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帰りたい(260回目)  僕の本気



 大会2日目、午後の時間────


 私は選手控え室にて、設置されたモニターを見ていた。



 画面には私の試合の前、トーナメント第7試合が映し出されている。


『勝った……』


 そう呟くと、隣で私の昼食の残りを食べていたきーさんも、少しだけ画面を見やった。


 レースで3位だったクレアの試合、その決着がついたのだ。



 と、ちょうどその時、控え室のドアがノックされた。


「どうぞ」

「やぁ、勝ったね君のお仲間。おめでとう」


 試合に呼ばれるのかと思えば、入ってきたのはリゲル君だった。

 意外な人物だったけれど、私はあまり驚かなかった。


「何しに来たんですか?」

「応援だろ、どう考えても。試合前に控え室に来て、他にすることなんてあんのかい?」

「どうだか……」


 昨日の試合、結局リゲル君は姿を見せなかった。

 なのに私の所に来ると言うのが、とても不自然だ。


「結局スピカちゃんの応援にも、来ませんでしたよね」

「いたよいたよ! デネブ兄さんと見に来てたから!」


 デネブ────国の第一王子だ。

 国王の相続権は彼にあるはずだが、城から出ずに自宅警備員だとスピカちゃんに言われていた。


「デネブ兄さん、スピカの試合見るのに耐えられなくて、案の定具合悪くしちゃってね。

 最後もそれですぐに帰っちゃったんだ。やっぱ着いてきてよかったよ」

「あー、そうですか……」


 彼もスピカちゃんには過保護すぎるところがあるので、リゲル君もその結果は予想してたんだろう。


 結局昨日の試合はリゲル君無しでもスピカちゃんはうまくやれてたので、私がなにか言うことではなかったか。



「それより、君の試合だよ。応援しに来たんだ、頑張れー」

「どうやって警備を潜ってここまできたんだか……

 それに、なぜイスカではなく私に?」


 応援なら昔の隊のよしみで、同じ立場のイスカでもよかったはずだ。


 気持ち悪いくらいにフェアを重視する彼らしくもない。


 それこそどう考えても、おかしい────



「あっちにはロイドがついてるからね。別にイスカの応援もしてない訳じゃないけど、さ……」


 彼は用意された椅子に腰かけると、モニターを見た。


 画面にはクレアのインタビューが中継されているが、思いの外しっかりと答えていた。


「他にも理由はあるでしょう、応援なら観客席で充分です」

「冷たいなぁ、ピリピリしてる? 試合前だから当然?」

「当たり前でしょう」



 その後しばらく黙って2人で画面を眺めていたけれど、クレアのインタビューが終わったころリゲル君がようやく立ち上がった。


「じゃ、僕は応援席戻るよ。意外に余裕そうで安心した」

「えぇ、ホントに応援しに来ただけ? あ、ありがとうございました……」


 私が一応頭を下げると、彼は最後に振り返って少しだけ笑った。



「僕だって、少しくらいの贔屓はするんだぜ。得に今の君には、ね」




   ※   ※   ※   ※   ※




 リゲル君は何事もなく帰って行き、結局本当にただ、応援にきただけなんじゃ、と思ってしまった。



 そして私は呼び出されて、アリーナへと歩みを進める。

 私と同時に、反対の入り口からはイスカが入場してきた。



「やぁやぁ、よろしく!」

「よ、よろしくお願いします」


 手を差し出してきたイスカに反応し、お互いに握手を交わす。


 彼女と出会って長いことになるけれど、こう改まって握手をすると言うのは、初めてかもしれない。



 マッサージをされたり、一緒にシャワー浴びたりしたこともあるのに、今さら少し不思議な感覚だった。



「………………」

「どうしたんですか?」

「ん? 何でもないよ、早く始めよっか」


 手をヒラヒラとさせながら、イスカは所定の位置についた。


 ブザーが鳴り、試合開始。私はきーさんの槍を構え距離をとる。




「ふーん、そういうつもり?」

「一番確実な方法だと踏みました……」


 イスカの使う【メタモル・ツリー】は、身体の一部を任意の植物に変身させ、意のままに操る事が出来る能力だ。


 範囲が広く、この間のレースでは参加者の約半分をスタート地点に羽交い締めにした。



 しかし、彼女の能力は使用の際の消耗が激しい。

 だからこうして距離を取り攻撃をいなしつつ、消耗したところを叩くのが、一番確実に勝てる方法だろう。



「違うね、一番確実なのは樹木の間を掻い潜って、僕の四肢なり何なりを切り落とすことだ。

 能力で身体を再生出来る僕なら、致命傷にはならず、試合を終わらせるのが可能な事は、分かってるはずだよ?」

「それは嫌です────」



 例え出来たとしても、そんな勝ち方はしたくなかった。


 相手が知らない人ならいざ知らず、イスカ相手にそんなこと出来るわけがない。


「イスカが腕を切られれば、回復はできても痛いのを知っています。

 貴女をそんなに苦しませてまでとる方法では、ないです」

「ふぅん……」


 イスカは構えるでもなく、距離をとるでもなく。


 ただその場で棒立ちになって、こちらを品定めするように見つめていた。


「そう。正直君は目的のためなら、手段は選ばないと思っていたよ。

 でもそっか、少し安心した。君は、僕の事をそれくらいには、考えてくれてたんだね」

「それはもちろん……」


 イスカは、私にとって大切な存在だ。

 思い返せばこのエクレアの街に来て、初めて知り合いになったのがイスカだった。


 こんな風に相見えることがあるとは思ってなかったけれど、出来ることなら別の相手がよかった、などと思わないでもない。


「じゃあ、ついでに勝ちは譲ってもらおうかな! 死にさらせっ!」

「っ────!」



 その瞬間、私の足元から無数の植物が延びてきた。


 それぞれが意思を持った触手のように、私の足を絡めて行く。


「しまった! いつの間に地中からっ!?」


 植物は私の足を絡めると、どんどんと私の身体を締め上げて行く。


 このまま全身を拘束されるとまずい!



「“凍傷領域フロストバイト・リージョン”っ!! からの────“エメラルド鹿ハインド!”!」


 樹木を凍結させてから足から水を噴射し、無理矢理がんじがらめを脱出する。


 しかし大きく跳んだ私の着地先にも、既に樹木が待ち構えていた。


「“珊瑚連斬コーラルビート/れん”っ────!」


 足元に“魔力纏”の斬撃を放ち、生えてくる木々を刈り取る。

 堅くないにしろ、こう後から後から延びてくると厄介極まりない。


「やっぱり一旦距離を────」

「遅いよっ!」


 その時、既に両腕を伸ばしたイスカが周り込んできていて、目の前まで接近していることに気づく。


 慌てて後ろに下がるも、肩が少しだけ彼女の手に触れた。



「っ────!? がっ、がああぁぁぁっ!!」


 かすっただけ、のはずなのに、突然私の両肩からは激痛が走った。

 しかも力を入れても、全く腕が上がらない。



「肩が、外れてるっ……!?」


 両肩が、脱臼させられていた。


 彼女の魔力を流し込みながら解す、特殊なマッサージ方────



 僅かに触れた今の瞬間に、器用にも強引にも、私の身体に魔力を叩き込んだのだ。



「くっ……」


 様子を見つつ、私は彼女から距離をとった。


 でも今度はイスカも追いかけてくることはなく、ただ私の様子を見て笑っているだけだった。



「必死だね! 必死! 超、超必死! 超死に物狂い!

 君のそんなおマヌケなカオ見れるなんて、ここまで勝ち残って、ほんっっっとうに良かったよ!」

「何でそんな、楽しそう、なんですか……?

 リゲル君みたいに、戦闘時高揚ファイターズハイになるタイプ、でしたっけ……??」


 彼女とこう面と向かって戦ったことはなかったけれど、少なくとも争いを好む性格ではなかったはずだ。


 どちらかと言えば気質的にのんびりしたイスカが、こうもこうも残酷を好むとは思えない。



「そこは怒っときなよ。人として、友達として。

 僕はそのつもりだったんだよ、エリー」


 その目は深く深く濁っていて、普段とは違ったイスカの不気味さがあった。

 でも確かにそこにいる彼女からは、確で強固な意思を感じる。



「さっき、君は僕の腕をもぐのは、痛いからしないって言ってくれたよね?」

「えぇ……」

「嬉しいよ。でも、こないだのレースの時言ったよね。

 僕の目的は、君を邪魔することだって」


 確かに言っていた、けれどなぜ私だけ邪魔を────そこまで考えて、イスカに対して変な勘繰りをしてしまう自分に気付く。


 恐らくここで問答しても無駄だ、むしろその思考の邪魔さえ彼女の作戦の可能性さえある。

 知りたければ、今は倒してから聞き出すしかない。


「そういう作戦、ですよね?」

「ううん、本気だよ。久しぶりに僕の本気、見せちゃうんだから」



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