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帰りたい(241回目)  藍色の川底


 全身が冷たい、一瞬にして身体の芯まで冷えていくのが分かる。


 自分で作り出した氷ならまだ耐性があるのだけれど、自分とは関係のない春先の川の寒さには私は弱い────



「まずは、ひとり……」


 私を川底へ押しつけながら、目の前の見知らぬ軍人男性がそういった。

 口にマスクのようなものをつけている、おそらくこれで水中でも呼吸を可能にしているんだろう。


「ねぇ、死んでないの? 大丈夫?」

「大丈夫だ、生きてるよ心配すんな」

「よかった、死んじゃったら反則だもんね」


 もうひとり、魚のような精霊に掴まった女性の局員が、私を見下ろしていた。

 彼と同じようにマスクをつけている。


「それより兄ちゃんは船の上の2人を止めてくるぞ、お前はこいつの水晶を潰したら、岸まで運んで暖めてやれ。

 今は生きてるが、そのうち死んじまうからな」

「えー」

「早くしろホントに死ぬぞ──うおっ、あの男飛び込もうとしてる!?」


 そういって、男性の方は船上へと登っていった。


 そうか。ヒルベルトさん、助けに来てくれようとしてたのか────



「じゃあ、ごめんね……水晶壊すよ……?」


 そして妹とおぼしき女性局員は、こちらへ泳いできて、私の服や体をまさぐり始める。


 少しくすぐったいけれどこれ以上はさせられない────だから私は、彼女の腕を掴むと強く言った。


「止めてくださいっ……」

「え……なんで喋れるの??」


 水中で聞こえてきた私の声に、彼女は明らかに狼狽していた。



「なんででしょうね、“藍色刈りインディゴ・ロップ”!!」

「ガフッぅ────!」


 隙の瞬間をついて、靴底から空気を噴射し相手の腹を蹴りつける。

 彼女は気絶すると、そのまま川下へ流れされて行った。



「おっとっと」


 慌てて服を掴み、今度は私が身体をまさぐる。


 あった、彼女の水晶だ────


「まぁ、泳ぎは相変わらず苦手ですけれど、少しなら対策もしてるんですよ」


 以前海の真ん中で骸に囲まれて、絶体絶命になったことを思い出す。

 あの時私が水中でも戦えていたら、自分だけでの脱出も出来ていたかもしれない。


 だから、もう誰かの足を引っ張らないためにも、私は水中で戦う術を身に付けた。



「見つけました、よっと……」


 隠されていた水晶を砕くと、川下の方に欠片が流れていった。


 そういえばこの2日で、誰かの水晶を直接砕くのは始めてだ。

 この人の目標を潰してしまったことになる────けれど、これは平等な勝負だ。仕方がない。



「それと、そこに隠れているのは、誰ですか?」

「やはりか。やはり、見つかったか……」


 先程から、岩の裏から覗く気配。


 そこから出てきたのは中性的、とでも言えばいいのだろうか。

 顔体格含めて、男性か女性かが曖昧でガタイのよい軍人が、こちらを見据えていた。


 恐らく先程ヒルベルトさんがなにかいいかけていたのも、レーダーに2つの気配とは別の、この人の反応があったから、だろう。


「貴方は……いえ、貴女?」

「どちらだと思う?」

「うーん、どっちでもいいです。それより────」


 いや、重要なのはこの人が先ほどの2人とは違い、この人が口元にマスクをしていないことだ。

 私と同じように陸と同じようにしているけれど、水中でも溺れないんだろうか?


「なんで隠れて出てこなかったんですか?

 今倒したのは、そちらのお仲間ではなかった?」

「いや、仲間さ。しかも妹だ。それに隠れているつもりは無かったんだがな」


 一見フレンドリーに語りかけられるが、その眼その立ち方に、一切の隙がない。

 ともすれば相手の実力を楽しむ戦闘狂のロイドより、油断を感じさせない。


「妹と弟が勝手に離れて、先に行ってしまったんだよ。

 私無しでもやれると証明したかったんだろう」

「あぁ、そうですか……」

「此方も2人にチャンスをやりたかったんだ、ただ妹は貴女相手に油断したな。

 その子はもう敗退だ、安全なところに移動させたい。投げて寄越してくれ」


 人を投げるだなんて腕の筋がはち切れてしまいそうなのでやりたくもないけれど────

 でも近づいたら攻撃されてしまいそうなので、仕方なく倒した女の子を向こうへ投げる。


 幸いここは水中。川下の相手にそれをするのは、陸上ほど大変な仕事ではなかったけれど。


「ありがとな。そらっ」

「うわっ」


 すると相手は、掌から空気の竜巻のようなものを出し、彼女を水上へ吹き飛ばした。


「心配するなよ、ただ風魔法で岸へ運んだだけだ」

「そんな軽々と出来るもんなんですかね……」


 そう言えば、水中で呼吸、そして風魔法の使い手────

 私にはひとり、思い当たる人物がいた。


「そうだ、思い出しました。

 あなたは同期の、【ノン・デプレーション】のエミリー・ソルドさん、ですよね?」

「此方の名前を知っているか、光栄なことだ」


 肯定した。ならこの人は相当な強敵、優勝候補にもなるだろう。



 【ノン・デプレーション】、彼の能力でもあり通り名でもあるそれは、いわば呼吸のための空気が、枯渇しない能力だ。


 その情報はこの人の活躍から知っていたけれど、まさか水中でも呼吸が出来るのか────


「名が知れわたると言うのも……まぁ、不便なものだな。

 物知りには、此方の手の内が知れてしまうか」

「私が特別博識というわけでは、ないと思いますけどね」


 事実、この人は私たちの同期の中でもかなり有名な人物だ。


 去年の大会では本選に残っていたはず、そしてこの一年での活躍も私の耳にかなり入ってきた。

 私たちの同期で、この人の話を知らない方がおかしい────


「ここで会いたくは、なかったですね」

「ふぅん、なおさら嬉しいことだな。ただ此方も、貴女の事は知っている」

「そう、ですか……」


 私は同期の中ではこの人とは逆に、落ちこぼれとして有名だ。

 私の事をこの人が覚えているのは意外だけれど、不思議ではない────


「落ちこぼれ? そうではないよ。

 此方が貴女を知っているのは、貴女の力を警戒しているからだ」

「私の力、ですか?」

「事実、貴女はここで今こうして此方と対面している。妹を倒し、水中で呼吸をこなし、体温も調節も制御している。

 どれか欠けていても負けた要素を全て満たしたんだ、当然警戒に値する相手だったと言う見立ては間違ってないことになるだろう」


 水を大きく掻いたわけでもないのに、ソルドさんはスススと流れに逆らい、私の横へ移動する。


「────そんな眼で見られる程、御世辞のつもりはなかったのだが。

 まぁいい、どちらにしろ大会が終わってから話すことだ」


 別にそんな眼で見ていたつもりはなかったけれど、ソルドさんはたから見たらそう見える目付きだったらしい。


 ソルドさんは水中で腕を静かに移動させ、こちらに腕を構える。


「聞くぞ、譲る気は?」

「ありません。上で戦っている仲間に申し訳がたちません。諦められない理由もあります」

「決裂か」


 そう言った瞬間、突然ソルドさんの足の裏から泡が噴射され、川の流れも合わせた勢いに任せこちらに迫ってきた。


「バフ────」


 しかし防御しようとした瞬間気付く。

 違うっ、目的は私への攻撃ではなく、船底・・かっ────


「さ、させませんっ」

「ふんっ、身を呈するか」


 慌てて強烈な蹴りを、水中で身体をねじって止めたが、その威力はそのまま私に振りかかってきた。


ぅぅぅ……いだあぁぁぁっ……」

「船底に穴を穿つつもりだったが、止めに来るとは命知らずか」


 ソルドさんの攻撃が当たった腕が、ビリビリと痛んだ。


 いや、攻撃を反射的に止めてしまったけれど、本来なら船底に穴を開けるような攻撃を食らえば、この程度では済むはずがない。

 当たる直前、ソルドさんが威力を調節してくれた結果なのだろう。


「あまりあの威力の攻撃の前に立ちはだかるのは、利口とは言えないな。

 なぜ止めに入った、下手をすれば貴女も無事では済まなかったろうよ」

「そ、それは……この船を壊されては困りまるから、です……」


 上には、先程の軍人男性と戦うヒルベルトさんレベッカさんも乗っているのだ。

 船を大きく揺らされただけでも命取り、川に落ちればなおさら2人は無事では済まないだろう。


「この船は、私の相棒の精霊が変身したものなんです。

 そう簡単に、相棒を危険にさらせるわけがないでしょう……」

「そうか、貴女にそう言う枷や矜持があるのなら、此方も少し考え方を変えるべきか。

 なに、此方も弱点を狙い続けると言う方法をとりたいわけでは、ないのでね」

「それって、どういう────っ」




 視界の定まりにくい水の中、でも決して油断していたわけではない。


「か……はっ……!?」


 しかし気付いた時には既に、敵の足の裏が私の胸に深く食い込んでいた。

 意識が飛びそうになるのを必死で建て直し、グラつく視界で睨み付ける。


 今の一撃でわかった。相手は完全に、私の上位互換だ────


「相棒より先ずは、貴女と蹴りをつけよう。強いものが勝ち残る。

 お互い護るものを捨て去って、肉体と技術で競い合おうか」




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