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帰りたい(242回目)  フロスティ


 動きにくい水中、身体が自由に動かず、呼吸も苦しい。

 にも関わらず、迫る肉弾の猛攻は更に激化する。


「そこだなっ!」

「うわっ────」


 寸でのところで手刀を交わし、足裏から出した空気で距離をとる。

 危なかった。水中なのに、手刀にカスった服の端が千切れて川下に流れて行く。


 お、恐ろしや────


「ここまでしなければ、貴女に攻撃は通らないという見解だが。間違っていたかな?」

「えぇ、あんなの避けるのも精一杯です。危ないです……」


 私は邪魔な上着を脱ぎ捨てて、もう一度ソルドさんに向き直る。

 どうやら、決して嘘やデマカセで言っている訳ではないらしい。


「ひとつ聞かせてください。私のことを、どうしてそこまで過大評価するんですか?」

「過大評価、だと思うのか」

「まぁ、経験があまりないもので。戸惑ってます……」


 どういうわけか、この人は私を相当警戒してるらしい。

 作戦やお世辞ならよかったけれど、どうやらそうでないらしいことは今のやり取りのうちに感じ取ってしまった。


 できれば私としては、そう考えるのはやめてほしいのだけれど────


「話して此方の考えは変わらないがね。

 分かった、話そう。ミリア・ノリスだ」

「えっ……」


 突然発せられた彼女の名前に、私はたじろぐ。

 アイツは今、エクレアの北東から襲来するという、ノースコルの大規模な襲撃作戦に参加すると言っていた。


 元々その情報はこちらも掴んでいたので、今頃エクレア軍と衝突しているかもしれない頃だ。


「彼女が、どうしたんですか……?」

「あの子とは、ラルフ隊で同じ小隊だった。

 君らのヴェルド隊が解散した後、一緒になったのだ」

「あぁ、そう言えば……」


 ラルフ隊は、国の西を中心に活動する「遠方組」と呼ばれる隊のひとつだ。

 リアレ隊のように、国内での扮装に参加したり、災害現場への派遣を中心に仕事をしている。


 そんな隊になってしまったミリアとは、離れてしまうんじゃ────と当時は心配したけれど、隊の中でも街での活動する隊員もいるらしく、彼女もエクレアに残ることになったのだった。


 それが彼女がスパイ活動をしやすくなってしまった、原因とも言えるのだけれど────



「それほど交流があったわけでもないが、同じ小隊だからね。

 彼女からよく、貴女の話を聞いていたんだ。

 なんでも当時から、“氷の魔法”を使えていたとか」

「まぁ、そうですけれど……」


 でも多少使えたとは言え、戦闘に使えるようになったのはようやく最近のことだ。

 当時では氷柱つららも作ることができず、倒れてしまっていた。



「それでも、水魔法の温度管理は高い技術が必要だ。限られた者しか出来ないよ。

 そしてその相手が2年半の間、力をつけ目の前にいる……」


 2度目の攻撃のために、ソルドさんは構える。

 私はそっと相手との距離をとった。


「此方が記憶する限り、同期の中で使える者は貴女だけだ。

 いや、そもそも術師の資格なくそこまで“氷魔法”を使いこなせる人間は、軍でも稀だろう」

「私、まだソルドさんの前で使ってませんよ?」

「“温度管理”は使っているだろう。

 この水温の中で慣れもなしに活動している」


 確かに今の私は自信の周りの水を少しだけ上昇させて、凍えてしまうのを防いでいる。


 しかしそれでも流れる川のなかで体温を保つのは難しい。

 現に今もうまくできず、凍えてしまいそうだし────


「それに、風魔法も警戒が必要だ。足りない空気を自身の魔力から変換し、水中での活動を可能にしている。

 此方は【ノン・デプレーション】の能力があるから息が持つがね、そこまで繊細な使い方はできんよ」


 そうは言うけれど、私としては息の配分を考えなくていいソルドさんの方が羨ましいくらいだ。


 私なんか下手したら、魔力が切れれば窒息してしまう。

 水中での活動は息をギリギリで保って、呼吸も最小限にしているのに、そのアドバンテージはずるい。


「だから、こうして合間見えていること自体が、既に貴女を驚異だと知らしめている。

 先程妹を下したした時のあの技も、水中戦を想定しての物だ。

 それに、声の聞こえ方にも違和感があるな、それが貴女の能力か?」

「そうです、よく聞こえるでしょう?」


 【コネクト・ハート】は普通なら会話の難しい水中戦いでは便利だけれど、それ以上の意味を持たない。

 だから、ソルドさんは私を驚異だというけれど、私からしてみればどれも中途半端だ。


 対して敵は────



「いくぞっ!!」


 ソルドさんが身体から発した風魔法を推進力に、魚雷のような早さで迫ってきた。


「っ──“レグホーン・フォーム”!」


 泡を撒き散らし、相手の視界を遮って攻撃をかわす。


 しかし川の流れが速すぎて泡が一瞬で散ってしまい、私の姿はすぐに晒されてしまった。


「げっ……」

「今のはいい手段とはいえないな! “ジェットウィップ”!」


 まるでムチのようにしなる空気が、私の身体に叩きつけられる。


 自分で操っているので十分承知しているつもりでも、やはり空気は水中で叩きつけられると本当の打撃のように重い。



 それにもうひとつ、今の私には大きな誤算があった。


「氷がうまくつくれないっ……」


 普段空気中なら作り出せる氷も、流れる水の中では形にするのが困難だった。


「どうした! 作氷出来なければ逃げるだけか!?」

「違いますよっ」


 相手と同じように足先から風魔法を飛ばし、追撃をかわす。

 しかし慣れない水の中で体温管理、空気確保をしながらの移動は自身の魔力と精神力をゴリゴリと削っていく感覚があった。


 これは長期戦はマズい────


「“藍色刈りインディゴ・ロップ!」

「“バブルススクリュー”!」


 私の膝蹴りと、ソルドさんの渦巻く空気を纏った拳がぶつかる。

 一瞬威力は相殺したかに見えたが、相手の拳はさらに推進力をあげ、私の膝をそのまま後方へ押しやった。


「いっだぁっ……」

「“ジェットバイブ”!」


 そのまま私の腹に手を当てたソルドさんから放たれた衝撃波が、私を後方へ飛ばす。



「っうあああっ────うっ、うぐっ……」


 川底を転がり、なんとか身体を立てようとするが、目の前が白黒して意識が飛びそうだった。

 それに、息がうまく出来ない。痛みで魔力の調整がうまくできず、今まで薄く保ってきた息がキツくなっていた。


 それに川の水も寒い、心臓が止まりそうだ────


「これ以上は止めようか。此方も本気を出してしまった」

「いいぇ、まだ……まだ、です……」


 痛みをこらえ、呼吸と水温を整える。

 寒い、苦しい、魔力が減っていく一方のままでは、この強敵を相手にするのは難しい。



「“レグホーン・フォーム”!」

「また、目眩ましか?」


 私は目眩ましの泡を噴出すると、そのままの勢いで川底を蹴った。


 水深はそこまで深くない、なんとか水面まで行ければ────


「やはり空気を求めてそう来たか、起動は読めていたよ」

「っ────!」


 もう少し、あと1秒あれば水面へ届くというところで、私の首は、迫ってきたソルドさんに掴まれていた。

 片腕だけが、水面からなんとか待ち焦がれた空気を掴むが、呼吸が楽になるわけではない。


 そして相手は、水中でも逃がさないよう、ゆっくりと風魔法の推進力を出して下がって行く。


「苦しいか、我慢しろ。水晶を壊したら、すぐに岸へ連れて妹と身体を暖めてやる。

 これは大会だ、貴女も命を奪われる道理はないし、此方も殺す気はない。また来年、相見えよう」



 少しずつはなれる水面、息が出来ない────


 それでも来年はない。私は必死の中で聞こえたその言葉を、否定した。


「い……です……」

「なに?」


 怪訝な顔をしたソルドさんに、私は声を振り絞り、もう一度確かに叫ぶ。


「来年はないですっ。“灰氷菓フロスティグレイ”!」

「っ────! しまった!」


 瞬間、水面から降ってきた氷の礫にソルドさんは思わず顔を腕で防御する。


 ついでに、私を掴むてが緩んだ────


「ぷはっ……」


 その隙をついて、なんとか水面から顔を出した。待ち焦がれた外の空気を一杯に吸う。

 私がソルドさんに勝てるチャンスがあるとしたら、今しかない。


 私はもう一度潜り、相手を見据える。


「くそっ!」

「いきますよ……」


 両腕に水魔法を風魔法で圧縮し、一気に噴射する。


 瞬間のスピードだけなら、さっきのソルドさんにも負けないはずだ。



「来い、エリアル・テイラー! 貴女とここで闘えたこと、本当に幸運だ!」

「そうですかっ……“菖蒲噴流イリス・ジェット”!」



 川の流れも合わせ、自身にも負荷が来るほど強烈な威力にまで達する。


 そして水中最高速度の蹴りが、ソルドさんを捉えた。

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