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帰りたい(248回目)  V


 長かった旅の終わりを告げるその大歓声。


 疲れきった私の耳にはとてもよく響いて、正直頭が割れそうだった。



「よ、ようやくゴール────ですっ」


 私は確かに、レースのゴールであるエクレアの街の門を踏みしめた。

 2日間にも及ぶ長い移動、チームの2人を初め色々な人と協力したり、戦ったりしながら、ここまでたどりたく事ができた。


 もう体力はとっくに底を尽きているし、正直自分でも信じられない。

 けれど、間違いなく夢でもなく、私は2回戦という大きな難関を越えたのだ。



「うぅ……」

“大丈夫?”


 ゴールした安心感と、これまでの疲労が一気に襲ってくる。

 たまらず倒れ混みそうになると、目の前の人が私を支えてくれた。


「あっ……ありがとうございます……」

「お帰りエリー。ゴールおめでとー」

「いい、イスカっ!?」


 私を支えていたのはイスカだった。

 彼女に付き添われてゴールした選手用のテントまで移動してから、私はようやく腰を下ろす。


 先には何人かの選手も到着していて、設置された画面を見ていた。


「エリーは11位だって、ほらゴールしたとき紙渡されたでしょ」

「あっ、ホントだ!!」


 もう少しギリギリになるもんだと思っていたけれど、思いの他順位が高くて驚いた。

 そういえば何人か最後の方で抜かしたのだし、もしかしたらヒルベルトさんやレベッカさんもゴールできる余地があるかもしれない。


「ちなみに僕は6位ね、ほら」

「えっ……」

「チームの2人が頑張ってくれたからねー、ラッキー」

「ええぇ……」


 私が死に物狂いで頑張ってきた結果を、一歩も動いていないイスカがそれを越えていた。

 それを聞いて私は全身の力が抜けていくのを感じる。


「大丈夫? 元気ないよ?」

「もうなんでもいいです……」


 普段私の会話には無頓着な足元のきーさんも、今度ばかりは少し引いていた。


「あ、ならイスカと同じチームのクレアとロイドは、もう先にゴールしたんですね」

「そうだよ」

「へぇ、ロイドはもう少しギリギリだと思ってました」


 そう言うと、イスカは少しニヤリと笑った。


「さすが、あいつの事よく分かってるね。ゴールしたのはキミのすぐ前だよ」

「やっぱり、ゴール前でゆっくりしてやがりましたね」


 アイツの行動概念は基本、「つええヤツと戦いてぇ」だ。

 だから以前イスカと会える機会を作ってほしい、と頼んできたときには結構驚いた。


 それに本人が気づいてるかは定かではないけれど────



「アイツの事だから、どーせ番号の調節したんでしょう」

「うん、そう。ホントに昔から変わらないよね」


 フフッと、イスカは少し嬉しそうに笑う。


 私も最近リタさんから聞いて知ったのだけれど、この大会毎年3回戦に勝ち残るのは16人。

 そしてそこから1vs1のトーナメントになるのがお決まりらしい。


 トーナメントは2回戦の成績によって当たる相手が変わってくる────

 つまり遅ければ遅いほど最初に強い敵と当たることになる。


「勝ち残ればどうせ強者とは戦うのに。アイツらしいと言うか、なんと言うか……」

「まぁ、そのせいでクレアって子に『手抜きやがったな!』って怒られてとっとと退散したから、ここにいないってわけ。

 僕も順位遅くなったし、悪癖も程々にしてほしいよね。ま、そのおかげで楽しみがひとつできたけど」

「楽しみ?」

「あ、見てほら。順位が画面に出てる」


 見ると3位にクレア、そのすぐ後ろに5位のロイド、ルールでイスカもゴール扱いになって6位。



 そして、2位にアーロの名前────


「………………」

「どしたの?」

「いや、少し、ね……」


 周りを見渡してみたが、アーロはいなかった。


 別にゴールしたら、この控え室に来なければいけないわけでもないけれど。


「あっ、見てみてエリー! 13位スッピーがゴールだって! やった!」

「え……? あ、スピカちゃん!? ホントだ!」


 画面には号泣しながらゴールをまたぐスピカちゃんの姿があった。


 てっきり私より先に来てるか、でなければ第5チェックポイントで2人に足止めを喰らっている頃だと思っていたけれど、どうやらあの関門を突破できたらしい。

 それか、最後の恩恵の道ベネフィットロードで気付かないうちに追い抜いてしまったのか────


 なんにせよ正直疲れてヘトヘトだけれど、少しだけ元気が沸いてきた。


「エリー会いに行こう!」

「行きます!」


 私たちには珍しく、高めのテンションで先ほど来た道を戻った。



   ※   ※   ※   ※   ※



「うわぁぁあ!! あぁぁぁーー!」

「スピカ大変でしたわね! おーよしよし! よしよし!」

「頑張ったねスピカ、お疲れ様」


 大声で泣くスピカちゃんと、それを取り囲むリゲルくん、そして双子の兄姉がいた。

 どうやら3人はスピカちゃんの応援に来ていたみたいだけれど、社会人なのに暇なのだろうか。



「あーあー、妹の晴れ舞台だもんね」

「あれは近づけませんね……」

「うん、邪魔できないし今度にしよ」


 めでたくスピカちゃんも3回戦進出。

 うちの隊で残すは、セルマだけだ。


 しかしせっかくだけれど、あの状態じゃあ家族の団欒に水はさせないだろう。


「あれ? ところでイスカって、スピカちゃんとそこまでの面識ありましたっけ? スッピーってなに?」

「スッピーとは普通に友達だよ。前に僕のお店を燃やした後、お姉さんと謝罪に来たとき友達になって、そっからちょくちょく遊んでるよ」

「えぇ……」


 確かにスピカちゃんはいい子だけれど、その状況でお姫様と友達になって、遊びに誘えるのか。

 恐いもの知らずと言うか、なんと言うか────


「なんか失礼なこと考えてないかね?」

「頭ヤベェなって────おふっ!」


 脇腹の弱いところを、イスカが能力で変身させた枝で小突いてきた。地味に痛い。



 そんな話をしていると、そこに私より先にゴールしたクレアが、残念そうに戻ってきた。


「ちっ、逃がした……」

「あ、クレア」

「んっ、エリアル。その様子なら、勝ち残ってゴールしたんだな」


 どうやら追いかけていったロイドは、捕まらなかったらしい。


「なんとか。スピカちゃんもさっき向こうで胴上げされてましたよ」

「あぁ、それはよかったよ」


 さして意外そうでもないように、クレアは言う。


 イスカと一緒だったとは言え、何か勝手に舞い上がってた自分が恥ずかしい。



「ねーねー、君確か──クレスちゃん、だっけ?」

「クレアだよ。アンタ誰?」

「僕はイスカ、レースで同じチームだったでしょ」

「あ、思い出した。それで何か用?」


 どんだけ互いを覚えていないんだ────


 そう言えば2人は王国騎士の人たちに追いかけられた時にも会ってるはずなので、多分お互いあまり関係ない相手で興味がないんだろう。


「うん気になっちゃうでしょ。君何で小さい子連れ回してんの? 妹?」

「え……? わっ、ビックリしたっ」


 イスカが指摘して初めて気づいた、クレアはなぜか小さな荷車を引いていた。

 しかもそこには、小さい女の子が、何やら機械をガチャガチャ弄りながら座っている。


「あー、コイツはテオ。アタシのボードを作ったんだ。

 今壊れちまったボードを直してくれてんだ」

「壊した・・な? ったく、あれだけの無茶使いは想定してねーっつーの。

 それに、このオふたり様が聞きたいのはそーゆー事じゃねぇだろ」


 こちらに目線も向けず、クレア以上にぶっきらぼうにその子は言った。

 なんだか見た目にそぐわないような、ハッキリと面倒くさそうな太い声で、面食らってしまった。


「俺様はエリアル研究所エクレアラボ副所長、テオ・ボイエット。

 固有能力は【スイート・ジーニアス】、6歳独身彼氏なし、今後ともよろしくお願いしますな、特にそこのオメー様?」

「エリアル────それって……」


 私が今使っているファーストネームだ。


 言おうとした私を無視して、テオはまた作業を始めてしまった。

 しかし口元はまだブツブツと小さく動いている。


「エリアル、エリアル、エリアル・テイラーね────なるほどな」


 何かを訳知りの様子のテオちゃんは、私の名前を名乗ってもないのにそんなことも言っていた。


「ねぇテオちゃん、さっきの────」

「あっ、キレた……」

「は?」


 話しかけようと近づいたが、突然テオちゃんはそんなことを呟くとクレアに抱きついた。



「おねーちゃん、甘いもんちょーだい」

「あー、こりゃキレたな」

「どゆこと?」


 突然歳相応以下の少女のように、テオちゃんはクレアに甘えだした。

 さっきの刺々しい声からは考えられないほど、普通の6歳児だ。


「コイツ、しばらく甘いもの食べないと、6歳児にもどっちまうんだよ。

 そういう能力なんだってさ」

「は、はぁ……」

「とりあえず今何も持ってねぇから、何聞いても難しいことは答えられねぇな。

 その辺で何か買ってくるわ。ったく、疲れてんのによ……」


 頭を掻きながら、クレアはテオちゃんの乗った荷車を押して、人混みへ消えていった。


 何だったんだ、クレアもあの子も────



「あはは、面白いねあの子。エリーの出身の島の事も知ってるみたいだし」

「まぁ、私エリアル島で暮らしてただけで、ミリアみたいに出身ではないんですけど」

「そうだったの?」


 そう言えばイスカには、言ってなかった。


 別に深く話す必要もないので、今まで会話に上がらなかっただけなのだけれど。


「て言っても、南の島の事は、僕にはよく分からないや。

 それよりいいの? 君のチームメイトまだ来てないんだよね」

「えぇ、ずっと気にしてるんですけど────あ、映った」


 ようやく中継器に映し出された、私のレースでのチームメイト、ヒルベルトさんとレベッカさん。



『え、嘘でしょ……』


 2人はボロボロになりながらも、未だに第5のチェックポイントを守り続けていた。



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