修行して新しい戦法を身につけた今のクレアと本気で戦って勝つのは、やはり難しそうだった。

「だったら私にも、考えがありますよ」

　ここで負けるわけにはいかない。

　クレアには悪いけど、勝つのは私だ────

「“ウィステリアミスト”！！」

　私は霧を周りに張って、姿を隠す。

　これでクレアから私の位置は、補足できなくなったはずだ。

「くそっ、チクショウめどこだ！　このっ！　“ザラマンダー・ヒッツェヴェレ”！」

　ボードを無闇に振り回し、火炎の斬撃を飛ばしてきた。

　それを掻い潜って、私は風を吹かせる。

「“ローズレットブラスト”！」

「くっ！！　隠れてないで出てこいよ！　真正面からが怖ぇのか！？」

「えぇ、怖いですよ────“灰氷菓フロスティグレイ”！」

「くっっそ……！」

　風に乗せた氷のつぶてを、クレアはボードを盾にして防いだ。

　キンキンという甲高い音が響く。

　その隙に私は、クレアの懐まで接近した。

「しまっ────」

「“碧鹿エメラルドハインド”！」

　土手っ腹からの放水砲に打たれ、地面を転がって行く。

「がっ……！」

「はぁ、はぁ──さっきのお返しですっ」

「効いたぜ……あぁ、効いたよ……！」

　しかしその程度でクレアが倒れるわけはなかった。

　ボードを杖代わりに、フラフラと立ち上がる。

「どうも。じゃあもう一度、“ウィステリア────」

「させるかよっ！」

　再び霧をはる前に、クレアがボードで接近をしてきた。

　展開が間に合わず、私は横に跳んで避ける。

「危ないっ……」

「そう何度もさせてたまるかよ！」

　そりゃあそうだ、私の姿を捉えられないというのは、クレアにとってはストレスだろう。

　ならばやはり、私としては安全圏からの攻撃を続けたい────

「“アクセル・エクルベージュ”！」

「くっそ、逃げんな！」

　私は僅かに足裏から吹き出した空気で身体を浮かせ、クレアから距離をとる。

　そして間合いがとれたのを見計らってから、霧をはる。

「“ウィステリアミスト”！！」

「ちっ────！」

　充分に距離をとったここからでも聞こえるほど、明らかな舌打ちが響く。

　そしてついに業を煮やしたクレアは、ボードでこちらへ接近してきた。

「いい度胸じゃねぇか！　だったらこっちにも考えがあるっつーんだよ！」

　霧の中へ飛び込んできたクレアは飛び降りると、そのままボードを掴んだ。

　すると腕の上でボードが、ガシャガシャと変形して行く。

「なっ────」

　明らかにボードとは別種の武器の姿だ。

　一瞬背筋にヒヤリと冷たいものを感じて、私は咄嗟に身を屈める。

「“一角獣アインホルン・ラーゼン”！！」

「をぅっ……………………！！」

　強烈な衝撃波が霧を貫き、そこだけぽっかりと空気の穴が空いた。

　横へ吹く風圧だけでも、その一撃がすさまじいことを物語る。

　別に風の魔力を使ったわけではない、ひとえにあのクレアの腕に装着された武器によるものだろう。

「杭打機パイルバンカー、ですか……」

「だぜっ！　見たかこの、威力！！」

　ボードが変形したクレアの杭打機は、それはすさまじい攻撃力だった。

　杭を打ち出すだけだと侮るなかれ。

　その延長線上に入っただけでも風穴が空きかねないというのは、先程の霧が充分に物語っている。

　まるでスピカちゃんの1回戦の相手、ヘレナさんの剣を延長するビームだ。

「もういっちょ行くぜ────そこかっ！？　それともそこか！？」

「ひぅっ……」

　まるでしらみつぶしのように、霧の中からあらゆる方向に衝撃波が飛ばされる。

　こんな戦法、もはや狂気だ────

　そして霧は散らされ、私の姿が露になる。

「ふはっ────ようやく見つけた、ぜ……！」

「何でこんな方法を……」

　あの杭打機は、どうやらクレアの魔力によって打ち出されているようだった。

　スピカちゃんの使う魔力銃と同様、込める魔力によってそのパワーを調節できる類いのものだろう。

「はぁ……はぁ……アンタには、わかんねーのかっ？」

「さぁね。でも延長線上に入らなきゃ、こっちのもんですよ」

　そして今それを乱れ打ちしたことで、クレア自身はかなり体力を消耗しているようだった。

　それに杭打機自体からも、白煙が上がっている。

　あの武器は、今のような使い方を想定していないのではないだろうか。

「じゃあ繰り返しますよ、もっかい“ウィステリアミスト”！！」

「しつけぇよ！」

　確かに何度も霧の中に入っては小技を繰り返す私は、観客から見てもつまらない戦いをしている。

　ただ、確実にクレアは弱っていた。

　このまま距離を保ちつつあの厄介なボード武器を無力化できれば、それに越したことはない。

「────ま、いいや。そろそろ潮時だろ。アンタはそう来ると思ってたよ」

「へ？」

　またつっこんで来ると思ってたのに、クレアは予想に反してスンとその動きを止めた。

　諦めた────いや、違う！

「前に姿の見えねぇ敵と戦ったとき、アタシ思ったんだ。

　今後同じ目に遭ったとき、どうすんだって。また命あって帰れる保証はねぇ。だからよ────」

　またボードが変形し、先から針が飛び出た。

　クレアはそれを垂直に、地面へと突き立てる。

「送雷針────“アインホルン・シュトローム”！」

「あっ……」

　この方法は、見覚えがある。

　以前リアレさんが凱旋祭の時に使った、周りに微弱な電気を流し込み敵の位置を走査する方法だ。

「っ！　“菖蒲噴流イリスジェット”！！」

　場所を捉えられるのはマズい！

　慌てて私は両手から水流を吹き出し、空中に逃げる。

　しかしその咄嗟の判断が一番の悪手だった。

「見つけたそこかっ！　“ドラッヘ・アクスト”！！」

「っ……！」

　空中はクレアのボードの独壇場だ。

　周りの走査で私を見つけた彼女の一直線の攻撃が、私に直撃する。

「あっ……がはぁぁぅ────」

　意識がトビそうな衝撃が、右脇腹の辺りから全身に広がる。

　地面に叩き落とされ、そのまま痛みでのたうち回る。

　訓練でもクレアにここまでされたことはない、正直かなり痛い────

「ううぅぐうっ……」

「刃はしまったけど、相当効いたみてぇだな。

　でもまだ、くたばったなんていわせねぇぞ」

「いっ、言いませんよ……ふぅ……」

　呼吸を整えるため、小さく息をつく。

　クレアの渾身の一撃、それを喰らって私もようやく少し冷静になった気がした。

　やはりお互いの得物を交えてみて、どうにも違和感が拭えない。

「ねぇ、クレア────」

　この試合でクレアは、有効な手立てがある場面でも、わざとそうしない所が何度かあった。

　例えば最初にボードを使ったとき、あのまま空からの攻撃を繰り返していれば、私は何も出来ず──とは行かないまでも、今以上の苦戦を強いられただろう。

　霧の攻略だって、電気を送ると言う有効な手段がありながら、わざと最初には体力の使う杭打機での乱射を試みた。

　今だって、私が堂々と地面に大の字になっているのに、追撃さえしてこない。

「ねぇ、クレア。ひとつ聞かせてください。

　クレアの言っていた『全力』って、どういう意味、ですか……？」