、ボードと槍がぶつかり合う。


 高い金属のぶつかる音が一瞬響き、それが鳴りやまぬうちにまた二つの武器が交錯する。



「うおおおおおおっ!」

「ああああぁぁぁっ!」


 お互いの一撃をはじき、いなし、そして次の一手に繋げる。


 クレアのボードから噴出した炎が逸れ、すぐ向こうで爆発が起こる。

 私の槍から噴出させた水が熱に当てられ、水蒸気となる。


 互いが一瞬も気を抜けない刃の錯綜が、何手も続く。



「どりゃっしゃぁっつ!」

「ぐっ……!?」


 力で勝ったクレアが、私を小さく跳ね飛ばす。


 しかしその距離は、彼女がスピードをつけるには充分な距離だった。


「そらよっ!」

「っ────」


 旋回したボードからの一撃を防ぎきれず、私は堪えられず地面方向に叩き落とされる。


「“い、菖蒲噴流イリスジェット”おおおっ!」


 両腕からの水の発射で勢いを押さえ、何とか勢いを殺すが、押さえきれない。


 地面に激突する────!



「“シアン・バルーン”! っ────だっ!」


 咄嗟に背中の翼から空気を吹き出し、エアバッグにすることでかなり衝撃を和らげることが出来た。


 きーさんの意識と一体になっていなければ、こんな芸当簡単にはできなかっただろう。



「……………………」


 クレアはそれを追撃するでもなく、ただ黙って少し向こうの地面近くへと降りてきていた。


 私が起き上がると、彼女はニヤリと笑う。


「楽しいなぁエリアル。今まで出来なかった事が出来るようになった。今まで見れなかった景色を見れるようになった。

 だからアタシはまだまだ先が見てぇ。アタシの、そしてアンタの今ここよりも、その先をぶつけ合わしてぇんだ!」

「知ってますよ、次はどう来るんですか?」



 お互い終わりが近いことは感じている。

 もう、そう試合は長く続かないだろう。


 私もあとどれだけ、この“精霊天衣”が続くかは未知の領域だった。



「よし、テオにはやるなって言われてたんだけどな! もうこれで終わりでもかまやしねぇ!」

「もう終わりですか?」

「あぁ、『全力』じゃねぇ。『全身全霊』だ!!

 “フリューゲルプフェーアト・アイゲンズィン!」


 突然上昇したクレア、そしてその魔力の全てがボードへと集まり、収縮していっている。

 超高速の弾丸となって、こちらへ突っ込んでくる気だ────


「ようやく、アタシはこのボードの真価を発揮できる……!」

「うわぁっ……」


 あんな全力だの何だのと言っておいて、まだ自分だって力を残していたのか────


 そんな口からこぼれそうになった文句は、しかし上空のクレアを見てすぐに消えた。



「行くぞエリアルっっっ!!」


 クレアのボードの中で圧縮され高められたエネルギーは、太陽のように発光し雷雲のように瞬いていた。

 あの状態は、確実にこの一撃をもって全てを終わらそうとしている。


 今クレアは────限界を越えようとしている!!



「“ドラッヘ・ゲブリュル”!」


 その瞬間アデク隊長のパートナー、りゅーさんがかつて大ムカデを切り裂いた、あの炎を纏った急降下が、私の頭を一瞬よぎった。

 いや、あの時のものよりさらに強力なのは間違いない。


 私も全開で挑まなければきっと、タダじゃ済まない。


「”荒れ狂う群青スウィング・プルシアン“っ!!」



 地面に足を踏ん張り、魔力を両腕、そして槍先にまでに充填する。


 周りの空気をも巻き込み、その全てを高速のクレアにぶつける。


「おおおおおおおおっ!」

「くっ……!!」


 彼女の勢いに押され、強化した身体がギシギシと音を立て始めた。

 私も限界が近い、きーさんとのリンクが切れ、“精霊天衣”が解除されようとしている。


 でも、ここで押される事はできない。

 真っ向勝負を受けたからには、私も全身全霊で────!


「ぁぁぁぁあああああっ!!」






 一瞬の力同士の交錯は、しかし永遠にも感じられる時の中で決着が確かなものになった。


「っ────」


 “精霊天衣”が解け、きーさんと私が別々に戻る。

 でもおぼつかない足を踏ん張り、きーさんを抱き上げ、私は立ち続けた。


 そしてクレアもまた、私の背後でそのまま棒立ちになっていた。



「楽しかったぜエリアル、またやろうな……」

「ごめんなさい。やっぱりクレアとは、一緒に闘う方がいいです」


 それを聞いた彼女は、少しだけ満足そうに笑う。


「はっ、何だそれ……嬉しい、じゃんか……よ────」


 どさり、カランという音がして、クレアとそのボードが地面に伏せたのが分かった。

 呼吸を整えるため、小さく息をつく。



 それと共に、試合終了の合図が鳴った。



 勝者、エリアル・テイラー!


 爆発のような歓声が湧き、観客が少ないにも関わらず今日一番の熱気に会場は包まれた。



 以前クレアを連れ戻すためにした、咄嗟の啖呵────それがまさか、こんなことになるなんてずいぶんと遠くまで来てしまったものだ。


 ただ初めてお互い、全身全霊でぶつかれた。

 クレアと正々堂々と刃を交えることが出来た。



 それは私にしては珍しく、少しだけ戦いの後でも清々しい気分になったのだった。


「つっ────おとと……」


 しかし、流石に身体が限界だった。


 会場の今だ鳴り止まない歓声の勢いに押され、私は思わず倒れこみそうになる。



「おっと。危ねぇな」

「え、クレアっ……?」


 私を支えたのは、先ほど倒れたはずのクレアだった。


「だ、大丈夫なんですか?」

「なわけあるか。同じくらい足フラフラだし、おかげで全身いてーよ」


 と言いつつ、クレアは私より足取りがしっかりしてる気がした。

 何と言うか、相変わらず頑丈だ────


「クレア、貴女の本気充分に体感しましたよ」

「そうかい、そりゃどーも。あと、ありがとな。

 ほら、アタシに勝ったんだからしゃんと歩けよ」



 もう歩くのがめんどくさそうなきーさんと共に、私たちは闘技場をあとにした。


 ただ会場の歓声だけは、私たちが去っても暫くは鳴り止まなかった。



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