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帰りたい(250回目)  行け、アリスガーデン


 街を越え、こちらに近づく「何か」の轟音が聞こえる。

 黙視できる距離だ。それが瞬きほどの間に距離を詰めてくる。


「やっぱりアイツらかよ……」


 ヒルベルトさんがそう呟く。やっぱり、相手は例の後輩だったようだ。


「ヒルベルトさん! ヒルベルトさ────」

「少し静かに……」




 彼が眼を瞑り2本のナイフを構えた瞬間、ついに接近してきた3人が眼前にまで迫ってきた。


「飛雷光流────」


 彼が上空に飛び上がった瞬間、高速の物体がそこへ激突する。

 それが両者ぶつかると覚悟して、しかし眼を離さすその瞬間が眼に焼き付いた刹那────


「斬!!」


 迫る物体が3つに割れ空中分裂する、その一瞬を捉えた。



「くぎゃっ!」「ぎゃあぁぁっ」

「2人とも!?」


 その3つの分裂体は叫び声をあげながら、あらかじめ、決まっていたように、私の展開した重力の歪みに飛ばされていった。


「えっ……」


 3人が地面に落ちてからようやく思考が追い付く。


 ヒルベルトさんは相手の通る空中のルートを予想して私の能力を展開させ、そこへ至るまでの瞬間に彼らを繋ぐ器具を粉砕して見せたのだ。


 お見事────!



「ま、こんなもんか。この狭い道じゃ、通る場所なんてあらかじめ決まってるようなものだからね。

 クララとアリアの躍進劇も、ここまでってことだ」

「ううぅん、やられた……」

「セルマ、バリアは?」


 地面に落ちた左右の2人が起き上がると、もう1人もすぐに飛び起きて、私たちと距離をとった。


「うぅ、バリアがなんか切られた……!

 嘘でしょ、ナイフに破られるなんて、こんなこと初めて!」

「“魔力纏”ならこれくらいは出来るんだぜっ、てね。

 でも、2人ともずいぶん素晴らしい仲間を見つけてきたじゃあ、ないか?」


 そう言って、ヒルベルトさんはセルマさんを指差した。


「あっ、セルマさん……」

「ん? レベッカさん!? 久しぶりね!」


 彼女が手をブンブン降ってきたので、私も軽く降り返す。

 なんか緊張した場面なのに、セルマさんの明るい性格で少し緩んでしまった。


「げげ、ヒルベルト先輩……セルマ手降ってる場合じゃないよ!

 あの上裸の人、相当やべぇよ~……!」

「上裸で悪かったね、上裸で」


 そう言いながら、ヒルベルトさんはようやく地面に落ちていた服を着た。

 ホントにただ脱ぎたかっただけなんじゃないだろうか?



「私の先輩で、よく2人で模擬戦に付き合ってもらってるの。すごく強くて……」

「ねー、今のところ248戦248敗だね」

「うわぁ、絶望的。2人とも負けまくってるわね」


 セルマさんはそれでも向き直ると、私たちに言った。


「早くしないといけない。ここ、通してもらえますか?」

「あんだけ豪快に切られといて、よく交渉が成立するとおもったね。い・や・だ」

「私もちょっとムリ、かなぁ……」


 正直セルマさんは恩人だし、あの時のお礼もまだ出来てないから断るのは申し訳なかった。


 けれど、ヒルベルトさんもいる手前「はいどうぞ」と通すわけにもいかない。


「誰かが先にゴールしちゃうことを気にしてるのかい?

 今のオレの水晶は16位、長い時間このアリスガーデンと道を塞いでたから、ここからゴールまで参加者はいないと考えていいだろうよ」


 そんな私の心境も知らず、彼は3人を煽る。


「この中から、ゴールできるのは1人だけ……?」

「君お気楽だね。後ろから別の参加者がやってきたらどーすんのさ」



 一色触発の空気────そしてその横で、双子が杖を構えた。


「ねぇ、セルマ。あのさ……」


 赤い髪の彼女が、セルマさんにコソコソと耳打ちをした。


「昨日からヘトヘトだと思うけど、やれる?」

「どうかしら……頑張ってみるけど……」

「オーケー、やれるだけやってみよ。えいっ」


 緑髪の子が杖を振るうと周りの砂が巻き上がり、目の前が塞がれた。


「うわっ! 眼にゴミが入った!」

「しまった……」


 横のヒルベルトさんは眼を細めつつ、苦々しく言った。


「やられた、オレの能力対策! まさかこのまま突破する気か!?」

「えっ!」


 ヒルベルトさんの能力は眼を合わせなければ発動しない。

 それを知ってる双子に対策されたんだ!


「させない、今霧を晴らすから!」

「やったれ相棒!」

「うるさい黙ってて!」


 しかし、重力を操作しようとした瞬間、目の前に影が迫ってきた。


「させないわ!」

「ぐっ────」


 セルマさんに吹き飛ばされて、私は地面を転がる。

 そこへさらに追撃とばかりに彼女のバリアが覆い被さった。


「ど、どかしてセルマさん!!」

「ごめんねっ! ここまで来てくれた仲間のためにも、ここは譲れないわ!」

「っ────」


 重力操作を使って力ずくで引き剥がそうとも思ったけれど、動かない。

 バリアには効かないんだ────!



「くそっ、何なんだお前ら!」


 そしてヒルベルトさんは、向こうで双子が身体をガッチリとホールドして、動けなくなっていた。

 筋力で無理矢理覆そうとしているけれど、どうやら身体強化の魔法を使ってるらしい。


「ありがとう2人とも、今のうちにその人の水晶破壊を────」

「まってセルマ、今近づくのは危険だよ~!」

「え?」


 赤髪の子に止められて、セルマさんが戸惑う。


「私たち考えたんです、どうやったら眼を見て心を読めるヒルベルトさんに勝てるか……」

「ねー、セルマに警戒してるうちに、私たちが動きを止めるの」

「確かに、対象が多ければお前らへの警戒度は自然と下がるし、こうなっちまっちゃオレの能力も形無しだ。

 それで、それから────?」


 時間が経つにつれ、だんだんと彼の身体がホールドを無視してギシギシと動き始める。

 すごい怪力だ────


「前にもやったけどこうやって2人で身体強化しても、押さえつけるのがやっと。

 下手にセルマが近づいたら、どうなるか分かりませんし~」

「ねー。それに、セルマに手伝ってもらっちゃ、ズルじゃないですかー」


 そして2人の身体が発光し始めた。

 ヒルベルトさんは諦めたように眼を閉じる。


「クソがっ」

「じ・ば・く・です!」「ボ~ン!」



 ドンッ────と。


 強烈な閃光と共に、目の前の3人が爆発に包まれた。



「まさか、自爆!? こんな作戦────!」


 隣を見ると、セルマさんも唖然としている。あ、作戦知らされてなかったんだ。

 いや、それがヒルベルトさん対策で功を奏したのか────


 何はともあれその隙に、私は押さえつけたバリアと地面の間から脱出をした。


「っ────あっ、2人とも!!」

「ヒルベルトさん! 大丈夫!!」


 我に帰ったセルマさんと、まだ視界が晴れない中近づくと、向こうから声が聞こえてきた。


「これで249戦248敗1引き分けですねー」

「ちっ……」


 爆発による土煙と閃光が晴れると、そこにはヒルベルトさん1人が立っていた。



「ヒルベルトさん! だ、大丈夫!?」

「いや、見りゃ分かるだろ。大丈夫じゃないよ、ほらほら」

「えっ、そんな……」


 手から溢れ落ちたのは、彼の砕けた水晶だった。


 ここまで来て、チームメイトであるヒルベルトさんが失格になってしまった────

 その事実が、私の心に重くのしかかった。



「お前らは?」

「私もダメ~」「ねー、これは再起不能」


 自爆を仕掛けた2人も、ジャラジャラと砕けた水晶を取り出す。


「でも私たちは満足だよ。始めてヒルベルトさんから引き分けに持ち込めた!」

「ねー、大進歩! だからセルマも、心置きなく行って?」


 ボロボロの2人は、それでも満足げだった。


「お前もだ! オレに構うな! 行けっ、アリスガーデン!」

「っ────!」


 大声で弾かれたように、私もまた我に帰る。


「色々と悪かったな、期待してるぜ?」

「分かった……ヒルベルトさん、ありがとう!」



 数歩先、杖で飛び始めたセルマさんを、私は追う。

 もうとっくにボロボロなはずなのに、不思議と少しの力だけは沸いてきた。


「ありがとう2人とも! ごめんね! 絶対負けないから!!」


 双子に声をあげるのは、あの日私達を助けてくれた人。

 ある意味私の、目標とも呼べる人────



 だからこそ、私はセルマさんに、負けたくない!

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