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あの日の続きを(三答目)  アイス・ゲイズ


 準備を終えて、おねーちゃんが出てきた。


 しかし先程とは打って変わって、今度は申し訳なさそうに、フードで顔を隠してしまっている。 


「ごめんなさい、ティナ。少しお店、空ける。そうルーナとリタとエリーにも、伝えてほしいの。

 わがまま言ってごめんなさい。必ず────」

「必ず帰ってくる、でしょ? 必要なことだもん。

 行ってらっしゃい、気を付けてね」


 本当なら、今おねーちゃんが行ってしまうのは、止めるべきなのかもしれない。


 けれどそれは何だか、おねーちゃんの重荷になってしまうような気がした。



 おねーちゃんの大切なこのお店、ここの店員たち────


 それを材料に止めることは、何だかとてもズルいことに思えた。

 おねーちゃんの大切なものが、おねーちゃんの重荷になってしまうから。



 それに多分、そこまでしてもおねーちゃんは止められない。

 一度言ったら自分を曲げない、それが私の知ってるおねーちゃんだ。


「止めたってムダだもん」

「君は、こいつの事よく分かってんな……」


 でも、実は私は、2人をあまり心配していなかった。


 2人なら────2人揃えば、何でも出来る。


 そんな不思議な感覚を、おねーちゃんとアデクさんは持っているので、不思議と納得せざるを得なかったんだ。



「それよりおねーちゃん、盗み聞きの事、ごめんなさい」

「いえ、それはいいのだけれど」


 アデクさんとおねーちゃん、2人の目線はなぜかエリーちゃんに向いていた。


「そっちのお前は悪趣味だな、見てて反吐が出る」

「えー、なんで私だけ……」


 いつの間にか店の外に付いてきていたエリーちゃんは、不貞腐れたように口を尖らせる。

 確かにエリーちゃんは勝手にお店に入って覗き見してたけど、それをアデクさんに怒られるのは、ちょっと可哀想だ。


「おねーちゃん、でもエリーちゃんはリタさんに許可とってたみたいだし、許してあげてよ?」

「えぇ、いいのよ。エリーなら、信頼できる人間なら。、ね」

「え……?」


 おねーちゃんの言葉の意味が分からず隣を見ると、彼女は黙って2人を見つめ返していた。


「……………………」




 その時私もようやく感じた。


 目の前にいるエリーちゃんは、見た目は間違いなく本物のエリーちゃんなのに、決定的な何かが────そう、例えば目付きが、違う。


 3年近く彼女と付き合ってきたから分かる、エリーちゃんは人をこんな眼で2人を見たりはしない。



 こんな哀れむような・・・・・・眼を、する人じゃない────



「そもそも、エリーならとっくにアデクを止めてるわ。

 まぁ、偽物だとバレても構わないと思ってるんでしょうが……」

「見た目や声を寄せることはできても、表情までは真似ねぇのか、ニセモノよ。

 昔っから、アンタのそういうとこだけは、あのジジイ・・・・・と同じ臭いがして、大嫌いだ」

「ふぅん、そう。ご忠告、感謝します」


 エリーちゃんの姿をしているらしい彼女は、ただその暗い眼を細めるだけだった。


 その眼は視線を合わせただけで闇の底へ落とされるような、深い深い色をしていて────



「なぁ、ティナ」

「は、はい!?」

「ここで見たことは、忘れてろ。もちろんエリアル本人にも言わないように」


 アデクさんは、頭をガリガリと掻きながら面倒くさそうに言う。


「そ、そんなこと言われても……」

「私からもお願い、そうすれば何事もなくいられる。

 深入りする事は、貴女のためにならないわ」


 おねーちゃんまで、そんなことを言う始末だった。

 そこまで言われたら、「はい」と首を縦に降らざるを得ない。


「ありがとうティナ。なるべく、早く帰ってくるから」



 ドラゴンは2人が股がると、静かに赤い炎を吹いてからゆっくりと空へ舞い上がっていった。


 秘密の任務だからだろうか、少し風が強まったくらいで、とてもあの大きな翼が羽ばたいているとは思えない。



「おねーちゃん、絶対帰ってきてね! アデクさん、おねーちゃんをよろしく!」


 アデクさんは、返事の変わりにこちらに親指を立てた。

 最初会ったときは印象最悪の彼だったけれど、今なら間違いなく私の大切な人を任せられる。



 そうして、2人を乗せたドラゴンは、夜の大空へとその姿を消した。



   ※   ※   ※   ※   ※



「おねーちゃん……」


 2人が去ってから、私はお店に戻ってボーッとしていた。


 あっという間の出来事でまだ頭がついてこない。

 でも、アデクさんが一年越しに約束を守ってくれたこと、そしておねーちゃんが嬉しそうだったことは確かだった。


 おじいちゃんが亡くなってから、沈んだ顔をすることが多かったおねーちゃんが、ようやく笑ってくた。

 それは少し嬉しいような、ちょっと嫉妬しちゃうような、不思議な感覚。



 ただ、2人が危険な場所にいくことに変わりはない。

 無力な私にできるのは、2人が無事に帰ってくることを祈るだけだ。



「行きましたね、2人の未来に幸あらんことを。では、私も────」

「待って!」


 そのまま帰ろうとしたエリーちゃんの肩を、私は掴んだ。

 まだこの人には、聞かなければいけないことがあるはずだ。


「何ですか?」

「────貴女、結局誰なの?」


 こちらを睨み返した眼は、鋭く突き刺さるようだった。

 もう、この人はエリーちゃんと姿形が似てるだけだ。


 多分本人でないと言うことを、隠そうともしていない。


「あー、そこ聞いちゃいますか。

 ちなみに、私が最初に何て言ったか、覚えていますか?」

「え、それは────覚えてないけど……」


 目の前の彼女はこちらを睨む眼をそのまま細めると、少しため息をついてから、呟いた。



「深入りするな、と言ったのよ」

「ひっ────!?」


 瞬間、私は彼女に突き飛ばされ、お店の壁に叩きつけられた。


 そして大声で叫ぶ暇もなく、気付けば彼女の手が私の両頬を押さえる。



「私は初め貴女に、関わるなと忠告したの。

 私が誰かを知る必要はないから、ああ言ったの。

 それでも貴女は、気になるのよね……?」


 頬に触れる冷たい両手が、少しずつ動いて、私の首を撫でていく。


 まるで鋭利な刃物を当てられたように、


 強い力がかかっているわけでもないのに、金縛りに合ったように、私は動けなくなった。



「興味津々、好奇心旺盛。そして若い貴女がこれ以上深入りするなら。

 そうね────もう一度・・・・全てを忘れて貰おうかしら……?

 友人や家族、大切な人の名前。果ては自分の名前まで忘れてでも、それは知りたいこと?」

「……………………!?」


 もはや呼吸もできないほどの圧力で、エリーちゃんの姿をした誰かは私を押さえつけている。


 恐ろしい、知りたくない、心臓が痛い。



 そして、そうだ────私はこの冷たく固まった、氷のような眼差しを、知っている。


 記憶を無くすより以前から刻まれた恐怖。

 それが脳の奥の大切な部分を火掻き棒で引っ掻き回されたように、溶けて出てきた。



 例え一切を忘れても、覚えている。


 私の体は、覚えている。


 記憶を無くしたのが、この相手のせいだと、覚えている────!




「最後に聞くわ。これ以上深入り、する……?」

「────ぃぃい……いいえ……」


 震える声で答えると同時に、首に触れる手がスッと離れた。

 その瞬間私の全身から力が抜け、体は言うことを聞かずその場にへたりこむ。


「カハァっ……! ハァ、ハァ……!! おえぇぇ……」


 ようやく呼吸ができて、空気をいっぱいに吸い込む。

 肩で息を続けて、そのまま私は床に嘔吐した。


 以前、大図書館の地下で巨大な岩に潰されそうになったことがある。

 あの時は死ぬことを覚悟したけれど、今度はその比じゃなかった。



 ここまで鋭利な恐怖を簡単に発する人間が、エリーちゃんの姿をしているなんて────



「良かったティナちゃん。そう言っていただけて、本当に良かったです。

 私もティナちゃんが私を忘れてしまうのは、すごく辛いですから」

「………………」


 最後、相手はエリーちゃんの喋りを真似て、そんなことを言った。


 さっきまであれだけ脅しておいて、平気でそんなことを言える相手が、心底恐ろしかった。


「────貴女に関わらないことだから、ひとつだけ聞かせて……」

「ん?」

「エリーちゃんは無事なの……?」


 それだけは、確かめなきゃならなかった。

 彼女の身に何か起きたから、目の前のこの人がエリーちゃんの姿をしているのなら、それは放っておける事じゃない。


 別に知ったからと言って、何ができるわけでもないけれど────



「彼女に何かあったということは、ありませんよ。

 私が彼女に危害を加えると言うことは、絶対にありません」

「そう……」


 それを聞いて、なおさら力が抜けた。

 でも、それなら何故この人はエリーちゃんの姿を────


 いや、深入りするなと言われたばかりだった。

 もう疲れた、私は彼女について考えるのを止める事にした。



「さっ、私は帰ります。眠い眠い……」


 そして彼女は一度あくびをすると、そのまま何事もなかったように街の闇へと消えていった。



 最後に残ったのは、汚してしまった店の床だけ。




 そういえば、最近エリーちゃんはこの街で明明後日から行われる大会に、参加すると言っていた。


 街全体が慌ただしくなる中、巨大な何かが私たちの日常の周りを蠢いている。


 私はその時、そう確信した────


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