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帰りたい(253回目)  割れないレンズとアミュレットの拍動(第3部2章完)



 会見は何事もなく終わり、私はようやく長い一日から解放された。


 厳しかったレースを勝ち残り、3回戦へ出場することになったのは私以外にセルマ、クレア、スピカちゃんにロイド、イスカ。



 そして途中で妨害を仕組んできた【不屈のアーロ】────


 会見ではほとんど喋らず、気付けば彼の姿はなくなっていた。




「エリアル! おーい!」

「あ、皆さんちょうど良かった」


 帰る前に一声かけようかと小隊の仲間を探していたら、私以外はもう既に集まっていた。


「ホントか? ホントにそう思ってるか? 帰ろうとしてなかったか今?」

「してませんよ……」


 もし誰か一人でも勝ち残れなかった人がいたら気まずかっただろうけれど、幸い私たちは全員3回戦の出場者だ。


 こうして心置きなく会えるのは、私も嬉しかった。


「そういえば3回戦の内容が決まったらしいぜ」


 つい先程会見の時配られた案内の紙を、クレアは既に広げて読んでいた。

 きっと待ちきれなかったんだろう、その眼が興奮気味にキラキラとしている。


「3回戦は何ですか?」

「トーナメントだってよ、もう1回戦の相手も決まってるみてぇだ。

 知らねぇヤツだったけど」


 毎年3回戦からはトーナメントになると聞いていたので、大して驚かない。

 それより気になるのは、みんな次の相手の事だ。


 今から対策できるならしておきたいのだろう。


「スピカの相手も、知らない人だった……」

「えっと、ヘレナ・カードナー? あ、私この人知ってますね」

「え、ホント……?」


 確か1回戦で私に絡んできた新人さんだ。


 光線を放つレイピアを使っていて、間合いのとりにくい相手だったのでよく覚えている。


「後でどんな相手だったか、教えますね」

「ホント……!? エリーさんありがと、嬉しい……!」


 まぁ、スピカちゃんの勝敗によっては、国王に軍を辞めさせられる可能性もあるので、小隊長の私にとっては死活問題だ。

 私に分かることは、出し惜しみせず教えたかった。



「そう言えば……さっきから静かだけど……

 セルマさんどうしたの……? 具合悪いの……?」

「────の人だった……」


 さっきから黙っていたセルマが、紙を持ってプルプルと震えていた。


「何て?」

「レース1位の人だったぁ!」

「まぁ、そりゃそうですよね……」


 レースでの順番を見るなら、16位だったセルマは1位の人が相手になるのは当然だろう。

 並みいる強敵を押し退けての1位なので、相手が強者なのは間違いない。


「まぁ、しょうがねぇよな」

「ドンマイ……」

「うぅっ……! いいもん、いいもん! 負けないわよ頑張るわよ!」


 まぁ、セルマのことだから何も相手にならないと言うこともないはずだ。


 とりあえず、ゴールしてからレベッカさんとの対決を控え室で見ていたけれど、もう修行前の私たちの知るセルマより何段階も強くなっているのは確かだ。



「てか、他人事じゃねぇだろ。エリアルの相手も出てたぞ。

 アタシとは2回戦で当たるんだから、負けたら承知しねぇからな!」

「え? あーん……」


 私は急いで配られた紙を広げた。

 確かにトーナメントでお互い勝ち上がれば、2回戦にクレアと当たるようだ。


 それに────



「エリーさんの、1回戦の相手……」

「えぇ、来ましたね」


 1回戦第5試合、エリアル・テイラーVSイスカ・トアニ。

 私の大戦相手の名前が、そこには淡々と書かれていた。


「イスカさんて確か、昔同じ小隊だったのよね? 闘いにくくない?」

「いや、全然」


 むしろよく知っている相手の分、やりやすいまである。


 ただ相手はレース開始直後に参加者の、1/3を拘束したり、一歩も動かず8位まで漕ぎ着けた、やべーヤツである。


 何を企んでいるか分からないし、お互い手の内を知り尽くしている分、泥仕合になりかねない。

 正直相手にしたくない人間であるのは確かだ。


「まぁ、対策も考えているんで、大丈夫だと思います」

「じゃあ、1回戦はお互い頑張ろうって感じだな」

「ちょっとそれ、大雑把すぎない? 自分は不安でしょうがないわよ……」


 しょっぱな第1試合のセルマは表情が優れなかったけれど、泣いても笑っても3回戦を勝ち残れば大会で優勝なのだ。


 それぞれの思惑を胸に、私たちはそれぞれの帰路へとついた。



   ※   ※   ※   ※   ※



「てところですかね、戦った感じは。役に立ちそうです?」

「うん、何もないより、全然マシ……エリーさんありがと……!」

「あー、はい……」


 帰りすがら、スピカちゃんにヘレナと戦った時のことを話した。


 ただ、自分でどうだったか聞いたので言いづらいけれど、もう少し言葉を選んでほしかった。

 まぁ、確かに私が話したのは試合を見てれば分かることしかないのだけれど。



 そんなことを話ながらしばらくあるいていると、私たちは後ろから声をかけられた。


「ようやく見つけた、おーい」

「あ、リゲル兄……」


 会見の時にスピカちゃんと別れたリゲル君が、追い付いてきた。

 どうやら他の兄弟とは別れて、彼一人らしい。


「カペラ兄やアダラ姉は……?」

「帰ったよ、あの2人も一応暇じゃないからね」

「そうだちょうど良かったじゃないですかスピカちゃん、リゲル君にヘレナの対策を聞けば」


 同じ王国騎士だし、どうやら知り合いっぽかったので、手の内のひとつやふたつ知っているだろう。


 少なくとも私に聞くより、情報は多いはずだ。


「ううん、エリーさん……リゲル兄は、教えてくれない……」

「え、何でですか?」

ふぇあ・・・じゃないから、って言うと思う」


 それを聞いて横で本人がうなずく。


「その通り、僕からスピカにはフェアじゃないから教えられないな」

「うわー、ケチんぼー」

「まぁ、僕からも向こうに教えることはないから、そこは安心しなよ」


 でも確かによく考えたら、リゲル君はそう答えるのが当然だった。


 何せ王国騎士や私たち、果てはアデク隊長まで巻き込んでのバランス調整を演じて見せた人だ。

 飄々としててあまり信用ならないけれど、少なくとも立場上どちらの味方をすると言うこともないだろう。


「じゃあ、何でスピカちゃん追いかけてきたんですか?

 家に帰ればどうせ一緒なのに」

「違う違う、用事があったのは君だよ、エリー。

 ヘレナとスピカが1回戦で当たるって聞いた時点で、こっち方向に一緒に帰るだろうと思ってね」


 リゲル君は少し得意気に言ったけれど、私は何だか後をつけられたようで気持ち悪かった。


 まぁ、家の前で待ってられるよりよっぽどいいのだけれど────



「じゃあスピカ、ちょっと必要な話があるから先帰っててくれないかな?

 スピカには関係ない話だけれど、あまり人にこの話を聞かれたくない人がいるんだ」

「分かった……ばいばい、エリーさん……」

「あ、ちょ、まっ────」


 止める暇もなくスピカちゃんはトテトテと帰っていった。

 相変わらず自分の関係ない話になると、ものすごい危機回避能力だ。



 そして誰もいない路地に残されたのは、私ときーさんと、私の後をつけてきた男が一人。


「で、なんですか話って」

「切り替え早いね、いや実はさっきこんなもの預かってさ」


 彼は懐から、ジャラジャラとした鎖を取り出した。

 何かと思ったら、どうやらネックレスのようだ。


「え、なんですかこれ?」

「ヒルベルトから預かったんだよ。しばらくの間持っててほしいって」

「えぇ……」


 ネックレスの鎖の先には蝋で封をされた小瓶がついていて、中には何か入っている。

 けれど、中身は瓶自体に色が入っていてよく分からない。


 こんなものを私に渡して、どうしたいんだろう?


「何かの呪いのブツかもしれないよ?」

「ヒエッ……」

「まぁ、アイツに限ってそれはないだろうけれど」


 一瞬本気でビックリした。

 元々ヒルベルトさんとリゲル君、そしてロイドは同じ隊だったと聞く。


 そしてその隊はリゲル君が辞めてその解散になったのだ。

 関係ない私が逆恨みされていた────と言う可能性も無いわけではない。


「まぁ、それならレース中に殺るでしょ」

「そりゃそうですね。じゃあ何ですか? 呪いのブツじゃないなら」

「さぁ? あと本人からメモ預かってるけど」

「それを最初に出してくださいよ」


 半ばリゲル君から引ったくるようにして、私はそのメモを読んだ。



〈大会楽しかった。それをしばらく肌身離さず持っているように、必ず役に立つから〉



 そう、走り書きがしてあった。


 万が一の私を口説くためのプレゼントかも、と言う予想も外れてしまったが、このメモだけでは余計訳が分からなかった。


「そう言えば、肝心の本人はどこですか。

 何でわざわざリゲル君に、こんなものだけを預けて自分は来ないんですか」

「さぁ、なんか用事があるからって、すぐに街を出る手続きをしに行ってしまったよ」

「街を出る用事? 勝ち残ってたらまだ試合があったのにですか?」


 大会に出ていた以上しばらく任務もないはずだし、急用にしても急すぎる。


 今は北東の方から進軍してきている敵へ、街から多くの軍人が派遣されているけれど、そんな切羽詰まった状況だとも聞いていない。


「まぁ、理由は詳しくは聞いてないな。でもお土産は期待しない方がいいと思うよ」

「あー、それは残念ですね」


 別にそう言うつもりで言ったわけではないのだけれど。



「そう言えばアイツ、僕にも仕事押し付けてきたんだよ。

 同じチームで出てた君なら分かるよね、見てよこれ」

「レンズ、ですか?」


 それはヒルベルトさんがかけていた眼鏡のレンズだった。

 そう言えば大会中爆発に巻き込まれたとき、吹き飛んでいたと言っていた。


「よく爆破に巻き込まれてレンズが割れなかったですね」

「一応頑丈に作ってあるから、そこはね。

 聖なる力に、超高純度の高い光の魔力、世界樹の葉────それだけの素材があれば、簡単には砕けないさ。

 まぁ、砕けないだけですげぇ傷ついてるから、直すのにめっちゃ大変そうだけど」


 そう言えばこの眼鏡は、知り合いの研究者に無理言って作らせた代物だと聞いている。

 リゲル君に言ってどうにかなるものでもないはずだけれど。


「リゲル君に直せるんですか?」

「一応僕もこの眼鏡の開発に携わっているからね。

 完全な技術や作成はその人だけれど、細かい調整やフレームの加工なんかは僕がやったんだ」

「そうだったんですか……?」


 じゃあ多分、私が持っているもうひとつの魔眼封じのメガネも、リゲル君が作ったんだろう。


 前々から武器をコソコソ作って試していることはあったけれどこんなものまで作ってしまうとは恐れ入る。


「ま、僕の事はどうでも良かったね。

 そのネックレスはヒルベルトなりに考えがあって渡した物なんだと思うよ。

 アイツがそう言ったんだ、間違いなく君に必要になる!」

「おぉ、言い切った……」


 ヒルベルトさんに、リゲル君────元同じ隊の2人。

 何かしらの信頼関係があるから、そう断言できるのだろう。



「ま、ポケットにいれるだけでもいいから、持っておいたら?」

「分かりました、そうします……」


 私は一度、ネックレスの小瓶を空に掲げてみる。

 夕方近い空の光を乱反射して鈍く光るその奥に、一瞬だけとても巨大なエネルギーを持った何か・・がドクン、と脈打った気がした。



「どうかした?」

「────いいえ、何でも。お届け物、ありがとうございました」


 お礼を言って、私はリゲル君と別れた。




 何はともあれ長い長いレースを、私は今日仲間たちの力を借りて、ゴールできたのだ。


 正直ダメかと思う場面も、危ない場面もたくさんあった。


 それでもきーさんも私も、大きな怪我もなくここまで来れたのは、奇跡と言ってもいいだろう。



 それに先の事はまだまだ問題山積みでも、変わらず何日ぶりかの家と布団が、私を待っている。




 じんわりと達成感に包まれた私は、いつにも増して足取り軽く帰り道を歩けたのだった。





       ~ 第3部2章完 ~




NEXT──第3部3章:Deadend of 【Rule】/Ⅲ


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