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帰りたい(239回目)  もう1本の持ち主


 夜のとばりが西の空へ下がってゆき、やがて見える東雲の下を、私たちは静かに歩いて行く。


 第3のチェックポイントは、私たちが休憩していた場所から、意外にもすぐ近くにあった。


「これで、よしっ」


 昨日はしばらく歩けば参加者は見つけられたけれど、今は周りには誰もいない。

 闘いがないのはいいことだけれど、不気味な沈黙というか、イヤな静けさというか。


 例えるなら、周りに誰もいないことで私たちだけが置き去りにされてしまった気分になる、そんな感じだ。


「なんか、静かですね。きーさんに頼んで偵察してもらったけれど、周りには出場者はいないみたいですし」

「まぁ、それは【不屈のアーロ】のせいだろうね。

 アイツが洞窟の出口を破壊してしまったからさ」


 先頭を歩きながら、ヒルベルトさんはそう応えた。


「関係あるんですか?」

「さっき周りを見てきて分かったけれど、オレ達が昨日出てきたトンネルの出口の他は、既にアイツに壊されてたみたいだ。

 結局あの出口もあの後壊れてしまったみたいだし、山を回り込む選択をした人じゃないと、先には進めないみたいだぜ」


 それは何ともかわいそうな話だけれど、おかげで敵が減ったので、今のところ誰も見かけないのも道理な訳だ。


 夜のうちにもっと順位が下がるかと思っていたけれど、トンネルが封鎖されていたなら順位があまり変わらなかったのもうなずける。



 それを【不屈のアーロ】のおかげだとは、間違っても思いたくはないけれど────


「それよりテイラー。君、その子を何とかしてくれない?」

「え? あぁ────」


 さっきから、私の後ろから明らかにヒルベルトさんに距離をおいている人が一人。


 昨晩から警戒しっぱなしのレベッカさんだ。


「まぁまぁ、オレもこれからは協力するつもりだし、仲良くやろうよ────」

「シャー!!」

「うわっ、ビックリした。猫かよオタク」


 毛を逆立てて威嚇するレベッカさんを、私は何とかいさめる。


「警戒するのは分かりますけど、今だけ一応仲間なんですし、仲良くできませんか?」

「別にヒルベルトさん、貴方が昨晩みたいなことを起こさないって信用した訳じゃないよ。

 でもそれより私は、あなたの能力の方が気になって仕方ないかな」


 彼の固有能力【マインド・リーディング】、それは目を合わせた人の思考を読む能力だ。


 本人の言うことが正しければ、完璧ではないにしろ他人の感情や考えが目を合わせただけで把握できる、強力なもの────


 ただし、逆に言えばこちらは常に思考を見透かされているのだから、気が気でないのは確かに分かる。


「どうせ読み取られるなら、隠すのなんか止めてしまえってことかい」

「そうだよ。正直こういう態度、どうかとも思うけれど────」


 まぁ、私も警戒していないと言えば嘘になるけれど、どうせさっき過去の記憶まで洗いざらい読み取られてしまったところだし、あまりそこまでは考えていなかった。


 ただ、自分の頭の中を自由に見られるというのは、イヤな人にとってはイヤなことなんだろう。


「ふぅん、警戒するのはいいけれど、オレは今君の思考を読み取ることは出来ない・・・・よ」

「読み取っていないではなく出来ない・・・・、ですか?」

「まぁ、うん。このメガネをかけているからね。

 テイラー。君ならコレ、何か分かるだろ?」


 そう言って、彼は自分のメガネを指差した。

 確かによく見ると、メガネ越しの彼の輪郭はブレていない。


 つまり、度が入ったものではない、伊達メガネということで────


「あ、これって……」

「そうさ、君はコレを知ってる。だろう?」


 聖なる力に、超高純度の高い光の魔力、世界樹の葉を丁寧に練り込んで作られた、高性能の魔術具──「“魔眼”対策メガネ」のそれだ。


 国王がオーダーメイドで作らせたと言う、“魔眼”の力を絶対的に弾く究極の逸品。

 そして、そのメガネは2本しか、この世になかったはず────


「ウソですよね……まさか、もう1本が、こんなところに……」

「いいや、本当さ。と言うか君なら、このメガネの本当の価値を、わかるんじゃあ、ないか?」


 彼はメガネを指先でクルクルと回しながら、また顔の元の位置に戻す。


 随分と雑に扱うものだ────



「エリーさん、このメガネのなに?」


 さすがにこれが街で放送されるのは不味いだろう。


 私が目配せすると、2人は懐に水晶をしまって音が聞こえないようにしてくれた。


「これは“魔眼”を封じるメガネなんです。

 これをしていれば、目線に関係するどんな魔術も受け付けない────」


 1本は、私がミリアを討伐するため、国王から預けられ今も私の手元にある。


 そしてもう1本が彼の持つこのメガネだ。


「これをつけてる限り、ヒルベルトさんは目線わ合わせても心は読めないってことです」

「そう、なの……?」


 恐る恐るのレベッカさんの問いかけに、彼は頷く。


「オレの能力は面倒くさいことに、オートでね。自分では否が応でも、心を読み取ってしまうんだ。

 辛かったし、人と目を合わせることが出来なかった。

 ただ、これを知り合いにもらって、ようやく人と目を合わせて話せるようになったわけさ」


 流石に国王のことは言いたくなかったのか、ヒルベルトさんはそれを省いて説明した。


 人に心を読まれるのは何だかイヤだ──とは思ったけれど、それは逆に本人も、人の心を読んでしまう辛さがあったらしい。


 例えば私の警戒心だって、目線を合わせた彼には伝わってたろうし、それで気分が良いはずがないのは当然だ。


「ま、そう言うわけだからそんなに警戒しないでってことさ。分かってくれた?」

「分かった、そう言うことなら────こっちも悪かった、よ」


 まだ堅かったけれど、少しだけレベッカさんの警戒が解けたように見えた。


 とりあえずチームの瓦解は防げた、と見ていいんだろうか。



「じゃあ目下の問題はここで解決だね」

「まるで他人事みたいに言いますよね……」

「そう? 心を読める性質だからこそ、信頼されるのは何より嬉しいものなんだぜ?

 でも、それより今は次の問題だと思ってね」


 次の問題────それはつまり、ここからどう逆転を果たすか、だろう。


 例えここから移動をペースアップしたとしても、それが一日中続けられるはずがない。


 前に追い付くには、それなりの策が必要だ。



「やっぱり、馬車使った方がよかったのかな……」

「うーん、やっぱり序盤にやられてただろ?

 これから近くで借りれるところを探すにしても、日が暮れてしまうよ」


 やっぱり、自力での移動手段しかないのだろうか。


 そういえば以前聖霊保護区では軍で新しく開発されたトラックを見たけれど、あれの動力源は魔力を多く含んだ石ヨルアクリョマ鉱石だ。

 きーさんに変身してもらうにしても、動力がないのでは動かない置物にしかならない。



 もっと、他に特別な動力を必要としない乗り物は────


「あ、船ならイケるかも……」

「そうか! 1回戦でも“キメラキャット”が変身してたな!」


 私の案に反応して、ヒルベルトさんが声をあげた。


「あ、そっか! ここから次のチェックポイントがあるミューズまでは川に沿ってるから、船が使えれば時間短縮できるね!」

「それだけじゃないです、川からなら馬車と違って襲撃されるリスクも低いですっ」


 そういえば以前、入力した魔力によって動く漁船に、乗ったことがある。

 交代で操縦して川を下ればきっとミューズまではすぐだろう。



「すぐ先に、川辺に合流するところがあるみたいです。

 急いでそこまでいきましょうっ」

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