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帰りたい(255回目)  カルダーたち


「ただいまーーっ!」


 お昼をまわってからようやく、セルマが観客席に上がってきた。


 本当ならお昼前に合流する予定だったのに、戻れるようになるまで随分とかかったようだ。


「随分かかりましたね。試合でどっか怪我とかしなかったですか?」

「身体は大丈夫だけど、もーその後が大変よ!

 プロマのインタビューがすごく長くて長くて……」


 そう言うセルマは、試合直後よりも疲れていた。


 まぁ、身体に何かあったとかでないなら、別にいいのだけれど。



「エリーちゃん、どうかした?」

「…………いえ、何でもないですよ」


 周りの眼が異様にセルマに集まっているのに、私は気付いた。


 レースで1位の相手を、セルマは一瞬で下して見せたのだ。

 誰もが驚いたその大判狂わせに、彼女への注目が随分と集まっているのだろう。


 この間のレースでも、10人以上を同時に相手にして勝利したと聞く。



 多分このアリーナだけでなく、街全体────ともしたら、国全体が今の彼女に注目を集めている。

 先程まで普通のセルマだったのが、今や一躍時の人だ。


 本人はそんなこと、あまり気にしていない様子だけれど。



「あら、そういえばスピカちゃんは?」

「とっくに下に降りてったよ。『スピカさん、おめでとう……』って伝えてくれってさ」

「そう、残念……」


 そろそろ彼女の試合も始まろうとしている。


 観客席の人たちも段々とお昼休憩から戻ってきており、試合開始の時を心待にしてるいるようだった。


「そう言えばこっちの席は空いてるの?」

「はい。多分予約席だとは思うんですけれど……」


 一応トーナメント初戦とはいえ、全国で注目されている大会だ。

 会場内でも空いていない席の方が珍しいが、私たちのとなり4席ほどは、午前中から空席だった。



「そこは我々の席だ。通してもらってもいいかな?」

「あ、すみません。どうぞどうぞ」


 お昼休憩の人混みに紛れて、どうやらその席を予約していたらしい人が入ってきた。


「久しぶりだな。スピカ様の朋友方」

「あっ、王国騎士の────レスターさんでしたっけ?」

「いかにも。覚えていただけていたとは光栄だ」


 レスターさんは王国騎士の3番隊隊長で、同じく王国騎士を務めるアダラ王女やカペラ王子の、上司に当たる人だ。



「おぉ、こんなところで会うなんて。3人とも久しぶりだね」

「こんにちはですのっ!」


 彼に続いてアダラ王女、カペラ王子、そしてフードを深く被った大男が席に入ってきた。


「げっ、アンタたちも来たのかよ……」

「こらクレアちゃん! 相手は偉い人たちなのよ!?

 ごめんなさいウチの足りないのが!」


 セルマは隣のクレアの頭を、ゲシゲシと下げさせる。


 しかし当の王子様たちは、クレアに邪険にされても、別に響いてはいないようだった。


「アハハ、まぁそれだけの事をオレたちもしたわけだしね。

 その子の気持ちも分からんでもないよ」

「ふんっ……」


 そう言えば以前クレアは、カペラさんにボコボコにされた挙げ句お城まで連行されたんだった。

 表面上和解しても、中々個人での苦手意識や確執は取り除けないんだろう。


「そういえばセルマ・ライトさんはトーナメントの一回戦突破ですわね!

 おめでとうございます!」

「あっ、ありがとうございます!」


 アダラさんはセルマの腕を掴むと、ブンブンと振る。


 どうやら彼女なりの挨拶らしい。


「わたくしも入ったばかりの頃大会トーナメントには残りましたがね!

 あれほどの戦いは中々出来ませんわ!」


 そう言えばアダラさんは、セルマと対面したとき、その軍人としてのあり方に苦言を呈していたらしい。


 イスカから聞いた話なので何とも言えないけれど、あの王女様なりにセルマの考え方にも思うところがあったんだろう。



「あぁ見えて、真面目なの……人には厳しいんだよ、アダラ姉……」



 と、スピカちゃんは言っていた。


 どうやらそちらの方は、一応折り合いはつけてくれているらしかったけれど。



「んで? アンタたち仕事で来ないって、スピカが言ってたぞ。お忍びで来たのか?」

「いや、仕事は仕事だけど、来れないとは言ってないよ。

 実は後輩が試合に出るんだよ、その応援兼監督でね」

「あー、あの人ですか」


 スピカちゃんのトーナメントの相手、ヘレナ・カードナーは王国騎士所属だ。

 それがなんの因果か、本来守る対象であるはずの王女様と闘うことになったらしい。


 兄姉である2人は、立場上どちらかに偏って応援しにくい、やりにくい立場だろう。



「まぁ、ヘレナはスピカや私たちが王族と言うことを知らないので、心置きなく闘えると思いますわ!」

「姉さんのバカっ!」


 となりのカペラさんが、アダラさんの頭を思いっきりひっぱたいた。


「いたっ!? 何するのですかアダラ!」

「ウチの足りないのもすまないね。

 ここでオレらはカルダーの性で来てるから、ね?」


 確かカルダーは、2人が王国騎士として仕事をする時に使用する名前だ。


 スピカちゃんも本来の王族直系の性であるベストではなく、普段はセネット性を隠れ蓑にしている。



「アダラ……! 周りにスピカ様や自分達の素性がバレたら、貴様は責任取れるのか……!

 妹の今後を何と考えているっ……!!」

「あっ、しまった! うっかりしてましたわ!!」


 小声でレスターさんに捲し立てられ、アダラさんもようやく自分の失言に気づいた。


「全く……なぜ女王という立場でお前はそうなのだ……ううぅ……」


 そう言うと心底辛そうに、彼は胃を押さえる。


 すると隣に座っていたフードの男が懐から瓶を取り出すと、ズイズイとレスターさんに渡した。


「あ、いえ受け取れないです……いえ、しかし……はい、はい、承りました……」



 なにやら小声で言っていたが、最後にはその瓶を受け取って、中の薬品を2粒程飲んだ。


 どうやら胃薬の類いのようだ。



「え────? セルマ、クレア、あのフードの男性が見えますか?」

「見えるよ、当たり前だろ。幽霊じゃあるまいし」

「えっ、エリーちゃん急に怖いこと言わないでよ!!」

「はぁ……」


 2人に変な目で見られて、私はすごすごと黙るしかなかった。



「ごめんなさい。何でもないです……」


 そうは言うものの、その感じた感覚は拭えない。



 男性は、すぐ近くからでも顔が分からないほど、深くフードを被っている。

 そして全身黒いマントで身体を隠し、体格や年齢がよく分からない。


 しかしこんなに怪しい人物がいるのに、セルマやクレア、周りの観客たちはそのフードの男の異様さ・・・に全く気付いていないようだった。

 私でさえ、かすかに声を聞くまでは、彼の存在が全く頭に入ってこなかった。



 それは今始まろうとしている試合を心待にする人々が、アリーナの中心しか見えないほど激しく試合を渇望しているせい────と言うだけではないだろう。


 フードの彼に、周りに存在を認識させないような、特殊な魔術がかかっている。



 すると、キョロキョロしている私に気付いたのか、フードの男がそっと、人差し指を口元に持っていった。


 やはり深入りするな、と言うことか。



「ごめんなさい、変なこと言って」

「そうよ、驚かさないで」


 そうしているうちに、いよいよスピカちゃんが、闘技場へと出てきた。



 彼女の大切な闘いが、始まろうとしている────



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