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帰りたい(262回目)  シェイク!!


 割れるほどの痛みが脳天から稲妻のように走る。


 額が割れて、血が滴った温もりが、静かに下へ降りて行った。



 お互いにフラフラと距離をとったところで、私は拘束を解く。


「ごめんなさいね。少しだけ、熱くなりすぎました……」

「初めてだね────君が自分のため・・・・・に怒ったの……」


 そうだ、この感覚は長いこと忘れていたけれど、自分本意の怒りと言うヤツだった。



 久しぶりに思い出したこの気持ちを振り払うように、私は垂れた血液を軽くぬぐった。



「その拘束、よく解けたね。攻撃されたとは言え、そう簡単に外れるほど緩く縛ってはないんだけど────」

「あぁ、いつまでも縛られてちゃ戦えませんから。それにこの脱出方法も、貴女のおじさんに習ったんですよ?」

「人のおじさんを良いように使いすぎだよ、全く……!」


 そう吐き捨てながら、イスカは震える手を額に当てた。


 どうやら頭突きがかなり効いていたらしい。



「ふふっ、まだ怒ってる?」

「もちろん────頭突き一回じゃ足りません」

「そうだね! そうだろうともっ! それからどうするっ!? “グランド・セット”!」


 イスカは樹木に変化させた両手を地面をついて、そのまま大地のエネルギーを吸い上げる。

 揺らめくように波打つ地面、そこから集めた力を彼女は、一点に集めようとしている。


 大技が、来る────!



「一体どういう仕組みですかっ、いつ見ても分からないっ。“ウィステリア・ミスト”!」


 周囲に霧を張り、居場所を霞に隠す。


 あの技は威力が高いけれど、直線的な分狙いを正確に定めなければいけないはずだ。



「隠れたな!? 出来てきてよエリー!」

「……………………」


 居場所の特定をされないためにも、声は出せなかった。

 その間にもエネルギーは溜まり、イスカの口がガバッと開く。


「“プラス・魔力砲ファル”!」

「っ────!」


 貫くような魔力砲ファルが、私のすぐ横を掠め、会場の観客席とグラウンドを隔てるバリアに当たる。


 衝撃で空気が揺れ、じんじんと耳が痛んだ。



「はぁ、はぁ…………外しちゃった……!」


 イスカはかなり消耗しているようだった。

 そろそろ接近して決めることも、視野にいれておきたい。


 ただその前に一旦落ち着いたところで、相棒には文句を言っておきたかった。



〈さっき捕まった時、なんで助けてくれなかったんですか〉

〈僕捕まってたし。あと何か大切な話してるなー、と思って〉

〈もう……〉


 きーさんは人の言葉を完全には理解できないけれど、私の心の機微が伝わっているので、会話の内容を察したのだろう。


 肝心な時に助けてくれない相棒は、意地悪だ。



〈それよりこの状態、長く続かないよ〉

〈分かってます……〉


 私の魔力で作り出した霧は、寿命が短い。

 いつまでも逃げ隠れできるほど、私はまだ強くなってはいないんだ。


「“灰氷菓フロスティグレイ”!」

「“ピックアップ・パイン”!」


 松に変化した腕で、飛ばした氷のつぶては簡単に防がれた。

 やっぱりこの距離からじゃ決めきれないか────



「エリー、僕はそろそろ限界だよ! 決めさせてもらうから! “ビックアップ・シダー”!」

「っ────!」


 先に動き出したのは体力の限界に近いイスカの方だった。

 彼女が右腕を変化させた杉の木が、周りに花粉を散布し始める。



「うわ、陰湿っ────べくしっ!」


 息が苦しくなり、たまらず霧の外に転がり出る。

 呼吸攻めをしたイスカ自身は、やはり特に苦しくはない様子だった。


「少しなら光合成も出来るんだよ! そこ見つけた! “ピックアップ・アカシア”!」


 私を捉えたイスカが、再び腕を伸ばす。


 それぞれの枝葉は触手のように動き、また私を拘束しようと蠢いていた。



「何度も……同じ手には付き合いませんよっ! きーさん槍! “珊瑚連斬コーラルビート”!」

「小癪なぁ!」

「ずいぶん固い! 木ですねっ!」


 自身に迫る木々を断ち、イスカまでの距離を保つ。


 さっきから無尽蔵に放出されているように見える木だけれど、イスカの体力に応じて少しずつ動きが鈍っているのが分かった。


 沢山の樹木は、彼女にとっても視界を塞ぐ要因のはず。

 このまま疲れを誘って、動けない程バテたところを一気に叩けば────



「何てねっ!」

「っ!?」


 木の影に隠れた瞬間、突然目の前にイスカが現れた。


 驚いて槍を振るうと、木々が目の前を塞ぎ、既にそこに彼女はいなかった。


「次はこっちだよ!」

「うわっ────」


 今度は危機いっぱつ、肩に手を伸ばしてきたイスカの腕を避ける。


 そして再び彼女は木々の間へと消えた。



 何だ────ほとんど瞬間移動のような速さで、周りを移動している。


「まさか、木の中を移動してる……?」

「そのまさか!」


 次の背後からの奇襲に、私は槍で対応する。

 しかし不意を突かれたせいで、完全には受けきれず。


 勢い余った刃の切っ先が、彼女の右腕に突き刺さる────


「うぐっ……!」

「しまったっ、イスカ!」



 大きな怪我は、させないつもりだった。

 いくら怒っていても回復できる相手でも、それくらいの分別は残している。


 それがあんな風に接近してくるだなんて────


 しかし彼女は苦しい顔を浮かべるも、そのまま不適なに笑った。


「バーカ! 心配してる場合かな!?」

「うおぉっ?」


 彼女の腕が植物に代わり、きーさんの槍を巻き込んで成長して行く。


 抜こうとしても深く突き刺さった槍はビクともしなかったし、恐らく猫に戻っても絡めとられてしまうだろう。


「このまま猫ちゃんは、脱落で良いよね!?」

「きーさん!」


 ここできーさんを持ってかれるのはマズい。

 イスカの木への対抗策が、なくなってしまう。


「なら、こうするしかないですよね……」



 私はイスカに、空いた左手をかざす。


 反撃が来ると思った彼女は、しかし私の行動に小首をかしげた。


「ん……?」

「“深紅振動クリムゾン・シェイク”!!」



 揺れる鼓動、沸き立つ血潮、昏倒する視界────あまりこの技は、使いたくなかった。


「あっ……ああ…………あぁあぁぁぁっ!」


 イスカは両手で頭を押さえて、膝を付いた。

 アリーナに彼女の絶叫が響く。


 力が緩んだ隙に槍を急いで抜いた。


「ああぁぁぅぅ……! 頭が痛い!! なに……これっ!?」

「それは自分で考えてください」

「くっ────」


 イスカは意識からがら、後ろに飛び退いて木の中へ潜った。


 そして気付くと、少し向こうの樹木の根っこから顔を出す。



「直った!! まさかこれ────そう言うことか。君も罪な女だねぇ」


 察しの良い彼女は、もう既に何かを掴み始めている。

 ニヤリと笑うその顔からは、しかし確実に余裕が消えていた。



「ほっといてください……」


 以前エクレアの街が、正体不明の集団頭痛に襲われたことがある。


 アデク隊長のような鍛練を積んだ者以外は総じて強烈な頭痛に襲われると言うあの現象は、未だに世間では謎が解明されていないそうだ。


 一説では敵の侵略だの、精霊の力だのと言われているけれど────実際のところあれは私ときーさんが起こした魔力波の揺らぎだった。



 きーさんから伝播した魔力波を狂わせ同族を誘惑する“催淫”が、不完全な状態で私から放たれ周りの人に頭痛を与える「攻撃」として発現してしまったのだ。


 きーさんと威霊の峡間径を巡礼することで、それをコントロールできるようになった私は、同時に範囲を操作しての解放も可能になった。



「まさかあの事件の犯人が、君だったなんてね……」


 観客に聞こえないように、彼女は小声で言った。


「わざとじゃないんですよ……あまり使いすぎるとバレるので、これはなるべく使いたくないんですが……」

「いいよ、言わないでおいてあげる。そもそも、それで勝てる訳じゃないしね」


 そう言うと、イスカはその場で両手を広げ深呼吸をする。

 会場の沸き立つ空気でも、肺に入れればいくらか気持ちいいだろう。


 もう花粉の影響もほとんどない、つられて私も少し呼吸を整えた。


「いい加減疲れたよ────」

「私もです」


 お互いの目をしっかりと見つめ合い、決着の時が近いことを知る。


 順当に行けば、私はこの試合に勝てるだろう。



 でも相手はイスカだ、最後の最後まで油断できない────



「最後だよ! “ピックアップ・ファーン”!」

「くっ……!」


 空を多い尽くす程のシダが私の周りを囲み、土埃を上げて回転する。

 四方を塞がれ閉じ込められた私は、脱出しようと試みた。


「“珊瑚連斬コーラルビート”!」


 しかし乱回転する植物の穴はすぐに塞がり、私の抜け出すスペースはなくなってしまった。

 各なる上は全部切り刻むか────


「そうはさせないってぇの!」

「おっと」


 背後からイスカが飛び出してくる。

 やはり高速移動にも似た植物間の移動は、この上なく厄介だった。


 しかも段々とシダは私に迫り、立っていられる空間が狭くなってくる。


「このまま捕まえる気ですかっ?」

「そうだよ!」


 四方から飛んでくるイスカの攻撃は、反応するのが難しい。

 しかし私はこの状況に違和感を覚えた。


 イスカは今、出来るだけ魔力や体力を温存したいはずだ。

 例えば彼女の出したビームは地面からエネルギーを吸い取る関係上、燃費は悪くないと聞く。



 それをわざわざ接近して来たと言うことは────



「技を誘導されている……?」


 ただ、ここから突破する手立てがそれしかないのも事実だった。

 彼女の策略に乗るようで癪だけれど、今出来るのはこれしかない!


「“深紅振動クリムゾン・シェイク”!」

「くぅ……!」


 ツタの動きが止まり、全てがシュルシュルと一点に収縮して行く。


 そして見つけたその中心に、彼女がいた。


「イスカ……」

「うぅっ────ふふん? 痩せ我慢だけどキツいけど、突破口は見つけさせて貰ったよ……」


 そう言いながら、彼女はフラフラと此方へ走ってくる。

 ただ彼女は今もなお強烈な頭痛に耐えている。


 もはや立っているのさえ限界なはずだ。

 私が何をするまでもなく、倒れるに違いない。



 あとはそう、緩やかにこの試合を────


「バカだねぇ。何でも一人でやって、思い通りになると思うなよ?」

「えっ……」



 その瞬間、私は彼女の次の一手を止められなかった。

 腕を鋭く尖った木材に変えて、その細い首に突き立てる。


「“ピックアップ・リグナムバイタ”!」

「っ────!」



 刃物のように鋭いそれは、あっさりとイスカの生命線を刈り取り、後には混乱する私だけが残る。


 目の前で、イスカの生首が、地面に落ちた。



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