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帰りたい(237回目)  3年前、ひとりの孤独


 あれは────そう、3年ほど前の暑い日だった。


 私がまだエクレア軍に入隊したばかりで、ようやく3ヵ月が過ぎた頃。

 私たちの教官で上司でもあったヴェルド・コゼット教官が暗殺され、亡くなった。


 尊敬していた身近な上司の死────


 軍人という立場上身近な人の殉職もあり得ることだったけれど、私はその当時も今も、覚悟なんかこれっぽっちも出来ていなくて。

 自宅待機の間毎日心が沈んで、部屋のスミでじっとしている日々が続いていた。



 そして長い長い軍での待機と尋問の後、私は同じ隊のミリアたちとは別れ、バルザム隊という部隊に配属になった。


 新しく配属になった小隊では人間関係はもう出来上がっていて、訓練でも会話でも私の入る隙は中々なかった。

 他の隊員たちも私の事情を知っているので、必要以上に気を使われたことを記憶している。


「た、大変だったねエリアルさん……」

「無理しなくていいから! それオレたちがやっとくから!」


 下手に触れられるのは嫌だったけれど、そうやって腫れ物を扱うように接してほしかった訳じゃないのに────当時はそんな、身勝手なことを考えていた気がする。


 みんな私に気を使ってくれるような優しい人だった。

 何はともあれ、新しい隊でも、私が頑張ればきっと上手くやれたはずだった。


 だから、その後私が昇進できずに隊の人たちから疎外されていたのも、きっと私のせいなんだろう────



「バルザム教官、これ完成した資料です」

「あ、そ。どうもね」


 私の隊長になったバルザム教官は軍の幹部も勤める、忙しい人だった。

 今回もそれだけ言うと、彼は資料を受け取って行ってしまった。


 バルザム教官はとても優秀な人で、まだ20代の若さで軍の十人の幹部の一人に抜擢されたほどだ。


 部下にも同僚にも優しく、とても気遣いのできる人らしいけれど、入隊してもう数週間。

 話す機会が少ないのもあるけれど、彼が私の眼を見て話してくれたことは一度もない。


 尊敬しているからこそ、少し残念だったけれど、私なんかに構ってる暇がないのは当然の事だ────



「テイラー! 半周遅れだ、早くしろ!」

「はいっ」


 訓練では長い自宅待機のせいで、周りからは技術面も体力面も置いていかれてしまっていた。

 追い付きたくとも、元々運動のできない私にはかなり厳しい事だった────




「……………………」


 家に帰りながら、ボーッと空を眺めた。


 まだきーさんにも出会っていない頃だ、家に帰れば当然ひとり。


 たまに厳しいけれど面倒見がよく頼りになる優しい上司、気を遣う必要のない仲間たち、環境で居心地がいいと思えていたのはホンの数ヵ月。

 いまは遥か遠くに、その思い出さえも消えていきそうな気がする。


 ミリアは忙しいようで隣に住んでいても最近は会えていないし、イスカも自分の夢のために頑張っているので邪魔できない。


 バイト先の人たちは優しいけれど、そこへも最近はキツくて行くことが出来ていない。


 なんと言うか、あの時の仕事は孤独だった────



『ただいま……』


 鍵を開けて、誰がいるはずでもない自宅へと帰る。

 今日も本当に疲れた、早くベッドで寝たい────




「よぉ、エリアル。勝手に邪魔してるぞ」

「ごめんね~」

「えっ………………おおおお、おわっ!」


 急に自分の家で声をかけられて、心臓が止まりそうなほど驚いた。

 私はとっさに数歩後ろに下がり、バランスが保てずにしりもちをつく。


「おいエリー、驚きすぎだろうがよ」

「まぁそりゃ、家に帰ったら友達が先にくつろいでたら、普通に驚くよねぇ」


 そこで私が見たのは、ロイドとイスカの姿だった。

 私が帰ってくるより先に家にいたのだ。


「な、何ですか……」

「あーちょっとね、用事があって。外で待ってるのもあれだから、勝手に上がらせてもらったよ」

「まぁ許せよな、結構重要秘匿なことだからよ」


 そういってイスカは、私の部屋から勝手に出した飲み物をグラスに注いだ。


「僕もララ隊で大変だけど、お互い頑張ってるよね、でいいのかな?

 最近会ってなかったから、とりあえず最近の話を聞かせてよ。いいよねロイド?」

「ん……急いでるんだけどな、まぁいいか」


 そうじゃない、私が聞きたかったのは、2人がここに来た用事でも、なぜ勝手に家に上がり込んだのかでもない。


 もっと、違和感、異物感、問いただすべきことが大きすぎて、私はしりもちのまま身体を動かせなかった。



「そうじゃ────そうじゃないですよね……?

 あなたたち2人は、だ、誰ですか・・・・……?」


 私は、2人に率直な疑問を投げかけた。



「おいおい、今さら知らねぇ人のフリですよってか?

 そんなに勝手に家にはいられたのが嫌だったか?」

「そ、そうじゃなくて────2人はそんなじゃ、あ、ありません……」



 そう、2人は確かに見た目は私と同期のロイドとイスカだ。


 ただそれは見た目だけ、声も似せてはいるけれど、聞こえてくる感覚が、全くもって本人たちとはかけ離れている。


 なんというか2人とも、重く凄みのある声で、それでいてこちらを品定めしているような────


「ぁ、あぁ……あなた逹は、だ、誰ですか……?」


 だから、私の感じた違和感や疑問は、その震えながら絞り出した問いかけに、収束されていた。


 私の同期を偽って私の家に勝手に上がり込み、私をなぜか騙そうとしている、目の前の2人組────



「ほう、なるほど? 固有能力【コネクト・ハート】、個人の識別に対しても有効か」


 私の言葉を受けて、ロイドの口調が突然、深く圧力のある声に変わる。

 その一言は、間違いなく彼がロイド自身ではないことを示していた。


「でも認識阻害、までは流石に見破れなかったですね。惜しいわ」


 イスカもだ。声が穏やかだけれど、それに対してどこか奥に闇と貫禄を兼ね備えた、女性の声に変わった。


「えっ、うそ……」


 瞬間、2人の顔の皮膚がドロドロと熔けて、崩れていく。

 いやそれだけじゃない、私の部屋だと思っていた場所も、壁や家具がドロドロと熔け出して、中から別の模様の壁が浮き出てくる。


「こ、これは……」

「認識阻害の魔法です。貴女にかけることで、ここを自身の部屋だと思って、帰ってくるように細工させていただきました。

 誰かに入るところを見られては、不味いので、ね」

「えっ……?」


 そういえば、ここまでどうやって来たのか、ここがどこだかも全く思い出せなくなってしまった。


 一体何のために、目の前の2人は、私にそんなことを────真っ先に頭を過ったのは、ヴェルド教官を殺した犯人の事だった。


 私は先日軍で尋問されたとき「もしかしたら訓練所から立ち去る時、ヴェルド教官の叫び声を聞いたかもしれない」と、しゃべったのだった。

 自分の声も聞いたかもしれないと思った犯人が、私を殺しに来たのか────


「あっ……あっ……」


 逃げなきゃ────そう思いつつ必死に下がったけれど、恐怖ですくんだ足は動かなかった。


 その間にも部屋全体がドロドロと溶けた光景は消え、目の前の2人と今いる部屋が、本当の姿を見せる。



「あぁ、そんなに怖がらないで。貴女がなにもしなければ、こちらは貴女に危害を加えるつもりはありませんよ」

「ただ4年前、グリーザが拾ったエリアルの迷い子────貴様という『駒』が必要での」


 正体を現した。その2人の顔に、私は見覚えがある。



「あ、あなた達はっ……!」




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