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帰りたい(264回目)  2つの因縁



 私とイスカの試合が終わり、本選1日目のプログラムが全て終了する。

 ただ私は次の日に行われる会見の前に、病院へと足を運んだ。


 昨日イスカの容態は予想以上に悪かったらしく、彼女はアリーナの救護室ではなく、近くのエクレア総合病院へ運び込まれたのだ。



 私が病室前へ到着すると、ちょうどロイドが出てくるところだった。


「あっ、ロイド。会見には行かないんですか?」

「この後行く。アイツは無事。今は眠ってるだけ。お前はもう行け」

「ちょっと……」


 ロイドは私をつっけんどんに突き返そうとした。


 まぁ眠ってるなら会っても仕方ないし、無事ならそれで良いのだけれど、せっかく来たのだし一目イスカの顔だけでも見たかった。


「少しだけでも、会わせてくださいよ」

「昨日試合でさんざっぱら顔突き合わせてただろうよ。

 いま会っても試合相手なんだから、冷やかしにしかなんねぇよ」

「うー……」


 まぁそう言われてしまっては、無理矢理ここを通るわけにも行かない。

 余程私に会わせたくないのか、ロイドの理論武装は完璧だった。



 しかし仕方なく帰ろうとすると、私なあとからもう一人、お見舞いの客が来た。


「おっ、2人とも昨日はお疲れー」

「リゲル君……」


 彼とは昨日試合前に会ったばかりだけれど、またこうして顔を突き合わせる事になるとは思わなかった。


 しかし来てくれて残念だけれど、今イスカは会える状態じゃない。


「無事らしいですけど、いま眠ってるそうです。私もいま帰るとこで」

「そうなの? ちょっと聞きたいこともあったんだけど」

「こんな時にですか?」


 別に今日でなくても、彼女はこの街にいるのでいくらでも彼女と会う機会はあるはずだ。



「今度にしましょ。今からまだ用事が────」

「ま、待って……」


 声のした方、振り向くと病室のドアを開けてイスカが立っていた。

 しかしまだ体力が戻っていないのか、足元はおぼつかず顔も真っ青だ。


「イスカ! 寝てなきゃダメじゃないですか!」

「う、うん……この4人だけで会うのは初めてだね……おっとと……」


 よろけた彼女を、当たり前のようにロイドが支える。


 そうか、確かにイスカの言う通り、いつも私たちで会うときはミリアも一緒だった気がする。



「早く済ませろ」

「ありがと……2人ともお見舞いに来てくれたんだね。しばらく休めば大丈夫だから、心配しないで……」

「わ、分かりました……」


 本人がそう言うなら、今はそれを信じるしかない。

 仕方ないので引き下がることにする。


「あとリゲル君は、僕に用事だよね。中で話そ……」

「オッケー、お邪魔しまーす」


 遠慮なく、といった感じでリゲル君は病室へ入ろうとする。



「ちょっと……!」


 何の話だか知らないけれど、さすがにこの状態のイスカに長話をさせるのは無茶だ。


 しかし慌ててリゲル君を止めようとしたら、それをロイドに阻止された。



「オメーは今からアリーナ行くんだろ」

「いやそうですけど────ああぁぁ……」


 襟を捕まれて、私は病院の廊下を引っ張られる。


 その間にもリゲル君はイスカを支えて病室へ行ってしまった。




   ※   ※   ※   ※   ※




 会場では既に、私とロイド以外の6人の参加者が集まっていた。



「遅れてすみませーん────あ……」



 控え室入った瞬間、既にいた彼らに睨まれた気がした。

 ほとんど貫くような眼光が、痛く鋭い。


 しかしすぐにその目線のほとんどは私ではなく、その後ろのロイドに向いていることに気付く。


「……………………」

「なんだよ?」

「いえ、貴方も大変ですね、って……」


 いや────その中の1つは私とロイド、そのどちらも向いていない。


 【不屈のアーロ】、彼は椅子に座りただ目をつぶっているだけだった。



 そして2つ、こちらに向けられた目線が。


「おはようございます。クレア、セルマ」

「おはようエリーちゃん」


 少なくともセルマは多少緊張しているようだけれど、いつもと変わらない程度だった。



「最後とは余裕だな」


 対してクレアも、いつもと変わらないと言えば変わらないけれど────



「2回戦、よろしくお願いしますね」

「分かってる、手ぇ抜くなよ」

「抜きません」


 断言した私に、クレアは少し驚いた様子だった。


 いつもいつも思うけれど、そんなに真剣に取り組む私は意外かね。



「まぁ、なんでもいいや。アタシはアタシの目標に突き進むだけさ」


 この大会でのクレアの目標はもちろん、優勝することだろう。

 大会で名をあげて、出世のための足掛かりにしたいと言うのは、兼ねてからの彼女の考えだ。


 出会った頃に比べるとその傾向は弱くなったにしろ、上ににいきたいと言う彼女の向上心は変わらないと言っていた。



「なにか作戦でも?」

「ねぇよ、そんなもん」


 そう言う彼女は、何だか不思議な感じだった。


 彼女は自信満々────とも近いようで違う、何かかくあるべき一点を見つめている感じだ。



「リーダー、ちゃんと見てろよ。アタシを」




   ※   ※   ※   ※   ※




 次の日に始まる2回戦、1試合目は例のごとくセルマの試合だった。


「っ────!」

「どうしたどうした! 女がこんなところ来るべきじゃねぇんだよ!」


 相手はレース9位の協会員の男性だった。


 どうやらトンファーによる接近戦を得意とする相手のようで、セルマは1回戦よりも苦戦させられている。



「だったら──“全方位鎖封じオールディレクションチェイン”!」


 距離をとったセルマが、周りに鎖を張り巡らせる。


「ふんっ、このまま締め上げるつもりか!? 発想がひ弱な女のそれだ!」


 敵は自身に迫る鎖を全てトンファーで絡みとり、一直線にセルマへと迫る。


 そしてその頭へ、鋭い手刀を振り下ろした。


「テメーも所詮敗者だあぁぁっ!」

「────“スタッブシャイン”!」



 攻撃が当たる瞬間、セルマの口から強烈な閃光が放たれた。


 そして手刀を難なく杖で弾くと、彼女は敵の腹部目掛けて回し蹴りを放った。



「なぁにっ────!」


 視界を奪われた上に、思いもよらない反撃をくらい、敵はパニックだった。


 それでも体勢を建て直そうと後ろへ跳び、距離を取る。



「“ハイ・バリア”!」

「ぶっ!」


 後ろへ跳んだ瞬間、その先へセルマがバリアを展開し、相手はそれに強く頭をぶつけた。


 そしてそのまま地面へ倒れると、静かになった。



「ふうっ! 自分も女の子も、あんまりナメないで頂戴!」


 会場にセルマを称える歓声が響いた。


 2回戦第1試合、勝者セルマ・ライト。

 ついにうちの小隊のひとりが、準決勝にコマを進めたのだ。


 しかしそれを差し引いても何だかとてもセルマが勝ったのはスッキリした気分になる。

 会場の雰囲気も大分彼女に寄っていた。


「セルマさん応援してた人、多いみたい……」

「相手がヘイト集めたおかげだろ。でもこのまま決勝とか行っちまったらおもしれーよな」


 確かに今この大会で一番勢いがあるのはセルマだろう。


 でも────


「次セルマが当たるのは、ロイドかヘレナさんです。

 そう簡単に行く相手でもないはずでしょう」



 そうこういう間にセルマがステージを出ようと、歩き始める。

 どうやらこの後は控え室前でインタビューを受けるらしい。



「うぅ……」


 そしてようやく、セルマにぶたれて気絶していた協会員が、医務員に起こされ目を覚ました。


 暫く周りをキョロキョロ見回していた彼だが、モニターに映し出された結果を見て、表情が固まる。



「負けた……?」


 呆然と呟いたのが私には聞こえたけれど、彼の表情はそこからワナワナと怒りのものにかわって行く。


 ほとんど不意打ちのような負けかたをしたのもあるだろう。

 自身が敗北したと言う結果を、受け入れられないのだ。



「ふざけるなよ! あんな試合があってたまるか! 不意打ちで勝って神聖な試合に泥を塗りやがって!」


 ワーワーと喚き散らす彼は、ついに落ちていたトンファーを再び持ち、セルマの元へ走り出した。


「オレ様が女に負けるはずがねえ!!」



 しかし駆け出した瞬間、その醜い悪足掻きは強引に止められた。


「どけよ、邪魔」

「がはっ────!」


 いつの間にか会場に立っていたロイドが、協会員を横から蹴り付けた。

 彼は大きく飛ばされ、観客席前のバリアにぶつかりそのまま地面に落ちる。



「次の試合も詰まってんだよ、不行儀男」


 今度こそ、動かない────


 あの様子じゃしばらく、仕事への復帰も無理だろう。



「ありがとう、助かりました」


 事の顛末を黙って見ていたセルマが、頭を下げる。


 しかし彼女を、ロイドは鋭くにらみ返した。


「白々しい。充分反応できてたろ」

「まぁ、助けていただいたので……」

「貸しにはしねぇよ。準決の相手はアンタってことだろ」


 宣戦布告されたセルマは、さほど驚いた様子もなかった。


 ただ目の前にいるロイドの目を、グッと見据えている。


「楽しもうぜ、お前はヤバそう・・・・だ」

「女の子にそれは、失礼よ」



 セルマはそう言ってから、静かに立ち去る。




 そして2回戦第2試合が、まもなく始まった────


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