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帰りたい(247回目)  スパート!


 長い戦いが終わりに近づいているのが分かる。


 このレースのゴールは、最初に出発したエクレアの街の正面門だ。

 街の西の壁に沿って近くまで来ると、観客の歓声が聞こえてきた。


 もうひとがんばりかな────


“エリー、大変だよ”

「どうしたんですか?」


 少し上を飛んで偵察していたきーさんが、戻ってくる。

 今日は船になってもらった後もしばらく飛ばずに窮屈そうにしていたので、ようやくの自由が身に染みたようだった。


“少し前で、戦闘が起きてるみたいなんだ”

「まだですか?」


 てっきり16位入りが確定した人は、後はゴールへ向かうだけで、積極的な戦闘は起こらないと思っていた。


 と言うのも、チームの2人と別れてからここに来るまでの間にも、恐らく最後のノルマ休憩をここに来てとっている人を何人か追い抜くことがあった。

 けれどどの人も休憩に忙しいのか、私のことは無視で問題なく通れた。


 だからこのままゴールまで一直線、と思ったのだけれど────


“休憩に忙しいってのも、変な話だよね”

「実際本人たちは、他の事なんか後回しで休憩してるんだから、間違ってはいないでしょう」



 レースの最前線だというのに、とても呑気な会話をしながら私たちは先を急ぐ。


 そう言えば、この壁の向こうを少し行けば、家があるのだ。

 家に帰ればシャワーを浴びて、布団でゆっくり寝れる。


 そう考えるとヘトヘトのはずなのに、私の足は少しだけ軽やかに動くのだった。


“ホントに呑気なもんだね。ほら、もうすぐだよ戦闘の場所は”

「あっ、あれは────」



 先に行こうと相手に激しい攻撃を繰り出す軍人女性、行く手を阻む同じく軍人の男性。


 しかもよく見ると、知ったような顔が戦っていた。


「ふへへへ! オレっちの能力が余程気に入らねぇってか!」

「何で……! 邪魔! するの……!?」


 戦っていたのは先に行ったはずのスピカちゃんと、私につきまとってくるナルスと言う軍人だった。


 別れた後全く会わないので、船に乗っている間に抜かしたか、既にゴールしたのかと思っていたけれど、ついにここで追い付くことになったらしい。



 どうしよう、出来ればここでナルスとは関わりたくないけれど、スピカちゃんが絡まれているのを放っておくのもできない。

 それにそもそも、周りに遮蔽物もないのでスルーも叶いそうにない。


「なにこの人、怖い────」

「スピカちゃん、大丈夫ですか?」

「うわっ、ビックリした……! エリアルさん!」


 後ろからそっと近づいて声をかけると、スピカちゃんは思わず私3人分の距離を飛び退いた。


 どうやら予想以上に驚かせてしまったらしい。


「エリアルさぁぁあん……! ごわがっだぁぁぁっ!」

「おーよしよし、急に絡まれたんですね」

「うん……うん!!」



 大方意味もなく近くにいたスピカちゃんに、ナルスが因縁をつけていったのだろう。

 色々と迷惑行為の絶えないナスル、彼とはこのレースでは2回目の遭遇だ。


 私たちの会話を聞きながら、ワナワナと震えていた。


「オメーら、オレっちのこと無視すんじゃねぇ! 目の前でいつまでやってるつもりだ!」


 彼がそう叫ぶと、捻り切れんばかりにスピカちゃんの首がその方向へ強制的に向いた。

 【アテン・ハット】と言う目線を強制的に誘導させる彼の固有能力だ。


「痛いっ! また、目線引き付けられた……!」

「あー、可愛そうに……」


 私は声に関係する能力は効かないけれど、彼の声を聞いたスピカちゃんはそのために足止めを喰らっていたらしい。


 あと、そろそろ彼女の首が限界を迎えそうだ。


「またオメーには効かねぇのかよ! 嫌いだっ!」

「あー、はいはい……」


 本当なら無視して先にいきたいところだけれど、そうもいかなそうだった。



「ナルスさん、私早く先へ行きたいんですよ。そこを通して貰えますか?」

「ヤだね! 対戦者がボロボロなのを見逃す手はねぇ! オメーはソイツと一緒にここで倒す!」


 確かにゴール直前のここで満身創痍の相手を待ち伏せれば、3回戦に上がれるようなより強い人間を蹴落とせるチャンスがあるのは間違いないだろう。


 ただ、仲間が後ろで殿を勤めてくれているとはいえ、いつ後ろから参加者が追いついてこないとも限らない。

 水晶を砕かれても負けだし、邪魔されるのはとても困る。



「スピカちゃん、相談があるんですけど────」

「なぁに……?」

「協力して抜けませんか、ここ」


 流石に一年近く小隊を組んできただけの事はあって、クレアは何も言わなくても察してくれた。

 ここの土壇場、共闘して突破するのがベストだ。


「わ、分かった……」

「ありがとうございます。私の因縁なのに、すみませんね」


 こうも延々と絡んでくるのなら、いつかは彼と決着をつけないといけないとは思っていた。


 私にとってそれが、今になっただけだ。



「じゃあいきますよっ、“ウィステリアミスト”!」

「なんダァ!?」


 私の身体から発生した霧が、辺りを覆う。


「クソッ、このままオレっちから逃げる気か!

 そうはさせるか! “こっち向け”!」


 私たちを引き留めようと叫ぶ敵の声が響く。


 でも今回だけは、狙いは逃げることじゃない────


「そこっ! “右扇旋風カストルストーム!”」

「っ!! しまった!」


 霧の中でも声によって強制的に振り向かされれば、イヤでも敵の方向が分かる。

 私の霧の中でも、スピカちゃんは確実に彼を捉えた。


「ぐおぉっ────いでぇぇぇっ!」


 強力な風が彼を吹き飛ばし、街の壁面へ叩きつける。


「仕留められなかった……!」

「後は任せてくださいっ、“コルクヒット”!!」


 フラフラと彼が立ち上がる前に、私は接近して氷のハンマーによる一撃を頭に叩き込んだ。


「ぐおふっ……きゅー……」


 ナルスは白眼を向き崩れ落ちる。


 そしてそのままウグゥと低い声をたてて、動かなくなってしまった。


「あ、気絶してる。水晶は……」


 探すと、持っている水晶も既に砕けていた。


 あのまま私たちを無視して先にいけば勝ち残れたのに、少し哀れだ。


「勝ちましたよスピカちゃん────あれ?」


 ようやく晴れた霧。しかしレースの途中なのに、スピカちゃんはその場から動かなかった。


「ど、どうしたんですか……?」

「疲れちゃった……あの人、ずーっと足止めしてきて、しつこいんだもん……」


 確かにここまで来るのに当然、スピカちゃんも満身創痍だったはずだ。


 それが最後の最後で変なのが出てきて、限界を迎えたんだろう。



「エリーさん、先行って……」

「でも置いていけないですよ」

「約束。クレアさんに怒られちゃう……」


 私たちがレースの時に出会ったら、同じ敵として立ち振る舞うと言う約束が、そういえばあった。

 さっきのは共闘も仕方ないにしろ、確かにここでスピカちゃんを待っているのは、それに反することになる。


 それに、私のために他の参加者を後ろで食い止めてくれている、チームの2人にも申し訳ないし────


「分かりました、今度は私が、先いきます。

 でも必ず、スピカちゃんもゴールしてください」

「うん、分かってる……」



 こうして思わぬ時間をとられてしまったけれど、私は最後の戦いを終えて、何とか先に進むことができた。


 ゴールは、すぐ目の前だろう。

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