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帰りたい(238回目)  長い夜もいつかは明ける


 つまるところヒルベルト・セッツロさん、彼は善良で優等な、模範的軍人だったんだろう。


 だから、何かを計画している私を見て放っておけなかった。


 そして彼が心を読む脳力をその身に宿していた時点で、こうなることは必然だったのかもしれない。





「くっ────あ、ううっ!!」

「あっ……」


 気付くと、目の前でヒルベルトさんが両目を押さえ苦しんでいた。

 どうやら人の心を見るのは、相当なリスクが付きまとうものらしい。


 しかし、代わりに私の隠し通してきたはずの記憶を、全てヒルベルトさんに見られてしまった────

 もはや言い逃れなど出来ない、彼も秘密を共有する人物になってしまったのだ。


「見ました、ね……?」

「あぁ、見た────最悪の気分だよ……」


 私の記憶を見終えた彼は、フラフラと何歩か下がると、襟に引っかけた眼鏡をかけ直して、地面に腰を下ろした。



「悪い────少し一人にしてほしい……」

「もう目的は果たしましたよね。先に水晶を返してくれませんか?」

「あぁ、そうだね」


 彼は思いの外あっさりくるんだ上着を取ると、私に水晶を返してくれた。


「レベッカ、君もいいよ。わがままを聞いてもらってすまなかった」

「わがままっていうか────」



 彼はこちらの言うこともろくに聞かず、そのまま横になってしまった。




   ※   ※   ※   ※   ※




「ねぇ、エリーさん本当に大丈夫なの?」

「え、何でですか?」


 言われた通りヒルベルトさんから焚き火を挟み、少し離れた私たちは、2人で身体を休めていた。


「彼、何を考えているのか分からないけど、結局水晶は返してくれた。

 だったら彼が弱ってる今、今すぐにでも距離をとるべきだと思う」

「うーん……」


 弱っていると言っても、今のヒルベルトさんの場合精神的、にだろう。


 それに正直彼への警戒の気持ちはまだぬぐえていないけれど、こうして距離をとってくれているのだから、今はまだその時ではない気がした。



「どうせ────ここを離れたところで、彼の力なくしては大会の3回戦には残れないと思うんです。

 だから、私には彼を信じることしかできない、というか────」

「そうじゃ、なくて、ね?」


 少し迷ったように、レベッカさんは耳に髪をかきあげながら言った。


 彼女の変質した白い髪が、先の緑を反射してキラキラと光る。


「エリーさん、少し秘密でお話ししていいかな?」

「秘密で──? あぁ、これですか」


 街に会話が流れているかもしれないので、水晶を布で覆う。

 レベッカさんの言う「秘密でお話し」とは、そう言うことだろう。


「で、何でしょう? 今度はレベッカさん?」

「うん、さっきヒルベルトさんが言っていたこと。

 エリーさんの計画が実行されたら、国が大きく動くって」

「あぁ……」


 そう言えばヒルベルトさんに記憶を読みとられる前、彼女も会話を聞いていたのだった。

 その会話が気になって、今聞いてくると思うのは自然な流れで、むしろ外に聞こえないように気遣ってくれただけでもありがたかった。


 でも、今ここで彼女に全てを話すことも出きるけれど、それは私の本意ではないし────どうする、何と言い訳をする?



「あ、ううん。エリーさん、今度も深く踏み込む気はないから、そこは安心して。

 きっと私には知るべきではない事情だと思うから」

「それは────そうしてくれるとありがたい、です……」


 先日ミリアと街でぶつかってボロボロの私を見つけた時も、そうだったけれど。

 察してくれたのか、彼女は優しかった。



「そうじゃなくてね、協力できることがあったら、させてほしい、って言おうとしたの」

「協力────ですか?」

「うん。私を利用してもいい、断りがなくてもいい。

 ただ何か必要だったら、私頑張るから。貴女のやりたいことなら、私が出来ることなら、無条件で力を貸すから」


 私の眼を見て、彼女はそんなことを言った。


 ヒルベルトさんのように見えるわけではないけれど、分かる。

 彼女は嘘をついていないことくらい、私にだって、分かる。



「え、でもそれって────」


 釣り合わない、と思った。


 そもそも、私とレベッカさんの関係はただ試験で同じだっただけ。

 隊に入れるような知り合いを紹介したのだって、私は名前といる場所を示しただけで、実際交渉したのはだれでもない彼女自身だ。


 私がそこまで信用される場面など、そうなかったはずだ。



 何か企んでるんじゃないか────とは流石にもう疑ってはいないけれど、そこまでしてもらえる理由が私には分からない。


「なんでそんなに、優しくしてくれるんですか?」

「あー、優しさじゃ、ないよ? 前にイスカが言ってたことは、ホントだったんだね」


 何か、私の悪い噂でも流布されたのだろうか。


 流石にイスカに限って誰かの悪口を積極的に流すようなことはしないと思うけれど、もしかしたら私が相当な恨みを買っていた、と言うのも充分に考えられる。


 どうしようどうしよう、心当たりがありすぎるぞ────



「あ、別に悪口聞いた訳じゃないよ!

 とってもいい子で、周りの人はエリーさんを信頼してるけど、本人は周りに及ぼす影響を理解できないって」

「へぇ、そう言えば前にも言われました……」


 前半はなんだかホントにイスカが言ったのか怪しいけれど、後半のそれは私も以前全く同じことを、直接言われたのだった。



 でも周りに及ぼしてる影響ってなんだろう?


 私はなにもしていないのに、知らないところで話がどんどん進んでいくのは不思議でもある。

 多分レベッカさんが言うそれも、私が理解できていない、と言うことに含まれるんだろうか。


「まぁ、ようは私にとってエリーさんは、手放しに信用しても大丈夫な人だって思ったってこと。

 エリーさんが信頼してくれるかはともかく、私からはそれを伝えておかなきゃって思って」

「えぇ? あ……そう、ですか。

 分かりました、心に留めておきます────」



 それだけ聞くと、レベッカさんも少し毛布を直すと、目を閉じて休み始めた。

 きっとまだ起きているんだろうけれど、もう話しかけられるような感じじゃなかった。


 残り休憩時間、4時間と少し。今のうちに私も体を休めようと、レベッカさんの白髪のを視界の端に映しながら横になる。

 そう言えばこの人の髪を見ていると、色が近いこともあってミリアを思い出すのに気がついた。


「どうしてるんだろ、アイツ……」



 街の北東の方で、近いうちに大規模な襲撃がある────その作戦に参加することになると、ミリアは言っていた。


 軍にもそれは伝わっていて、対策のために多くの軍人が駆り出されている。



 こんなこと私の立場で思うのは失格かもしれない───けれど、どうかミリアが生きて街に戻ってくれたなら、私はいま頑張る意味を見出だせる気がした。




   ※   ※   ※   ※   ※



「エリーさん、起きてエリーさん!」

「んん……?? あっ……」


 気付くと、外は朝日が登っていた。

 いつの間にか眠ってしまって、慌てて水晶を見るとちょうど休憩ノルマが終わるところだった。


 迂闊だった、昨日の疲れでつい意識を落としてしまったらしい。

 一応は、きーさんは起きていて見張りをしていてくれたらしく横であくびをふかしているけれど、私を起こしてくれたレベッカさんの他には、だれも見当たらなかった。


「起きたらヒルベルトさんがいなくなってたの!!」

「えっ、水晶は────」

「そ、それは無事みたい……私たち両方とも……」


 そう言えば今さっき、自分の水晶は確認したばかりだった。


〈きーさん、彼はどこへ行ったか知りませんか?〉

〈あの男なら、ついさっきどこかへ行ってしまったよ。よれより僕一晩君の代わりに起きてたせいで眠いんだ、しばらく休ませてもらうよ〉


 そう言って、彼は私のかたに無理矢理よじ登った。重い。



 それにしても────そうか、彼はいなくなってしまった、か。


「きっと置いていかれたんだ……

 まだ私達が寝てるのを見て、放っておけばノルマの時間が貯まるから1人だけ距離を稼ごうとしたんだよ」

「あーなるほど、それは仕方ないですね」


 まぁその憶測が本当なのか、単に昨晩の事で顔を合わせづらかったのか────


 何にせよ眠ってしまった私が悪いんだ、水晶は無事だっただけでも良しとしよう。

 どうせ私たちが起きていても去る彼は止められないし、さっき出ていったのを見逃したきーさんも見張りをしてくれただけなのだから、まぁ責められない。


 残念だけれど、ここからは2人旅だ。



「それにしても、ここから逆転、ですか────」


 しばらく休んだのもあって、全体順位は73位。


 まぁ、それでも頑張れば前のチームにも追い付けるかもしれない。

 休憩時間は確保できたのだ、ここで諦めて止まるよりは、進んだ方が何倍も効率的だろう。



「じゃあ、支度して私達も先へ────」

「おいおい、オレを置いてくなんてひどいじゃあ、ないか」

「わっ!?」


 突然声をかけられて振り替えると、森から先に行ったはずのヒルベルトさんが歩いてきた。


 少しバツが悪そうに、苦笑いしている。


「ヒルベルトさん、先に行ったんじゃ────」 

「あぁ、それもよかったかもね。

 でも生憎、オレが行ってたのは周りの偵察だよ、それくらいはいいだろ」


 そう言って、彼は手に持っていた水晶の欠片をその場にポロポロと落とした。


 どうやら周りにいた敵チームの何人かを、倒してきた後だったらしい。


「昨日はすまなかったね、君の事情も知らず、勝手に頭の中覗き見するようなことして」

「あ、あなたどのツラ下げてそんなこと言いに来たの!?」

「うっ、そう言われると何も言えないな。

 確かに客観的に見ても、あれはひどかったかな……」


 でもあの瞬間は、彼自身ああするしかなかったのは分かる。


 問題はそのヒルベルトさんが、一晩明けてもまだここにいてくれることだ。


「昨日の事は、もういいです。

 それより、どうしてここに戻ってきてくれたんですか?」

「あぁ、オレも君をゴールまでサポートしようと思ったんだ。

 大会での成績よりも必要なことが目の前にあるのだと、オレは知ってしまったから……」


 昨日私の記憶を読みとった彼は、その全てを見たはずだ。


 それでも協力してくれるというのは、それを踏まえての判断か────


「いいん、ですか……? 本当に?」

「あぁ、今日1日だけれど、頑張らせてもらうよ」


 そう言って彼は、自分の荷物を片付け始めた。


 よく見たら彼の荷物はもとの場所に置きっぱなしだった。

 じゃあ、先に行ったのではないことくらい先に気付くべきだった────



「まぁ、エリーさんが納得するならいいけど。

 私はまだ、信用してないからね?」

「分かった分かった、何にせよ時間が惜しい、先を急ごうか」


 長い長い夜が明けて、朝日が登る。

 私たちは荷物をまとめて、再び歩き出した。



 まずは、多くのライバルたちに追い付き追い越す、その方法を考えなければ────

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