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帰りたい(258回目)  みみっちいスピカ



 意識が朦朧とする、目の前がぼやける。


 残りの力は全部使った、出来ることも完璧にやった。




 でも────



「うぅぅっ……す、スピカ殿、私は、まだ、や────っ! やれるであり、マス!!」


 全身が焼けるように痛い、魔力も底を尽きた。


 リゲル兄がくれたごーぐるも、どこかへ飛んでいってしまった。



 きっと今沢山の人がこの試合を見ていて、沢山の人がスピカの倒れてる所を見てるんだ。



「もうスピカ殿は……戦えません! は、早く救護を!」


 自分でやっといて、そんなのないよ────


 でもそれで楽になるなら、いいかもと少し思っちゃったりもした。



 そう言えばさっきヘレナさんはスピカに、頼もしいって言ってくれた。


 あの人はきっとすごく高尚な志って言うのがあって、王国騎士になったんだ。

 スピカにはそんなのないから、きっとそれで負けちゃったのかも知れない。


 すごいなぁ、目標に向かうきらきらした人って、やっぱり勝てないなぁ。なーんて。



「す、スピカ殿……??」



 何でだっけ。どうしてスピカは、頑張ってるんだっけ────



   ※   ※   ※   ※   ※




「そう言えば、スピカちゃん」

「ん……?」


 こないだの帰り道、ヘレナさんと戦った時の事を教えてくれるって言ったエリーさんは、突然聞いてきた。



「スピカが軍にこだわる理由……?」

「えぇ、ずっと気になってたんですけど、国王と──お父さんと喧嘩して家出してまで。

 どうして軍に入隊したかったのかが、分からなかったんです」


 そう言えば、みんなには軍にいたい理由とかって、話したことなかったかも。


「国を護りたい、とかなら王国騎士とかでもいいわけですし、そっちの方がむしろ近いです、よね……?」

「うん…………分かってる……」

「この大会でもそうですけれど、スピカちゃんが必死になる理由が気になって────

 あ、もちろん言いたくないならいいんですけどっ……」


 別に言えなかったわけじゃないけれど、何となく言うのがはばかれた。


 だけど、もしエリーさんなら、こんな理由を言っても受け入れてくれるかも────




「あ、あのね……スピカには、レグルス兄っていう、軍人だったお兄ちゃんが昔、いてね……」

「レグルス────あっ」


 名前を聞いて、エリーさんもぴんときたみたいだった。

 6年前外出中だった王子が、反政府組織に追われて、殺された事件があった。


 その話は国の人なら誰でも知ってる、悲しい事件。



「あの日ね、スピカもレグルス兄と、お出掛けしてたの……」

「えっ……」


 スピカを抱えたレグルス兄が、王国騎士の一人と森の中を走っていたのを、よく覚えている。


 そしてレグルス兄が確かにあの時、言った言葉がある。



「今こちらに仲間も向かってきているはずだ」



 でも、後でぱぱやみんなに聞いた話によると、そこに「仲間」の人はいなかったらしい。


 ただ発見した時には、死んでしまった王国騎士の人、死にそうなレグルス兄、そして泣きじゃくるスピカがいたことだけ────


「スピカも、覚えてないの……その時気絶しちゃってて……」

「────そうですか、話してくれてありがとうございます……」



 少しうつむきながら、エリーさんはそう言った。

 別にエリーさんは悪くないのに、なんだか気を使わしてしまって申し訳ない。


「つまりスピカちゃんは、お兄さんが亡くなった時にいた軍人の手がかりを探したくて、軍に入隊したんですか……?」

「うん、そう……不純だよね……」


 小隊長にこんなこと言うなんて本当はいけないんだけれど、何だかエリーさんには言ってもいい気がした。


 ただ、少しは怒られるかなぁ、とは思ったけど────



「いや別に。そう言う人って、わりといると思いますけど」

「ほんとかなぁ……」

「まぁ、私も何か分かったら伝えます。残念ながら今は、力になれませんが」


 エリーさんも知らないなら、もっとスピカが偉くならないと本当のことは知れないかもしれない。


 なんだかそれを聞いたら、とっても気が滅入っちゃった。


「はぁ……」

「ごめんなさいって……」

「ううん、いいの……」


 お互いなんかがっかりした気分になって、とぼとぼと帰り道を歩く。

 さっきれーすで2人とも勝ったばっかなのに、スピカが変なこと言っちゃったからかな────




「あ、でもね、エリーさん。頑張る理由、もっと他にあるかも……」

「それはどんな?」

「うーんと、ねぇ……」


 少しだけ、言うのは恥ずかしかったけれど、なんだかエリーさんになら、思いきって伝えられる気がした。


 て言うか、さっきの理由を言ったあとだから、何を言ってもきっとエリーさんには驚かれない気がする。


「もったないな、って思って……」

「え? 何がでしょう?」

「軍にはいろんな、スピカに優しくしてくれる人がいて……

 ぱぱの事知っても、変わらず仲良く出来る人がいて、ね……?」


 リーエル隊にいた頃も、アデク隊にいた頃も、それは変わらなかった。

 あんまりスピカは知らなかったけれど、こういうのもあるんだって、ここでは知ることが出来た。


「どうせお家にいても、ぱぱが身を護れるように王国騎士になりなさいって言うし……

 どっちも訓練がすごく大変なら、スピカはエリーさんたちがいる、こっちの方がいいかなって────」


 見上げると、エリーさんは口許を押さえていた。


 不思議になってスピカがのぞくと、慌てて違う方向を向いてしまう。



「そ、そうですか。それは驚きました……」


 でも、驚かないと思っていたエリーさんが、そう言った。


「それは……頑張らないといけませんね、大会……

 いや、頑張ってるのか……えっと……」


 歯切れの悪いエリーさんはうつ向いていたけれど、ひとつ気がついた。


 顔が真っ赤だ────



「あんまり、見ないでください。嬉しいだけ、なので……」

「うん、エリーさん……スピカ、頑張るよ……」



 本当の事を知っても、エリーさんが応援してくれた。


 スピカが残りたいって言ったのを、嬉しいって言ってくれた。



 もうひとつだけ、大会を頑張る理由が出来たかも────




   ※   ※   ※   ※   ※




「す、スピカ殿……?? まさか……た、立ち上がって……!?」



 もう限界だと思っていたのに、なぜか少しだけ身体が動く。

 でもこれは、気合いなんかじゃない。スピカが実は、余裕を残してたとかでもない。


 そんなきらきらしたものじゃなくて、きっとこれは、もっと呆れちゃうような────


「な、何故……魔力が尽きてなかったのですか!? いや……!」

「ふーっ、ふー……! うぐっ……」


 がりりっと嫌な音がして、奥歯から血の味がした。

 口の中が痛くて、虫歯を治したときよりきょーれつな痛みでくらくらする。


 でもおかげで、あとちょびっとだけ動ける!!



「まさか────魔力を込めた弾を自分で還元した!!?」

「最後残った一発、とっといてよかった……心配だったから……!」


 武器が沢山なきゃ生きていけないスピカが用意できた、最後の装備。


 みみっちいおかげで撃ち落とされた時に拾えた、最後の活力!



「負けられないんだからあぁぁぁっっっ!!」


 噛み締めた弾から戻ってきた魔力を使って、ヘレナさんの元へ走る。

 でも相手もそれを見て、すぐに体勢を建て直した。


「くっ、しかしお互い満身創痍! なればこそ迎え撃つまででありマスっ!」

「負けないいいいいいいっ!」

「っ────!」


 喉がつぶれそうな程叫んだ瞬間、ヘレナさんが一歩下がったのが見えた。



 いまだっ、今なら行けるっ!


 スピカの全てを駆けて、今大切な場所に残るために全てを引き出す!



「“落とし穴トラップピット”……!」


 スピカが踏み込んだ先から地面を伝い魔力が流れ、地面が少しだけ陥没する。


 これが、才能のなかったスピカが修行で出来るようになった精一杯。


 地面を少し凹ませる、たったそれ「だけ」。



「しまっ────!?」


 でも最後のたった少しの悪あがきに、ヘレナさんが足をとられた!



「あああああぁぁぁっ!」


 よろけて後ろへ倒れ混むヘレナさん。

 ぶつかって馬乗りになったスピカ。


 相手の胸に、慣れない拳を突き出す。





「あぁぁ…………あぁ……」




 でも、動けるのはそこまでだった────



 ぱんちは弱々しくヘレナさんの身体に当たっただけで、勢いは全くなかった。


 身体が言うことを聞かない、指が一本も動かせない。



 慣れない土魔法を使ったせいで、咄嗟に【アド・アストラ】も使えなかった。



「はぁ、はぁっ…………す、スピカ殿、お見事でした……」

「─────ううぅ……」



 よろよろとヘレナさんが立ち上がるのと同時に試合終了のふざーが鳴って、会場の人達から大きな歓声が上がった。


 土埃が舞う中、相手の背中を睨むことしか出来ない。




 試合終了──全力を出して、いろんな人に応援されて戦ったこの大会。


 だけれどスピカはヘレナさんに、及ばずに負けてしまった。




 でも気持ちは負けてなかった────よね?



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