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帰りたい(265回目)  勝つのは私だ


 そして次の日、決戦当日は来た。

 エリアル・テイラー対クレア・パトリス。


 同じ隊での選手のぶつかり合いと言う事があっても、特に注目されることはなく会場は空席が目立った。

 多くの客が3試合目までを見て帰ってしまったらしい。


 まぁマグレで勝ち上がった落ちこぼれ軍人と、まだ入隊して間もない勢いだけの軍人の対決を見たい人など、物のついでかよほどの物好きくらいだろう。



 少なくとも、周りの目はそうだ────


「よぉ、よく逃げずに来たな」

「よくそんなお決まりのセリフを……」


 しかし、現れたクレアは真剣そのものだった。

 世間に注目されていなくても、観客にどう思われていようと、その目に揺らぎはなかった。




 私たちアデク隊が結成されて1ヶ月を過ぎた頃、大見得を切ってしまったことがある。


「その前に貴女は目標にしなきゃいけない人っているんじゃないですか?」


 出世と戦場の空気で周りが見えなくなったクレアに、私はそんなことを言った。


 あの時は一刻も早くクレアを連れて逃げることしか考えてなかったけれど、我ながら大きく出たものだ。


「私、まだ貴女に本気の力を見せた覚えはないですけれど」



 そう言えば、そんなことも言ったなぁ────


 本当はクレアの前に限らず、私は本気じゃなくても必死だった。

 手なんて抜くまでもなく、必死に生き抜いてきた。


 必死に考えて、必死にすがり付いて、いつも必死に任務をこなしてきた。




「クレア、今さらこんなこと言うのもあれですけれど。

 私は常にボーッとしてるから本気にならないだけで、ポリシーとか力を隠してるとかじゃ、ないですからね」

「知っとるわ、とっくの昔にそんなこと」


 私の心配を、クレアは鼻で笑い飛ばす。


「それでもアタシは、今のアンタと闘いたい。だからそんなことは、どうでもいいんだ」

「そうですか……」


 まぁ啖呵切った手前クレアとの闘いはいつかは避けられないと思っていたし、表向きはそれでこの大会にも出ている。

 実際に当たるとは思っていなかったけれど、いい機会だろう。


 ただし────




「やるからには本気、出しますからね……?」

「ふっ……!!」


 不適に笑うクレアと共に、試合開始のブザーが鳴った。


 瞬間、クレアが担いでいたボードを使い空高く舞い上がる。

 そしてバリアの張られたアリーナの高度限界ギリギリで、クルリと回って見せた。


「おぉ、お見事……」

「見ろよエリアル! これがアタシの新しい機動力だ!」

「知ってますよ、レースでも使ってましたもんねっ、“ティール・ショット”!」


 試しに氷の塊をひとつ、指先から弾丸に見立てて発射する。


「当たるかぁ!」


 弾はボードの底部に当たり、あっさりと弾き返された。


 やはりあのボード、彼女を支えるだけあって強度は折り紙つきだろう。

 このまま高度を保って攻撃を続けられたら厄介だ────


 そんな私の事を見下ろしながら、クレアは頂上付近のバリアを擦りながら移動する。

 ボードからでる炎が壁面に反射し、一種の火柱のようにギラギラと光った。


「何ですか、パフォーマンスのつもりですかっ?」

「そういうのは大切だろうよ!」


 まぁ私たちは客寄せパンダじゃないけれど、中継もされている以上、なるべくの目立つ行動もするべきなんだろう。


 ただし、それは余力がある場合に限る!


「ずいぶんと余裕見せてくれますね、今度はこれっ“セピア・ショット”!」

「さっきと一緒じゃねぇか!」


 氷の弾丸を、再びクレアはボードで護る。


 しかし、それは当然の事ながら想定済みだ。


「かかりましたね……」

「なっ!?」


 着弾した場所から徐々に、ボードが氷結していることにクレアは気付いた。

 そして苦々しげに歯軋りをする。


「そう言う猪口才なことをしてくんのが、アンタらしいよ────おととっ」


 氷でバランスを崩し、ボードはユラユラと揺れる。


 やっぱり空中で揺れる板に乗るのは、相当精密な調整や計算が必要なはずだ。

 そこに不確定要素を盛り込まれるのは、相当な痛手のはずだ。


「落ちてきたところを打ち落としますっ、そのまま降参してはっ?」

「だーれがするかよ! “グライフ・フランメ”!」


 ボードが白煙を上げ、氷がみるみると溶けて行く。


 内部温度を上昇させて、氷結の拘束を解いたのか。


「そう上手くは、いきませんよね……」

「お空がそんなにイヤか? だったらこうしてやんよっ! “ドラッヘ・アクスト”!」

「なっ!?」


 突然クレアはボードごと急降下をしてきた。


 先端の鋭い刃が一直線にこちらに向かってくる。


「ちょちょちょ、きーさん大盾っ」

「うおおっ!」

「っ────!!」


 きーさんの盾で受け流しても耐えきれない程の衝撃が、身体中に響く。


 強烈なノックバックに仰け反ると、力の方向を変えられたクレアが、地面をごっそり抉り通過していった。


「ひえっ……」

「当たらなくて良かったなぁ!」


 少し向こうで方向転換した彼女は、またこちらに向かってくる。


「おらっ!」

「ふぉ、危ない……」


 先端の刃を剣のように、横薙ぎに斬りつける。

 私はそれをしゃがんでなんとか避けた。


「やっぱりこのボードは厄介ですねっ、きーさん刺股さすまた!」

「おっと!」


 底面が見えた瞬間、私は刺股でボードの側面を押し上げた。


 クレアはバランスを崩したが、器用に地面に着地。

 ボードを回収しつつ、私と距離を取った。


「あー落とされた落とされた。やっぱテオの言う通り接近しすぎるとよくねぇな」

「じゃあ何故、わざわざ近づいてきたんですか?」

「何でだと思う?」


 またもや不敵笑うクレア────何かの作戦か?


 でも作戦なんてないとクレアは昨日言っていたし、しかしあれがブラフだったのか?


 でもでも、クレアはそんなことが出きるほど曲がった性格じゃないし────



「な~にボーッとしてんだ! 来ねぇならまたこっちからいくぜ!」


 今度はボードの端を持ち、独楽のように回転しながらこちらに向かってくる。


「ふざけてるんですかっ」

「いんや、アタシは真面目だぜ! “ザラマンダー・ヒッツェヴェレ”!」


 回転するボードの切っ先が赤く変色し、そこから半月状の火炎の斬撃が飛んでくる。


「おっと、“檸檬連斬レモンビート”!」


 水の魔力纏をした刺股で、火炎攻撃を防ぐ。

 しかし目を離した隙に視界の端のクレアが消えていた。


「どこに────」

「ここだっ!」


 聞こえた瞬間、すでにクレアが懐でボードを構えていることに気付く。

 これは防ぎきれない────!


「うあっ……」

「クソっ、後ろに跳びやがった。浅かったか!」

「ちゃんと効いてますよっ」

「そりゃ良かった!」


 お腹に喰らった衝撃にフラフラしていても、クレアの勢いは止まなかった。


「おらっ! おらっ!」

「きーさん槍にっ」


 振るわれたボードを槍の柄で護る。

 得物はこちらの方が扱いやすいはずなのに応酬できないなんて、やっぱり手数が多い。


 それに────それぞれ一撃が重い!


「そらよっ!」

「がっ……」


 クレアの力で、無理矢理後方へ弾き跳ばされた。

 身体を立て直せず、地面を転がる。



「っ、やっぱり接近戦強いですね……」

「ずっとそうやってきたからな」


 ボードを使い始めるまで、クレアはずっと術やナイフで戦ってきた。

 それでもあのミリアに一矢報いるほど、その力は鍛えられていたのだ。


 修行して新しい戦法を身につけた今のクレアと本気で戦って勝つのは、やはり難しそうだった。



「だったら私にも、考えがありますよ」


 ここで負けるわけにはいかない。



 クレアには悪いけど、勝つのは私だ────!



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