目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
帰りたい(261回目)  大嫌いだ



「オラッ! どうし!! たんだよ!! エリー!!

 そろそろ降参した方が!! いいんじゃ!! ないのっ!?」

「だっ──がぁっ……!」


 滅茶苦茶に放たれた樹木の質量の連続が、私の身体を大きく吹き飛ばす。

 意識が吹き飛びそうなほどの殴打の連続────


 周りから見れば、これはただ痛ましい蹂躙だろう。



「くそっ……! きーさんっ」


 飛ばされた私の身体に、きーさんの突進がぶつかる。


 しかし僅かに軌道が逸れたものの、私はそのまま無様にも地面に転がった。



「は? 何してんの……?」

「ちょっと荒療治です────がっ!」


 私はふらつきながらも、立ち上がる。

 そして戻った右肩を使って、強引に左肩を押し込んだ。


 途方もない痛みの後、両肩が動くようになったことを確認する。


「えっ、えっ?? 何でその肩、勝手に戻ってんの?」

「地面に落下した時に、戻したんですよ……」

「あー……」


 強い衝撃、正確な角度、後は経験────


 両腕が使えなくては流石に戦えないので、多少攻撃を喰らっても早急に直す必要があった故の、この荒療治だ。


「猫ちゃんで落下の角度をズラしたってこと? 正直あれで勝てるって、完全に思ってたんだけど……」

「それぐらい、予想済みです。3年の付き合いでしょう」

「ふーん、まぁいいや」


 あまり興味もなさげに、イスカはまた踏み込んだ。


 やはりさっきの不意打ちの仕組みは、あの靴か────



「次は捕まえるからね! そいっ!」

「きーさんこっちにっ、“アクセル・エクルベージュ”!!」


 背中にきーさんを乗っけて、私は僅かに足裏から吹き出した空気で身体を浮かせアリーナを滑走する。


 すぐ後ろからは噴火のように樹木が吹き出すけれど、私を捉えるには至らない。



 移動する私に嫌気が差したように、イスカの軽い舌打ちが聞こえる。


「だったら、これでどうっ!? “樹間落葉松大合掌”!」

「っ────」


 目の前を塞ぐように、樹木の壁が立ち塞がる。


 前後からの波、このまま押し潰す気か。


「“ローズレットブラスト/てん”!!」



 挟まれる直前、ブレーキ代わりに踏み込んで横に跳び、地面に放った風をクッションに体勢を立て直す。


 するりと木々を避けた私を、イスカは苦々しげに見ていた。


「はぁ、はぁ……ど、どうやら見破ったらしいね、この秘策……」

「まぁ、そうですね」


 樹木の応酬が止み、イスカが膝をついた。

 彼女の能力は、あまり燃費のいいものではない。


 にも関わらずあれだけの力を、しかも地面を掘り進めながら使い続けたんだ、無理もない。



「あとその靴、似合わないから止めた方がいいですよ」

「他人のファッションは、馬鹿にしちゃいけないんだよぅ?」


 多分彼女の靴の裏には、僅かに穴が空いている。

 そこから伸ばした木々が地中を伝い、あたかも予備動作ナシで私を追っているように見えるのだ。


 事実先ほど位置取りしたときから一歩たりとも、彼女は動いていない。


「うーん、1回戦でも2回戦でも思ったけれど、やっぱりエリーは強くなってる。

 正直ここまでやってくれるなんて、嬉しくない誤算だなぁ……」

「まぁ、【怪傑の三銃士】に教えてもらって、出来るだけの事はしましたから……」


 【怪傑の三銃士】との修行は厳しくも、私の闘いを根底から変えるものになった。

 3人はとてつもなくガサツで不調法だけれど、その戦闘能力に関しては間違いなくこの国の幹部たちのそれに匹敵する。



 少なくとも、私にかかりきりで教えてくれたこの期間は、とっても貴重なものだったはずなのに。


「ふぅん、おじさんたちに教えてもらったんだ。

 あの面倒くさがりの3人が、面倒くさがりのエリーをねぇ……?

 何でそんなに、君は頑張るのさ」

「え?」



 そう言えばイスカは、彼女は痩せたおじさんこと、ジョノワさんの親戚だった。


 その不意の質問に、私はとっさに答えられなかった。


「面倒くさがりって言うのは違うのかな、必要最小限?

 君ってば、こういう大会には絶対自分からは参加しないタイプじゃない」

「以前クレアと約束したんです。お互い、いつか決着をつけるみたいな事を。

 今回の大会はそういう意図で参加しました」


 詰まってしまったさっきとは違い、今度は上手く言えたはずだ。


 実際これに勝てば次の相手はクレア、約束は間違いなく果たされるだろう。


「ふぅん、そう言うところ君は真面目だよねぇ」

「あ、ありがとうございます……?」

「────ダウト。“ピックアップ・バンブー”!」


 突然、イスカの両足が竹に変化してそれをバネにこちらに接近してきた。


 かなりとっていたはずの距離を強引に詰められる。


「“ピックアップ・ローズ”!」

「うわきたっ、“バブ・プロテクト”!」


 鞭のようにしならせた棘付きのつるを、私は腕を凍らせ防御体勢に入る。

 しかしつるの鞭は予想を外れ、私のすぐ横を通過した。



「なっ────」


 つるが意思を持ったかのようにぐるぐると私ときーさんに絡み付き、動きを封じてきた。


 棘がギチギチと身体に刺さり、細かい切り傷から血が滴る。


「カモーン!」

「うわっ」


 強引に引き寄せられ、そのまま地面に転がされた。

 そしてそこにすかさず、イスカは馬乗りになってくる。


 まずいと思って脱出の手口を探したけれど、しかし彼女は急に静止し、耳元で囁いた。


「ねぇ、さっきのがこの大会に出た理由ならさ、僕に勝ちを譲ってよ」

「え……?」

「もう痛くしないから、上手いこと負けて僕を先に進ませてよ」


 あくまで観客たちに聞こえないよう耳打ちしてきた彼女の言葉に、私は眉を潜める。


「僕たちの隊は、パトロンを見つけるために勝ち残らなきゃならないんだ。

 それはレベッカ隊長からも聞いてるでしょ?」

「えぇ、まぁ……」


 今回イスカたちの隊が大会に参加した第一目的が、それだった。

 全国的に注目されているこの大会では、パトロン候補に力を示す絶好のチャンスなのだ。



「いいえ、申し訳ないですけど、やっぱりクレアとの約束があるので────」

「それだって、ここで負けとけば言い訳が立つよ。

 僕は生活がかかってる、君はもう痛くないし面倒くさいことから逃げれる。お互い損はないはずだよ」

「…………残念ながら、それは出来ません」


 八百長での降伏────少し以前の私なら、その条件も呑んでしまっていたかもしれない。


 大会にも元々出る気はなかったし、れっきとした言い訳が出来て、別の機会にと約束を反故にする手も考えたはずだ。



 でも私が大会に望む動機は、それだけじゃない。

 勝ち残らなければいけない理由がある。


 だからイスカからの提案は、到底了承できるものではなかった。


「それだよ、違和感しかないんだよね、君のそれ。

 君がそこまで本気になるなら他に何かある・・・・

「………………」


 そう言い切ったイスカの言葉を、私は否定できない。


 吐息がかかる程顔が近づいてようやく分かる彼女の本気、暗い目の底に映る消えない炎。


「いつから、そう気付いてたんですか……?」

「言ったでしょ、あときっと誰かにも言われたでしょ?

 君が思うよりたくさんの人が、君の事を見てるって」


 そう言えば、そんなことをイスカは前に言っていた気がする。

 きーさんもレベッカさんにも、それに近いことは言われた。


 あの時言われたことがずっとピンと来ていなかったけれど、それをこのタイミングでイスカが出してきた事に、私は動揺してしまった。



「邪魔するって言った目的、そう言えば話してなかったよね。

 僕はね、エリー。そうやってがむしゃらに戦う君が嫌いなんだよ。

 目の前の事だけを見つめて、ただ自分が正しいと思って、みんなに迷惑かけまいと必死になって、いつも独りで・・・突き進む君が、大嫌いだ」

「な、なんでそんなこと────」



 正直言って、その言葉はかなりショックだった。


 今まで頑張ってきた自分の全部が、全て否定されたようだった。


 頑張る自分が嫌われていた、誰の損にもならないように立ち回ってきたのが、嫌がられてた。



 他の誰かならいい、他人にとやかく思われるのは、慣れている。


 したっぱを続けて、ずっとずっとそうだったから、もうなにも感じない。



 でも────



「何かあるなら、言ってみなよ、エリー」

「なんで、分かってくれないんですか────」



 私を見てくれていたと言ったイスカが、私の事を否定した。


 ずっと頑張ってきたはずの私を、嫌いだと言った。



 私は嫌なことを頑張って。


 いっぱいいっぱい我慢して。


 大人の言うこともちゃんと聞いて。


 周りの人のために沢山頑張ってきたのに────




「なんで!! なんでそんなことが! 言えるんですか!?」



 心のどこかで、張り詰めていた何かが、プツリと切れた。

 頭の中をスプーンでかき回されたように、ごちゃごちゃと痛む。



 イスカに否定された。


 たった────たった、それだけのはずだったのに、私の今まで蓄積してきたはずの我慢は、私が考えていたよりも呆気なく、全部を崩していく。



 そしてこれは、私がずいぶんと長い間、忘れていた感覚だった。


「これは勝負だよ。自分の正しさを証明したいなら、僕に勝ってそれを証明してみなよ!」

「当たり前です! だから最初から負けられないって言ってるでしょう!!」



 叫ぶ私の口へ集まった魔力、それを感じたイスカが飛ぶように後ろへ跳ねた。


「含み針っ!?」

「“フュリボン・ニードル”!」


 氷と風の奇襲に不意をつかれた彼女の拘束が、一瞬緩む。

 それを見計らい私は立ち上がると、そのまま目の前の彼女へ駆け出して、思い切り頭突きをした。



「いっ………………ぎいいぃっ……!」

「っ────!!」


 割れるほどの痛みが脳天から稲妻のように走る。

 額が割れて、血が滴った温もりが、静かに下へ降りて行った。



 お互いにフラフラと距離をとったところで、私は拘束を解く。



「ごめんなさいね。少しだけ、熱くなりすぎました……」

「初めてだね────君が自分のため・・・・・に怒ったの……」


 そうだ、この感覚は長いこと忘れていたけれど、自分本意の怒りと言うヤツだった。



 久しぶりに思い出したこの気持ちを振り払うように、私は垂れた血液を軽くぬぐった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?