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帰りたい(229回目)  邪魔立ての美学


 突如集団の中に発生した、大量の植物のせいで、選手たちは大混乱だった。

 冷静に対処している選手は、ごく僅かだろう────


 よく目を凝らすと植物の中心で、ご機嫌な小鳥のように踊る、知り合いの姿がチラリと見えた。


「はいはい、いかないでぇ。うふふ僕といいことしましょ」



 イスカだ────


「エリーさんなんで分かったの!?」

「いやぁ、前からあの子はこういう時何かを企まなきゃ気が済まないんですよ、ホントに」


 そういうところがイヤらしい。

 さっき見つけたときも、なんか企んでる目してたし、何かをしでかすんじゃないかと思ったけど────


「おいおい。でもこのままじゃ、あの子のせいでオレたちも先に進めないじゃあ、ないか」


 確かに、イスカの伸ばしたツルは、街の門を完全に塞いでしまっている。

 避けていこうにも、門の両方向には街を護る壁が続くだけ。


 これを突破しないと、スタートさえ切れないわけだ。


「スミの方をそーっと通れないかしら?」

「そうですね、アイツに気付かれないように、絡み取られないように、そーっと通るしか────あっ」

「おっらあぁぁっーー! どけどけええぇっーー────って、誰もいねぇのかよクソがっ!」


 植物に絡まれた先頭集団、その中で唯一ツタに飲まれず、先行して飛んでいく影があった。


「クレアっ?」


 なんだか、見たことのない空飛ぶボードに乗って一瞬のうちに門を通過していってしまう。

 下から炎が吹き出していて、見るからに速そうだ。


 一体いつの間にあんなものを手に入れたんだ────



「勢いある子だなぁ。あ、また一人────ちっ」

「ヒルベルトさん??」


 そして、先ほどまで穏やかだったかれの顔が、苦虫を噛み潰したように険しくなる。

 目線の先を追うと、もう一人集団から抜け出す影があった。


「あ、ロイド……」


 彼は走りつつ、一瞬振り返るとイスカと目配せをして、そのままクレアを追っていった。

 多分あの2人が上位で間違いないだろう。


「クレアさんに、ロイド────私たちも出発しないと……!」


 見ると、2人を追うように植物から抜け出した人たちが、ポロポロと後を追い始める。

 イスカもそれを特に追う気はないようで、彼らより今絡めとっている人たちの妨害を優先しているらしい。


「あらら~、逃げられちゃった。でも他の人たちは行かないでよ~?」


 おどけたような声を出す彼女だけれど、この人数を一人で相手するのはかなりキツいはずだ。

 実際捕まった者の何人かは、彼女の植物の腕を引きちぎったり、切り刻んだりしている。


 イスカの植物に変身した場所は、千切れても回復はするけれど、疲労は蓄積するはずだ。


「2人とも、植物イスカに捕まらないように行きましょう」

「分かった、気をつける!」


 きーさんを背負って、門のスミの方を、押し合う参加者たちに紛れて進む。

 ちょうど真ん中あたりまでスタート地点を下げたおかげで、私たちはかなり早い段階で集団に潜り込むことができた。


「うわ、危ない」

「きゃ────あっ、ごめんなさい!」


 レベッカさんを突き飛ばした男性協会員が、つるの触手に足元をすくわれて、そのままさらわれた。


「ぎゃあぁぁ!!」


 耳を貫くような断末魔と共に、彼はそのまま後方へと引きずられ、スタート地点のはるか後方へと飛ばされてしまう。


「うわぁ……」

「あれ大丈夫なの!?」


 大丈夫だと思うことにして、自分も足元に集中する。

 私たちは今この瞬間、いつ同じようになってもおかしくないんだ。


「あぶな。きーさん槍にっ」


 そしてちょうど、槍で足を狩ろうとしてきたツタを切り裂いたところで、何とか集団を抜けることができた。


「よっ、お疲れ様」

「ぬ、け、た……あ、ヒルベルトさん……」


 さすがにリゲル君やロイドと肩を並べていただけのことはあって、ヒルベルトさんはこんな困難いやがらせは余裕で突破だったらしい。


「流石ですね」

「褒めても何も出んぜ」


 そう言いつつ、メガネを直す彼は少し嬉しそうだった。

 こういうお世辞に弱いタイプなんだろうか。


「ったー! 危なかった!!

 ん? 2人とも何話してたの?」

「別に。これで3人、無事突破ですね」


 遅れてきたレベッカさんも合わせて、ようやくチーム全員がスタートラインを越えることができた。


 とはいえ息も荒くハァハァ言っているのにようやくスタートラインを跨いだところなのだから、先が思いやられる気がしなくもないけれど────



「さ、早く行こうか。相当出遅れたよ」

「あーあー、もうちょい待ってくれるかなぁ、3人とも」

「あっ────」


 油断したわけではないけれど、相手がめざとかった。

 一瞬のスキをついて、土の中から一本のツタがレベッカさんを絡みついていた。


「きゃーっ!」

「危ないっ、させねぇよ!」


 一瞬体の浮いたレベッカさんを守るように、ヒルベルトさんは植物を引きちぎった。

 間一髪でレベッカさんは地面にしりもちをつく。


「あん、そうはいかないかなぁ。

 あーあ、取られちゃった。よかったねリーダー」

「いったい! ひ、ヒルベルトさんありがと……」


 危うく絡め取られるところだったレベッカさんは、肩で息をしている。


「アンタ何なんだ、急に狙ってきて。

 あんまりウチのチームを邪魔立てするなら、ここで衝突もやぶさかじゃないのだけれど。

 アンタの狙いはそういう感じじゃあ、ないんじゃない?」

「おぉ、こわ。これはこれはお初にお目にかかりますねヒルベルト・セッターさん。

 僕、貴方のファンなんです。サインくれます?」

「やらん。あとセッツロな、セッ・ツ・ロ。

 何がファンだ、名前間違えやがって」


 ただならぬ雰囲気が2人の間に流れる。

 これは、関わりたくない類いのやつだ────


「ま、貴方の言う通り僕も、君たちとここで交戦は避けたいな。

 なんせ『リーダーから仰せつかった』大切なお役目があるのんでね」

「え、私……?」

「“ピックアップ・アカシア”!」


 イスカが叫ぶと、先ほどまで彼女の変身していたつるがどんどん膨れ上がり、やがて巨大な樹木となってゆく。



「うわっ、なんだ!?」

「くそっ! にげろ!!」


 逃げ惑う参加者たちの中には、スタート手前に戻っていった者もいる。

 そのまま樹木は門を完全に覆い、蓋をしてしまった。


「ははいのはーい、挟まれた御人はいませんかなぁ……っと、遅れた参加者様御一行、隔離かんりょ~」

「うわぁ……」


 一瞬のうちに、何十人という参加者たちがスタートラインも跨ぐことなく、行く先を塞がれてしまった。

 多分嫌がらせという一分野において、コイツの右に出る人は中々いないだろう────


「だ、大丈夫なの、スピカ……? また、こんな無茶して────

 こないだみたいに、また倒れちゃうんじゃ……」

「おっ、心配してくれるのかな? ありがたいね。

 でも心配には及ぶよ、これはそーとーキツい」

「でしょうね……」


 実際扉の向こうでは、何十人という参加者たちが、スピカの腕である木の扉を破ろうと、あらゆる手を尽くしているに違いない。


「イタっ────あんっ!!

 うそ、まって!! そんなとこまでほじられちゃうの……?」

「な、何やってるんですか1人で……」

「ほら、この木の扉の向こうで僕がナニされちゃってるのか、気になるでしょ?」

「いや、別に……」


 気にならない。どちらかと言えば、無視して早く行きたい。


「もー、エリーちゃん、つれないなー」

「さっきから、何したいんですか……?」

「僕がしたいことは、ずっと変わってないよ。

 エリー、君の邪魔したいだけ」

「わ、私?」


 何か彼女に恨まれるようなことでも、しただろうか。

 そう言えばお店がオープンしても一年くらい顔出さなかったし、勝手にお仕事紹介したりもした。


 お店が燃えたのはさすがに自分のせいではないと思っているけれど────



「あ、間違えた。みんなの邪魔したいだけ、だ」

「えぇ、そんな間違いあります……?」

「あるんだよ。今声かけちゃったのも、思わず見かけたからって、だけだしね。

 ちょっと失礼────よっ」


 イスカは植物になって塞がった両腕の代わりに器用に足を使って、懐から水晶を取り出して地面に置いた。

 水晶は色が代わり、彼女が休憩時間に入ったことをつげる。


「え、もう休息……?」

「もう僕には前に進む理由やるきはないからねー。

 最初から無茶できたのもそういうわけ。

 僕は今回、みんなの邪魔立てと、24時間の休憩確保が専門だから」

「ど、どういうこと??」


 レベッカさんは首をかしげるけれど、私は何となく勘づいていた。

 ただ、普通なら思い付かないし、思い付いてもやらないだろう────


「『チームの中で2人がゴール出来た場合、残りの1人は、2人目と同時にゴールした扱いになる』────ですよね?」

「あっ……」


 つまり彼女は自分のチームメンバーに先に行かせ、大勢の妨害と最低条件である休みの確保を、同時に行おうとしているのだ。

 一人で、しかもスタート地点から一歩も動かずに────


「ね? 邪魔するにしても、最小限度で敵一掃の方が、イカしてるでしょ?」

「ちっ、マジかよアンタ。イカれてんな。

 じゃあ最初に飛び出した、あのうるさいボードの女軍人と、あのバカ・・・・がチームなワケ?」

「せいかーい。うるさい方は、たまたま声かけたらノッてくれたの。

 ちなみに発案者はそのバカロイドね」

「えっ、クレアもですか?」


 たしか、イスカとクレアには私の知る限り接点はなかったはず。

 となると、意外にもロイドがチームの架け橋になったんだろうか────


「2人が16位以内にゴールできなかったら、どうするんだ。

 そもそもそっちの方が確率高いだろ?」

「その時はその時~」


 楽しそうに笑うイスカは、作戦がうまくいったのでご満悦の様子だった。


「それに、僕ら・・の目的は試合に勝つこと────だけじゃないしね。

 ねっリーダー、お役目はきちんと果たしたよ。

 エリーに協力もいいけど、そっちも忘れずにね」

「あっ、そうだった……」


 レベッカさんは、言われて何か大切な事を思い出したらしい。


 とにもかくにも、先に行ってしまった選手たちは大勢いるので、私たちがイスカの茶番に義理はない。



「ま、僕が伝えたかったのはそれだけ。邪魔してごめんね」

「ホントですよ、行きましょう2人とも……」

「じゃあバイバ~イ。

 僕はしばらく休むから、よい旅を~」


 そう言うとイスカは、その場に腰を下ろす。


 方や私たちは門に背を向けて、ようやくレースのスタートを切ったのだった。

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