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帰りたい(230回目)  能力監査、王国基盤


 まずは忘れ広野を北へ────


 第一のチェックポイントは、意外とすぐに見つかった。



「ここだね、えいっ!」


 台の上に置かれた石盤。

 それぞれが水晶をかざすと、チェックポイントを通り過ぎたことを示すマークが中に表示される。


 ちなみに水晶の中には今の順位も書かれていて、私たちは80位台の真ん中辺り。

 ここまで誰にも追い付くことはなかったので、実質イスカは60人以上を足止めしたことになる。


 まぁ、その足止めもとっくに終わっているんだろうけれど。



「イスカ、足止めされた人たちに、ボコボコにされてないかな……」


 レベッカさんは、すでに荒野の向こうで見えなくなった、イスカのいるはずの方向を眺める。


「さぁ……? そうなっても、アイツなら何とかしそうですけど」


 実際ボコボコにされねも自業自得な気がするけれど、問題はどのくらいアイツが足止めしてくれるかだ。

 多分そんなに長くもないだろう。


「早く行こうか。何度も言うようだけれど、オレたち相当遅れてるんだ。スタートした集団の中じゃあ、最後だろ。

 逆に前の集団がいつ追い付いてきても。おかしくないしな」

「うん、分かってるよ。もう……」


 少し疲れた様子のレベッカさんは、渋々歩みを進める。

 かくいう私も疲れたので、少し休みたい気分ではあった。



「あ、レベッカさん。そう言えばさっきのイスカの言っていたことなんですけれど。

 試合に勝つことだけじゃない『目的』って何なんなのか────よければ聞いてもいいです?」

「あ、それそれ! エリーさんに報告しなきゃいけなかったの!」


 少し探りをいれようと思ったのだけれど、あっさりと彼女は答える。


「実はエリーさんに紹介してもらったメンバーを当たってみて、小隊を作ったんだよ」

「あー、そう言えばそうでしたね。おめでとうございます」

「うん、エリーさんには感謝してもしつくせないよ」


 私が【怪傑の三銃士】に(半ば強引に)修行に連れていかれる前、家にレベッカさんとイスカが来たのだった。

 2人の目的はソニアちゃんを仲間にすることだったし、今日こうして私にお礼をしてくれると言ってくるのだから、あの交渉はうまくいったのだろう。


 イスカがついてて失敗することはないとは思っていたけれど、無事に事が進んだようで何よりだ。



「でね、その3人で初任務に行った帰り色々あってね。

 こないだ一緒にエリーさんが紹介してくれたロイド──と【暴食のライル】って子も小隊に入ったんだよ」

「は──? え、ちょっと待ってください」


 色々あって、で済まされないような事を、さらっと言ってきた。


「何がどうなったらそうなるんですか。色々あってって……」

「ごめん、それはちょっと話せないや。結構機密情報にも関わるみたいだし……」

「えー」


 私が紹介したのだから言うのもなんだけれど、レベッカさんがロイドを隊に引き入れられるだなんて、思ってもみなかった。


 ロイドがイスカに好意を持っているのは前に聞いたけれど、それを含めてもまぁ、あのヘソ曲がりはイエスと言わないだろうと思っていた。


「しかもライル君まで仲間にしたんですか……」

「え、彼をご存知?」

「まぁ、それなりに……」


 前に彼のせいで店の皿洗いを休日にさせられたのだから、忘れるはずがない。


 色々事情を知っている私からしたら、正直彼を仲間にするのはお勧めしないけれど、それは元同じ隊だったイスカとソニアちゃんが重々に説明しているはずだ。

 なら私からレベッカさんに言うことは何もないのだけれど、彼まで仲間にしたとなると、レベッカさんの小隊は相当濃いメンバーだ。


「あ、何か分かりました。

 彼の食費が必要で、その経費を捻出するためにパトロンが必要で、この大会に出たんですね?」

「そう、そうなの!! よく分かったね!!」

「まぁ、うちもスピカちゃんが同じようなことしてますから……」


 スピカちゃんは武器や道具を買うとき、経費で落とさずに、女王様をパトロンにして資金を出している。

 高級な武器をたくさん持ってても、女王様のポケットマネーという最強のカードがあるので枯渇しないのだ。


 ちょっと「あれ、それ横領じゃね?」と思ったけれど、第三王女に何かあったときの損失を考えたらむしろ正しいお金の使い方なはず。

 王様も黙認してるんだろう。


 女王様はスピカちゃんだけでなく、私たちの分もお金を出していいと言っているらしいけれど、流石にそれは申し訳ないので手をつけていない。



 ちなみにリーエル隊だった頃は手続きはフェリシアさんに手続きを頼んでいたと言っていたのでレベッカさんは知らなかったんだろう。

 ウチではアデク隊長がやれというので、小隊長の私がやっているのだけれども。



「────おい、アンタたち。無駄話もするなとは言わないけれど、少しは周りに気を配れ。

 前に見えてきてるの、分かってないわけじゃあ、ないだろ?」

「あ、ごめんなさい、見逃してました」


 先ほどから黙って先頭を歩いていたヒルベルトさんが、しびれを切らした。

 メガネを外してこちらを白い目で見ている。


「ちょっとくらい、いいじゃん……」

「まぁ、邪魔にならないよう、ちょっとならな。

 だけど、あの中で無駄話続けられるか?」



 少し先から、荒野に響く喧騒が聞こえる。


 どうやら、そちらで戦闘が起きているらしい。


「あ、ごめん。私も見逃してた……」

「能力監査機構の職員3人と、王国基盤公社の社員3人がぶつかっている。

 どうやらオレたちを通してくれと、交渉するのも難しそうだな」


 能力監査機構は、国に住む能力を管理する団体。

 王国基盤公社は、国のインフラを管理する団体。


 相手はこちらにはまだ気付いてないみたいだ。


 どちらも国で認められた武力を持つことの許された団体。

 のはずなんだけれど────


「なんかあの人たちの服装、初めて見たような気がします」

「そうだね、本部や本社は街にあるけれど、彼らの活動のほとんどが事務仕事や街の整備だし。

 制服や作業服は見たことあるかもしれないけれど、流石に戦闘員たちについては、オレもそこまで詳しくはないかなぁ」


 そもそも、戦い自体専門じゃないんだろう。


 能力を持つ人の中には危険な行為に走る人も一定数いるわけで、それを止める役割の「能力監査機構」。

 人々の生活を維持する上で、危険な精霊や魔物を退けなくてはいけない場合がある「王国基盤公社」。


 それぞれ理由があって国は武力を持つことを認めているけれど、軍や王国騎士ほど戦闘に特化しているという訳じゃないだろう。



「そうはいっても、彼らも戦いの専門家だから、気は抜けないけれどね。

 どうだろう、相手はちょうど1対1の3組に分かれているみたいだし、そこにオレたちで襲撃して、美味しいところを貰っていくのは」

「うわぁ……」


 レベッカさんは苦い顔をしているけれど、私は賛成だった。

 何より楽して勝てそうでいい。


「私はやりますけど、レベッカさんは……?」

「あ、やるよ。やる。今は進まなきゃ、だもんね」


 どうやら敵は膠着状態に陥っている。

 次に動きがあったときが、チャンスだろうか。


「奇襲は最初の数秒が肝心だ、下手に敵を残して手を組まれたんじゃあ、面白くないからね」



 ヒルベルトさんがメガネを頭にズラして、小声で言った。


 私たちも彼に習い、相手に気付かれないようにそっと岩陰に身を隠す。


 するとやがて膠着状態が解けて、また敵がぶつかり始めた。


「よし、いまだ行くぞっ!」

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